哲也秋原のあじきない話 その二
秋原が次に出した数字は、再び二だった。
「マジかよ……」
引き続いての指名に、藤原は溜息を吐いて項垂れる。
サイコロが二連続で同じ数字を出す確立は、三十六分の一。
果たしてこれは、幸なのか不幸なのか。
少なくとも藤原にとっては、不幸に分類されるだろう。
肩を落としてばかりもいられないので、藤原は話を始めることにした。
「この前、ちょっと雑用で出かけて……その時に、さっき話した電車に乗ったんだけど。
その時たまたま通ったとこに、ペットショップと焼き鳥屋が並んでてさ」
「ほう、それはまた妄想が掻き立てられる……」
藤原の話に、秋原はあらぬ想像を始めた様だった。
「……まあ、真実はさておき。そういうのを見ると、どうしても変な事考えてしまうよな」
「ふっ。俺も『ペタン王朝』の存在を知った時は、思わず同人誌を描きあげたものだ」
「お前と一緒にするな」
やはり自分の領域に引きずり込もうとする秋原に、相変わらず藤原はツッコむ。
ここまで様々な話題に対応出来る辺り、秋原の柔軟さは相当なものなのかも知れない。
もう少し、真っ当な方向に活かしてくれれば良いのだが。
「ま、強ち有り得ない話ではないかも知れませんね。
愛玩用の動物を売る店としては、売れない動物など置いておけませんし。
私なら、そんな穀潰しでも買って下さる方は歓迎しますよ」
冷たく言い放ち、棗はココアを一口飲む。
リアリストならではの冷徹な発言に、藤原もコメントに困ってしまった。
棗は悪い奴ではないのだが、この手の発言がざらにあるので、どうしても誤解されてしまう。
「極端ではあるが、棗の言う事も不自然ではあるまい。
我々とて、家畜として飼育されている動物の恩恵を受けているのだ。
食肉用や愛玩用の区別など、人間の勝手な都合に過ぎん」
「食す為に飼う、殺す為に生かす……人とは業の深い生き物ですね」
秋原の言葉に、棗は肯定も否定もせず、淡々と呟いた。
「まあ、我々に出来る事は、衣食住全てに恵まれている現状に感謝するぐらいであろうな」
「……話の腰を折って悪いけど、喫茶店でこういう話は止めないか?」
話が一段落つきそうなので、藤原はここで話を断ち切った。
こんな話をするのは、もっと然るべき場所であるべきだ。
少なくとも、食事中にする話ではない。
「ペットショップと言えば、先輩たちは何か飼ってますか?」
堀の加勢もあって、無事に話題を逸らす事が出来た。
「俺は、特に何も飼ってはおらん。獣姦は好きではないしな」
「そんな事訊いてない」
明らかにペットの意味を間違えている秋原に、藤原はすかさずツッコミを入れる。
「だが、バター犬は嫌いではない」
「だから訊いてないって」
少し声を荒げる藤原。
ここまでくると、彼の発言全てに反応出来る自分すら怪しく思えてしまう。
つくづく、慣れの恐ろしさを思い知らされた。
秋原を止めるべく、藤原は半ば強引に話しに割って入った。
「俺も、ペットは特に飼ってないな。今更飼っても、明さんに負担かけるだろうし」
「ふっ、今は西口姉妹で充分という事か」
「そういう意味じゃなくてな……」
またしても変に絡んでくる秋原に、藤原は溜息を吐いた。
何を言ってもこれでは、話す気さえ無くなってしまう。
面倒なので、さっさと堀に話を振る事にした。
「堀は、何か飼ってるのか?」
「はい、メダカを何匹か。性格にはヒメダカですけど」
藤原の問いに、堀は頷く。
ちなみに、純粋なメダカは貴重なので、なかなか見つからない。
一般に飼われている『メダカ』は、主にヒメダカ等の変種である。
「妹と二人で世話しているんです。妹と言っても、双子なので年の差は」
「ちょっと待ったぁあああああああああああああッ!」
堀の話の最中、秋原は絶叫した。
同時にテーブルを思い切り叩いたので、堀は驚きの余り声も出ない。
藤原の鋭い視線を気にも留めず、秋原は堀に言う。
「堀。貴様が妹の話をするのは、些か尚早だ」
「は、はあ……?」
目をぱちくりさせ、首を傾げる堀。
「まず、貴様のこの小説におけるポジションは……まあ、少し残念なところだ。
オブラートに包んで表現するなら、『黄土色』だな」
「最後まで使われないクレヨンじゃないですか……」
秋原の言葉に、堀は力無く項垂れた。
それは気にせず、秋原は続ける。
「貴様が地味なのは勝手だが、妹……美少女まで巻き込む道理はあるまい」
「はっきり言いましたね、地味って」
「このような場合、前情報を提示せず登場させ、『え!? お前の妹だったの!?』とするのが、無難にインパクトを与える方法だ。
他にも色々あるであろうが、いずれにせよインパクトを重視する。
少なくとも、喫茶店の話のネタにするべきではない」
「そう……なんですか?」
一見正論らしく聞こえる話に、堀は少しずつ飲み込まれ始めた。
少しでも受けに回ってしまえば、一気になだれ込んでくるのが秋原である。
案の定、秋原は畳み掛けるように続けた。
「キャラの第一印象というのは大切だ。
『ギャップ』という萌え要素もあるが、それも第一印象があってこそ。
これを外してしまえば、貴様の妹も茨の道を歩む事になろう。まさに、今の貴様の様にな」
「そんな……妹まで僕の轍を踏むなんて……!」
妹の行く末を案じ、頭を抱える堀。
最早、秋原の手中にすっかり嵌ってしまっている。
遠まわしに地味だと言われている事にも気付かない程だ。
「滑稽とは思わんか? 『地味』というキャラ付けを。
地味キャラを維持するためには、目立つ事は許されん。それが、貴様の最後の生命線なのだからな。
即ち、目立つ為に『目立つ事』を許されない。そんな矛盾に貴様は囚われてしまったのだ。
そして今、貴様の軽率な発言によって、妹までも巻き込もうとしている。
兄として、それが嫌なら、妹の話は暫し自粛する事だ。
言っておくが、これは貴様の為でもあるのだぞ。
貴様が陥った泥沼は、今や自力では抜け出せまい。そこで、妹に引っ張り出してもらうのだ。
妹が目立てば、自ずと兄も目立つ筈。恐らく、抱き合わせで出番は増えるであろう。
要するに、自分の妹に投資するのだ。信頼性は充分だと思うが、如何か?」
「……判りました。さっきの話は忘れて下さい」
こうして、堀はまたも目立つ機会を失うのであった。
「さて、残るは棗だが……」
堀を片付けた秋原は、棗に目をやる。
棗にしては珍しく、積極的に話を始めた。
「高校に入った頃に死んでしまいましたが、喇蛄を飼っていました。秋原さんなら存じていると思いますが……」
「ああ、あのアメリカザリガニか。憶えておるぞ。なにせ、あの頃は電話でその話ば」
「余計な話はしなくて宜しい」
秋原の声を遮り、棗は更に続ける。
「中学の頃に、父が近所の池で捕ってきましてね。『女の子たるもの、生き物を愛でる心が必要』だそうで」
「……ツッコミどころは色々あるけど、『女の子』にザリガニはないだろ」
この場に居ない棗の父に、藤原は律儀にツッコんだ。
彼が望む『女の子』に育てたいのなら、犬や猫が普通だろう。
息子を『女の子』として育てている事に関しては、今更言う事も無い。
「狗や猫は、飼うのが大変ですからね。喇蛄は餌と水換えさえ惰らなければ、比較的楽に飼えますから。
溜池で釣れば、安価で簡単に捕まえられますし」
「ところで、棗よ」
話が少し途切れたところで、秋原が話に割り込む。
秋原が何をするかを察し、密かに溜息を吐く藤原。
「そのザリガニは……可愛かったか?」
秋原がそう言った途端、棗はそのまま固まった。
初めて見る光景を、堀は不思議そうに見つめる。
藤原は、堀だけに聞こえる様に耳打ちした。
「棗は普段あんなんだけど……本当は好きなんだよ」
「な、何がですか?」
「何て言うか……生き物とか飼うのが。
いつもの振る舞いがあれだから、表には出さないけどな。
で、秋原みたいに話を振ると……」
その時、棗の表情がパッと明るくなった。
同時に、まくし立てる様に一気に話し始める。
「其れはもう! 自分の子供みたいに可愛がりましたよ!
最初は遣らされていましたけど、飼っている内に可愛く思えてきましてね。
あの小さい瞳に、鮮やかな紅い甲殻、餌を食べる時の仕草の愛らしさといったら……!
嗚呼……思い返す丈で胸の内が擽ったくなってきます。
此の感情をより明瞭に云い表すならば、稚児を抱く母が覚えるであろう想いと喩える可きでしょうか」
一人暴走を始める棗を、秋原は面白そうに見物している。
いよいよ見た事が無い光景に、堀は呆然としていた。
こうなると止められない事を知っている藤原は、ただ溜息を吐く。
「兎に角、毎日の餌付けが楽しくて楽しくて!
自室のドレッサーの傍に水槽を置いてたから、朝に身だしなみを整えた後に世話してたの!」
「先輩、ドレッサーって……あの……」
「『女の子』なら持ってるだろ」
戸惑いながら小声で尋ねる堀に、藤原は冷静に答えた。
棗は一旦箍が外れると、『女の子』として振舞っていた頃に戻ってしまうのだ。
こうなると、口調も一気に砕けたものになってしまう。
やや女性寄りな容姿に高い声も相俟って、その姿は女性と見紛う程だ。
隙だらけな姿を気にせず晒し、棗は続ける。
「飼って半年くらいだったかな? エリスの様子が何だかおかしくって。
豊太郎と番で飼ってたから、まさかと思って見てみたら……お腹に卵が在ったの!
あの歓びは、ペットを飼わないと絶対に解らないだろうなぁ……。
自分が作った環境をペットに認めて貰えるのは、飼い主にとって最大の栄誉だもの」
「この頃から、既に文学少年だったんですね」
「みたいだな」
敢えて、その辺りを掘り下げる堀と藤原。
ちなみに、エリスと豊太郎は、森鴎外の処女作『舞姫』の登場人物である。
「でも、一番嬉しかったのは、何と言っても孵化した時!
物凄く小さいけど、ちゃんと喇蛄の形してて、とっても可愛いの!
あの時は歓びで頭が一杯で、正に狂気乱舞したなぁ……」
「そうだろうな。そのテンションで俺にまで電話してきたもんな」
今にも舞い上がりそうな口調で話す棗とは対照的に、藤原は溜息混じりに言い放つ。
本人は嬉しかったのだろうが、一時間もその話に付き合わされた方は堪ったものではない。
秋原から後で聞いた話では、『被害者』は二桁に及んだらしい。
「喇蛄の子供ってね、生まれたての時は母親のお腹にくっ付いているんだけど、大きくなると少しずつ離れる様になるんだよ。
元々喇蛄は臆病だから、何かあると直ぐに母親の所に逃げ込むんだけどね。
皆が一斉に逃げ出すから、それがもう可愛くて! 飼える訳無いのに、全員に名前付けたくらいだよ」
「あの……アメリカザリガニって、何百個も卵を産む筈なんですけど……名前全部憶えたんですか?」
「それ以前に、見分けつかないだろ」
親馬鹿を白熱させる棗に対して、堀と藤原は冷静にツッコんでいた。
特に藤原は、棗の親馬鹿の被害を被っただけに、冷徹とも言える反応である。
子ザリガニが脱皮する度に電話で騒がれた事が、余程気に入らないらしい。
「結局、欲張っても共食いする丈だから、子供は全員手放したんだけどね。
あれから何度か産卵したけど、一匹くらい残しとけば良かったかな。
エリスと豊太郎が亡くなった時は、一週間くらい落ち込んだし。
……子供が独立した親の気持ちも、あんな感じなのかな?」
「ザリガニと一緒にするな」
藤原がツッコむが、棗は一人黄昏れるだけである。
聞き入れる様子も無いので、藤原は溜息を吐き、先程の続きを堀に話した。
「……こうなるんだよ」
「子が親に似るのって、本当なんですね」
窓の外を暫く眺め、ココアを一口飲み、前を向き直った棗は、秋原に尋ねる。
最愛のペットの死を思い返した所為か、熱はすっかり冷め、普段通りの振る舞いだ。
「所で、秋原さん。貴方の厚意に甘えて、『孫』の行く末は貴方に委ねていましたが……あれ程の数の喇蛄、何方に預けていらしたのですか?
素人が扱える数ではありませんが……専門店か何かですか? まさか、牛蛙の餌にしていませんよね?」
「ああ、あれはだな……」
棗に尋ねられ、秋原は軽い口調で答える。
「なかなかチリソースと相性が良くてな。俺はもちろん、父上と母君にも好評であったぞ」
「…………」
その一言で全てを察した棗は、完全に固まってしまった。
顔が真っ青になっていくのが、端から見てもよく判る。
棗だけでなく、藤原と堀も、絶句するしかなかった。
よりによって、本人の前でそんな告白をするとは。
傍若無人で知られる秋原だが、これは輪をかけて凄まじい。
棗は暫し固まった後、乾き切った笑い声を少しだけ漏らし、椅子から転げ落ちた。
「先輩!? 棗先輩!?」
「悪気が一切無いのが怖いよな……」
「さて、次の話に移るとしよう」
何事も無かったかの様に、秋原はサイコロを振った。
秋原が次に出した数字は、四だった。
三連続を免れ、藤原は脱力気味に溜息を吐く。
「さて、もう一度振るか」
「いやいや、僕喋るんですけど」
サイコロを振り直そうとする秋原を、堀は慌てて制止した。
水を一口飲み、軽く呼吸を整える堀。
その間に、藤原は床に転がっている棗を席に戻した。
一人が気を失っている状態で、堀の話が始まる。
「あの、カラオケに行った時の話なんですけど……」
「ほう、貴様にカラオケに連れて行ける友達がおると言うのか。本当は一人カラオケであろう?」
「違います! この四人で、この前も行ったじゃないですか!」
冒頭から茶々を入れる秋原に、堀は必死にツッコむ。
慣れた藤原から見れば、少々の余裕を持てない辺りがまだまだ甘い。
こんな風に思える程に翻弄され続けてきた事を思うと、大きな声では言えないが。
「話を戻して……。僕、部屋の番号をよく忘れてしまうんですよ。
お手洗いに行ったり、ドリンクを入れに行ったりした後に、帰れない事がありまして……」
「この前のカラオケで、やけに長く帰って来んと思っておったが……その様な事情があったとは。
貴様はいる事に気付かれんと同時に、おらぬ事にも気付いて貰えん存在なのだ。
自愛する気があるのなら、軽率な行動は避ける事だな」
「何となく認めたくないんですけど……言い返す言葉が思い付きません」
どうやら、『堀』という新しい身分が確立してしまったらしい。
「確かに、部屋の番号を忘れて困る事ってあるよな。
携帯に連絡してくれたら、迎えに行くなり、番号教えるなりしてやるけど」
「でも、歌ってる時に携帯鳴ったら気まずくないですか?」
「それもそうか……。まあ、店員が入って来た時よりはマシだろ。
俺達は基本的にドリンクバーだから、あんまり縁無いけどな」
「ふっ、青いな。俺ならば店員すらも巻き込んで歌うぞ」
「絶対うざがられてるけどな……」
以前のカラオケを思い出し、藤原は溜息を吐いた。
その時はワンドリンク制だったのだが、秋原が入ってきた店員に絡み、そのまま二人で一曲歌い上げたのだ。
店員もまんざらではなさそうであったが、あれは恥ずかしかった。
「何を言う。共にアニソンを歌えば、人類皆兄弟だ。堀はご免被るが」
秋原が最後にとんでもない事を言ったが、二人には聞こえなかった様だ。
「そうだ。番号をメモしたら良いんじゃないか? メモ用紙だと無くすから、掌が良いな」
「僕も、それは考えたんですよ。実際やってみたんですけど……。手を洗ったら、綺麗に取れてしまいまして」
「くそっ、そこまでは考えてなかった……」
ことごとく案に穴が開き、頭を抱える藤原。
ちゃんと覚えろ、と言うのは簡単だが、それが出来れば苦労しない。
「秋原も、少しは真面目に考えてやれよ。いつも、堀にドリンク入れに行って貰ってるだろ」
「べ、別に良いんですよ先輩。頼まれてもないのに、僕が自分で」
「腕に書けば良いだけだと思うが」
「…………」
予想を軽く凌駕する呆気無さで秋原が解決していまい、その場が一瞬静まる。
秋原は時折正論を言う事があるので、油断出来ない。
お陰で、藤原はすっかり立つ瀬が無くなっていた。
まるで、自分がただの馬鹿の様に思えてならない。
「ま、まあ、藤原先輩が先に出した案があったからこそ……ですよね、秋原先輩」
「ふっ……そういう事にしたいのであれば、好きにするが良い」
フォローする堀を、秋原は否定も肯定もしなかった。
「それより、もう一つ訊きたい事があるんですけど……」
藤原の傷を広げない為に、素早く話題を切り替える堀。
察しの良い藤原は、尚更落ち込んでしまう。
「あくまで僕の勝手な主観ですよ、主観。主観なんですけど……先輩達、僕が歌う時に限って部屋を出ますよね。
藤原先輩はそうでもないみたいですけど、秋原先輩と棗先輩は、僕の曲が始まった途端に出て行きますし」
「ふっ、何を今更当然の事を」
控えめに尋ねる堀に対して、秋原は堂々と述べる。
開き直りなどという次元ではない、さもそれが正論かの様な口ぶりだ。
面食らったのか、堀の反応が少し遅れた。
「そ、そんな無茶苦茶な! しかも本人に言いますかそういう事!?」
「自覚しているとばかり思っていたのだがな。ならば改めて言おう。
貴様の歌は、校内行事で喩えるなら、来賓の祝辞と同次元だ」
「校長先生の挨拶以下じゃないですか! まさか、先輩もそんな風に……!?」
涙目になりつつ、堀は藤原に縋る。
「あいつを他の人と一緒にするな。……正直、保健だよりくらいには思ってたけどな」
「読まない人は読まずに捨てるじゃないですか……」
落ち込む堀に、藤原は顔向けすら出来なかった。
アニソンを熱唱する秋原や、アイドルポップスを振り付きで歌わされる棗と比べると、当たり障りが無さ過ぎるのだ。
かくいう藤原は、親のCDを聴いて育ったので、昭和歌謡ばかりだが。
「まあ待て堀。何も俺は、貴様を貶すつもりで言ったのではない」
半泣きの堀に、秋原が更に述べる。
「カラオケは、歌ってスッキリする反面、意外と気を遣うものだ。
リモコンやリストを独占してはいかんし、他人が歌っている最中に部屋を出るのも良くない。
しかし、手洗いや飲み物を入れに行ったりと、部屋を出たくなる時は多い。
そんな時に、躊躇い無く出て行ける貴様の歌が、どれ程重要か解るか?
ドリンクの注文や、新譜のチェックに集中出来る一時の価値が解るか?」
「そ、それは確かに……そうですね……」
どうやら、秋原お得意の懐柔が始まったらしい。
よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんな事が言えるものだ。
――ついさっき、『いない事にも気付かない』って言っただろうが……。
またしても秋原の口車に乗せられる堀に、藤原は溜息を吐いた。
ドライな藤原とは対照的に、秋原は更に熱弁を振るう。
「もし貴様がおらねば、我々は部屋を立つ事も許されず、歌い続けるしかないのだ。その様なカラオケ、苦行以外の何物でもない。
いる時には目立たないが、おらぬ時に有り難味が解る……そう、貴様は空気だ。
いなくなって初めてその価値が解る、そんな粋な仕事をする漢になれ」
「は……はい、判りました! 僕、頑張って空気になります!」
堀の洗脳が完了し、秋原はサイコロを振る。
一年以上の時を経て、あじきない話の第二部です。
漢四人の掛け合いも、なかなか様になってきた気がします。
私の中では、棗は『男の娘』ですけど。