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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
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藤原を我が物と思う望月の その七

「さて、あいつら遅いし、先に食べとくか」

 秋原も真琴もなかなか来ないので、痺れを切らした藤原は、先に昼食を食べる事にした。

 藤原の普段の昼食は、購買で買ったパンと、水筒に入れて家から持ってきた紅茶だ。

 もちろん、紅茶は明が淹れてくれた物である。

「そういえば、お兄ちゃんて、アカリンにお弁当作って貰ったりしないんだね」

「お前な……誰の所為だと思ってんだ。前に一回だけ作って貰った時に……



「こ、ここここ、これはもしかしてもしかしなくても愛妻弁当っスか!? 

朝に弱い娘でさえ、これを作る為なら早起き出来るという伝説のフラグアイテム!

先輩、ハーレム計画は絶好調っスね! で、どっちが作ったんスか?」

「愛妻じゃねえし、そんな計画無いから。明さんが作りたいって言うから……」

「お兄ちゃん! 本妻の前で、よくも堂々とこんな物出せるね!」

「誰が本妻だ。側室ですらないだろうが。精々ペットが関の山だ」

「嫁兼メイドが、朝から真心込めて作った弁当……うむ、実に風情がある。

更なる雅を求める為にも、早くシナリオを進め、裸エプロンを着せる作業に戻るのだ」

「それ、着せるというより『脱がす』じゃねえか……」

「流石は明さん。シャッキリポンと舌の上で踊りますよ!」

「なっ……堀!? 何でお前が俺の弁当食ってんだよ!?」

「えーと、ここで手を二秒止めて……手元がアップになるから……」

「人の弁当でグルメ番組の練習をするな! それ以前に、新聞部だろお前は」

「悔しい……でも……食べちゃう……もぐもぐ」

「アリス……本妻のプライドは無いのか?」

「……う、美味い。限りなく……美味いぞぉおおおおおおおおおおおッ!」

「ビームを発射するな! 壊すのは大阪城だけで十分だ!

つーか全員食ってるのかよ!? 一つの弁当に集まりすぎだろ!

ちょ、お前ら……俺の弁当だってぇええええええええええええええッ!」



……って感じで、お前らが全部食ったんだろ。

あんな事があって、またホイホイ食われる為に持ってくると思ってるのか?」

「あれは、その、ライバルのお手並み拝見を……あははは……」

 藤原の鋭い視線に、アリスは誤魔化す様に笑った。

「そこで! お兄ちゃんへのお詫びも兼ねて、ボクがお弁当を作ってきたよ!」

 そして、それを振り切る様に、アリスは高らかに宣言する。

 その瞬間、藤原の時が止まった。

 身動き一つしない時間が続き、次第に身体が震え出し、嫌な汗が噴出す。

 ――アリスが、手料理を作ってきた。

 今まで藤原が経験した出来事の中で、これ程恐ろしい事は無かった。

 秋原さえ葬り去る『哀の手料理』を製造出来る彼女は、この学校から調理実習を無くしかけた事がある。

「一応訊くけど……何を作ってしまったんだ?」

「えーとね……マムシとか山芋とか生卵とかスッポンとか、精の付く食べ物を、適当に混ぜて味付けしたんだ。

名付けて、『媚飯 孕ませたくてパート3』だよ! ボクの愛がた〜っぷり詰まってるから、食べて食べて!」

「愛さえ詰めれば何でも料理になると本気で思っているのかお前は。

あと、適当で料理作るなよ。勘でやって良いのは素人卒業してからだろ。

しかも、人が食う物に何て名前付けてんだ。陵辱系のAVか。そっちの意味のオカズか。

その上第三弾ってどういう事だよ。何度同じ過ちを繰り返したら気が済むんだ」

 ツッコミどころ満載なアリスに、藤原は一つ一つツッコんでいく。

 一言喋る度に三度ツッコむ気負いが必要なので、アリスの相手は楽ではない。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お母さんに教えて貰って、ちょっとは上手になったんだから」

「お前本気で言ってるのか? あの人から料理下手を受け継いだんだろ?」

「むぅ、お母さんは料理下手じゃないもん! 作りたい物と出来る物が違うだけだもん!」

「それがおかしいんだろ! クッキー焼いたらカレーになったって何だそれ!?」

「カレーじゃないもん! ハッシュドビーフだもん!

それに、最近はクッキーに近づいてきて、今はケーキになるくらいだもん!」

「やっと菓子類かよ。どれだけ長い目で見守るつもりだ」

 アリスのボケを、藤原はひたすらツッコミで打ち返していた。

 ここで退けば、アリスの弁当を食べなければならなくなる。

 次の日の新聞の一面は、『毒殺で小学生逮捕 痴情の果てに』で決まりだ。

 お互いの為に、何としても阻止しなければ。

「むぅ、どーして食べてくれないの? ボクはもうとっくに性欲を持て余してるのに」

「結局それかよ。真昼間から何考えてるんだ……」

 アリスの目的に、藤原は呆れるばかりだった。

 確かに、これを食べれば、アリスの目的は果たされるだろう。

 自分は身動き一つ取れなくなり、されるがままになるのだから。

 痺れを切らしたのか、アリスが藤原に抱きつく。

「そっか。お兄ちゃん、まずはボクを食べたいんだね。

もう……男のコってせっかちなんだから。でも、そんなところもカワイイかな」

 頬を染め、艶っぽい声で囁くアリス。

 何を勘違いしているのか知らないが、ここで同調すれば、どうやら最悪の事態は避けられるらしい。

 弁当を食べるか否かに拘らず、結末が同じならば、いっそ……。

 ――って、何でアリスを抱く事前提なんだ?

 とんでもない事を考えかけた藤原は、振り払う様に首を横に振った。

 追い詰められたばかりに、つい二者択一で考えてしまったのだ。

 アリスの弁当を食べる事無く、且つ彼女を抱かずに済む方法を、最初から放棄してしまうとは。

「怖がらなくても良いよ、お兄ちゃん。天井の染みを数えているうちに終わるから」

「いつの時代の新婚夫婦だよ。しかもお前の台詞じゃないし。それ以前に、ここ屋上だから。天井無いから」

 とにかく、今はツッコミを入れて持ち堪える事にしよう。

 最大のピンチは、必ずどこかに最高のチャンスを孕んでいるのだから。

 もちろん、その逆も言えるのだが。



「ふっ……流石はアリス嬢。幼馴染の手作り弁当の威力を心得ているとは。

生粋の幼馴染は、教わらずとも本能に刻み込まれておるのであろうな」

「確かに、威力は数段上ですよね。そこらの毒物より」

「まさに天にも昇る味っス。絶命的な意味で」

「その上、場所のチョイスにもセンスがある。

体育倉庫、保健室、屋上……学園物では定番中の定番だ。

放課後の教室が加われば完璧なのだが……おのれ棗め」

「それにしても、望月さんの料理下手って、親譲りだったんスね。

きっと、望月さんに似て身長も……私、人妻に手を出すかも知れないっス!」

「ふっ……目先の情欲に囚われるとは、まだまだ青いな。俺ならば、親子で料理を所望する」

「それも良いっスね。どんな混沌が生まれるやら」

「だから青いと言っておるのだ、真琴嬢。……俺は、『親子丼』が好きなのだがな」

「……あ! あぁあああああああああッ! そ、その発想は無かったっス! 私も汁沢で是非!」

「もしかして、ケーキを焼いたらクッキーになるんじゃ……」



「うわーん! 何で何で何で!?」

 両手両足を縛られたアリスは、それでもじたばたと暴れていた。

 結局、このままでは埒が明かないと思った藤原は、たまたま持っていた縄でアリスを縛り上げたのだ。

 出来れば、こんな実力行使はしたくなかった。

 アリスとは言え、保健室で寝ている姿を目撃したばかりなので、流石に躊躇ってしまう。

 しかし、ここまで元気ならば構わないだろう。

 ――後ろ手じゃないだけ、感謝しろ。

 のた打ち回るアリスを余所に、黙々と昼食を食べる藤原。

 もちろん、食べているのは持参のパンで、自殺行為はしていない。

「あっ……そっか。なるほど」

 ふと、アリスが暴れるのを止め、何かに納得する。

 途端に、白洲に引き立てられた下手人の様に座り、熱っぽい視線を向けた。

「お兄ちゃんってば、こんなアブノーマルな趣味があったなんて……。

初めてでこーゆー事するのってそうかと思うけど……お兄ちゃんがしたいなら、良いよ。

首輪? 目隠し? キャンドル? もしかして放置かな?」

「仮にお前の妄想通りだったとして、その順応性は評価するよ……」

 都合の良い解釈を続けるアリスに、藤原は寧ろ感心さえ抱いていた。

 ――やっぱり、訊いてみるか。

 朝からずっと感じていた、アリスに対する違和感。

 それを解消しなければ、午後も暗雲に飲み込まれるだろう。

 スカートをたくし上げようとしているアリスに、藤原は尋ねた。

「なあ、アリス。何か、今日のお前おかしくないか? 何かあったのか?」

「な!? なななな何を言ってるのかなお兄ちゃん!? ボクは全然何も別に!」

 判り易過ぎるアリスの反応に、藤原は図星だと確信する。

 同時に、思わず溜息が出てしまった。

 アリスが髪を下ろした件と併せて考えれば、否応無しに黒幕が思い当たるからである。

 少なくとも、あの変態二人は間違い無いであろう。

 通りで、妙に偏ったアプローチだと思った。

 いいように焚き付けられるアリスもアリスである。

「アリス……どうせあいつらがけしかけたんだろうけどさ。

普段は餓鬼扱いしてるけど、一応お前も十六歳なんだし、やって良い事と悪い事くらい判るだろ?

明さんの様になれとまでは言わないけど、もう少し大人になれよ」

「…………!?」

 いつもの調子で、軽く説教をする藤原。

 しかし、アリスは何故か、信じられないといった表情になる。

 俯く彼女からは、重たい絶望感が漂っていた。

「アリス……?」

「……やっぱり、アカリンが良いんだ?」

 彼女らしからぬ暗い声で呟くアリス。

 明と比べられた事が、そんなに嫌だったのだろうか。

 藤原としては、単に解り易い例として挙げただけなのだが。

「ボクじゃダメなのかな? 確かに、アカリンって美人だもんね。

背は高いし、胸も大きいし、優しいし、家事万能だし、胸も大きいし」

「いや、外見の話じゃないから。しかも二回言ってるし」

 内面の話をした筈なのに、いつの間にか脱線していた。

 アリスと言い夕と言い、どれだけコンプレックスを持っているのだろう。

「でも……お兄ちゃんへの思いは、誰にも負けていないんだよ。

アッキーやマコちゃんと友達になれたのも、お兄ちゃんのお陰だもん。

お兄ちゃんがいなかったら、ボクは今でも一人ぼっちだったかも知れない。

だから、お兄ちゃんが一番大切な人なのは、今も変わらないんだよ」

 確かに、アリスの今の交友関係は、藤原がきっかけなのだろう。

 だが、その関係が今も続いているのは、アリス自身の努力の賜物ではないか。

 自分はただ、日の当たらない場所にいたアリスに、日向から手を差し伸べただけだ。

 その手を掴んだのは彼女の手で、日向に踏み込んだのは彼女の足なのだ。

 俯いていた顔を上げると、アリスの目尻には、大粒の涙が浮かんでいた。

 表面張力も限界に達し、零れ落ちた涙が頬を伝っていく。

「なのにどうして!? どうしてボクじゃなくてアカリンなの!?

ボクがこんなに頑張っても、お兄ちゃんはボクじゃダメなの!?

ボクは、お兄ちゃんの妹のままでいるのはイヤだよ! 誰にもお兄ちゃんを渡したくないよ!

ずっと、ずっと思い続けてたボクが、それと比べれば会ったばかりのアカリンに負けるなんて……!」

 アリスの悲痛な声が、屋上に響いた。

 呆然と立ち尽くす藤原。

 何が起きたのか判らないが、嗚咽を漏らすアリスに、藤原は尋ねる。

「アリス……俺には何の事だか全然判らないんだけど」

「とぼけないで! お兄ちゃんはアカリンが好きになっちゃったんでしょ!」

「はぁ!? いつ俺がそんな事を?」

「だって、ボクは聞いたんだもん。昨日、お兄ちゃんが朝ご飯食べてる時の話」

「昨日の……朝ご飯の時……?」

 良く判らないが、昨日の朝食の時の会話を聞いて、アリスはこうなってしまったらしい。

 ――だから、昨日一日俺から逃げてたんだな。

 解決の糸口が掴めそうなので、昨日の朝の事を思い出す事にした。

 アリスがこうなってしまいそうな会話……。

「……ああ! あれか」

 糸口を掴んだ途端、一気に事の次第が見えてきた。

 同時に、誤解を解く気すら失せる程げんなりしてしまう。

「ど、どーゆー事? ボクは確かに……」

「まあ落ち着けって。縄解いてやるから、ちゃんと聞けよ」

 アリスの涙を拭い、縄を解きながら、藤原はその時の事を話し始めた。

今回も終われませんでしたが、次回でついに藤望編は完結です。

実を言うと、もう細かい推敲を残すのみなんですけどね。

全部まとめても良かったのですが、一万字を超えてしまうので、ちょっと読みにくいだろうと。

次話はクリスマスと大晦日の間くらいに投稿する予定。

敢えてタイムリーな事はしないよ!

……クリスマスや大晦日に、こんなの読んでる人いる訳ないですしね。


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