藤原を我が物と思う望月の その二
「何はともあれ、笑顔は合格だ。
涙は漢を引き寄せるが、繋ぎ止めるのは笑顔の役目。
併用出来れば、これ程心強いことはあるまい。
まあ、喜怒哀楽の激しいアリス嬢には、今更な話であろうがな」
アリスの笑顔の破壊力の余韻に浸りつつ、秋原は進行を続ける。
真琴は、萌死に直前にデジカメで撮ったアリスの笑顔を、嬉々として眺めていた。
――ひょっとして、自分が楽しんでるだけ……?
懐疑心が少しずつ膨らみ始めるアリス。
秋原は徐に携帯電話を取り出し、どこかに電話を始める。
「……俺だ。少々頼みたいことがあってな。
B−19番ロッカーに入っている物を持ってきてほしいのだが……そうか、済まんな。
手芸部の連中に管理を委ねておるから、頼めば出してくれるであろう。
将棋部の隣まで頼む。アリス嬢が目印だ。――うむ、いつも話している幼女だ。すぐ判る」
通話を終え、秋原は携帯を仕舞う。
「次は、着こなしの修行をして貰おう。
女性の歴史は美の歴史。衣類の種類は億千万。
それらを使いこなす事が出来れば、女性として深みが出るであろう」
「言ってる事は説得力あるけど……」
さっきがさっきなので、アリスはやや躊躇いつつも頷いた。
女として、綺麗な服を格好良く着こなしたいとは思う。
スタイルこそやや控えめだが、自分に似合う服はある筈だ。
だが、秋原や真琴に任せて、果たしてそれが叶うのだろうか。
「今回は、俺が服を用意した。直に隣の空き教室に届くであろう。
向こうで着替え、こちらでお披露目、という形でいく」
「じゃあ、向こうで用意してくるね」
疑いは晴れないが、アリスは隣の空き教室へ向かう。
「望月さん、私が手伝うっス!」
「絶対イヤ!」
数分後、アリスが隣から戻ってきた。
制服の上から重ねているのは、一枚のエプロン。
布は白く、腹部辺りに有袋類の様にポケットが付いている。
数箇所に縫い付けてある動物のアップリケが、幼さを醸し出していて可愛らしい。
後ろ手では上手く結べなかったらしく、背中の蝶々結びは少し歪だった。
「えっと……アッキー……これって……?」
予想外の展開に、戸惑いを隠せないアリス。
着こなしというから、どんな服だろうと思っていたのに。
これでは、ただのコスプレではないか。
しかも、エプロンを纏っただけである。
しかし、コスプレとはいえ服は服。
これくらい着こなせなければ、どんな服も着られないだろう。
そう思ったアリスは、ここは堪える事にした。
「エプロンっスか。初めて料理に挑戦する愛娘みたいで可愛いっス!」
真琴が絶賛するが、『娘』という単語が出てきた時点でおかしい。
「慌てるな、真琴嬢。目先の萌えに囚われ、もののあはれに気付かぬは素人だ。
モザイクすら無に帰すその炯眼で、もう一度見てみるが良い」
秋原に言われ、怪訝な表情を浮かべつつも、真琴はアリスを注意深く見つめる。
何を思ったのか、スカートの中まで見ようとしたので、アリスは必死になって抵抗した。
そして、何かに気付き、真琴の表情に驚きが加わる。
「気付いたか。そう、これはただのエプロンではない……制服エプロンだ」
「制服……エプロン……!」
無駄に物々しい空気に、アリスは何も言えなかった。
蚊帳の外、という表現がぴったりである。
「制服エプロンは、アリス嬢が持つ属性『幼馴染み』と大変相性が良いのだ。
毎朝主人公を起こしに来てくれ、朝食まで作ってくれる世話好きな幼馴染み。
それがエプロンを纏えば、その姿はさながら新妻だ」
「素晴らしいっス! 制服にエプロンというパラドックスが堪らないっス!」
「ふむ……確かに、制服とエプロンは、一見矛盾している様に見える。
制服は学生の象徴で、エプロンは家庭の象徴だからな。
だがな、真琴嬢。何か大切な事を見落としてはおらんか?」
「……と、言いますと?」
首を傾げる真琴に、秋原は肩をすくめた。
「制服とエプロンは、決して矛盾した存在ではないのだ。
何故なら、学園物には定番のイベント……即ち調理実習があるからだ」
「あっ……!?」
秋原の言葉に、真琴は再び驚きを隠せなかった。
この二人を見ていると、さながら師弟の様だ。
「調理実習では、全ての生徒が制服エプロンになる。
まあ、クラスに一人くらいは、エプロンを忘れる者が居るがな。
調理実習室という名の楽園で舞う乙女達は、理屈抜きで美しい。
プロ顔負けの達人はもちろん、レンジを爆発させるドジッ娘もな。
そんな彼女達の思いの詰まった料理が食べられるからこそ、漢達は皿洗いに追いやられても文句を言わないのだ。
エプロンを纏った美少女達の姿を見て、将来の家庭像を妄想する。
これこそがが調理実習の醍醐味と言っても過言ではない」
「制服の上からエプロンを纏っただけで、これ程の萌えが溢れているなんて……!
流石は秋原先輩、私なんてまだまだ足元にも及ばないっス」
滾々と溢れる湧き水の如く萌えを語る秋原に、真琴は深々と溜息を吐いた。
藤原が普段吐いている溜息とは違う意味のそれだ。
「崇めるべきは俺ではない! 萌えだ! エロだ! 美少女だ!
人の歴史は、女性に魅入られた漢達が動かすもの。
その証拠に、トロイア戦争、赤壁の戦、安史の乱と、美女が絡んだ歴史的事件は少なくない。
即ち、美少女とは神より賜はれし絶対的且つ圧倒的存在なのだ!
さあ、真琴嬢。アニソンという名の讃美歌を、共に叫ぼうではないか!」
「はい! オールナイトで是非!」
こうして、宗教紛いの耽美な世界へ、更に深く沈みこんでいく真琴であった。
――この二人、ある意味スゴくお似合いだよね……。
延々と萌え話を続ける二人に、アリスは呆れるばかりだ。
自分の為に始まったはずなのに、すっかり二人きりで楽しんでしまっている。
――でも、ちょっと、羨ましいな……。
呆れる一方で、羨望の眼差しを向けるアリス。
ほんの少し前までは、自分も、藤原と登校しながら話をしていたのに。
ツッコミを交えつつ、藤原は自分のどんな話も聞いてくれた。
魔術師としての修行の話や、最近見たAVの話まで。
後者の時は、照れ隠しなのかどつかれてしまったが。
昔から、藤原は自分の色々な事を許容してくれた。
自分が魔術師である事も、それを隠していた事も。
そんな彼を心から愛している事は、今も変わらない。
なのに、何故、明に彼を寝取られてしまったのだろうか。
――やっぱり、家庭的なコの方が良いのかな……?
鏡越しに、自分の制服エプロン姿を見るアリス。
確かに、我ながら可愛いとは思うが……何故だろう。
明のエプロンドレス姿の様な、身を委ねられる温かさを感じないのだ。
制服エプロンとメイド服が全くの別物である事は、もちろん承知している。
それでも、自分のエプロン姿は、コスプレ以上のものを感じない。
これが、自分と明の……子供と大人の差なのだろうか。
だとしたら、自分ではとても敵わない。
明は、自分より四年も早く生まれているのだ。
十代二十代のうちは、四年も違えば雲泥の差がある。
その差で負けたのならば、自分は……。
「後ろ向きになれば、きりが無いのではないか?」
どうやって察したのか、秋原がアリスに声を掛けた。
首を傾げるアリスの肩に手を置き、更に続ける。
「言ったであろう。アリス嬢は、幼さこそが武器だと。
時として、コンプレックスは魅力になり得るのだ。
某ネコ型ロボットの中の人(旧)も、昔は自分の声が嫌だったらしいしな。
俺や真琴嬢は、今のアリス嬢に萌えておるのだ。我々の為にも、無闇に己を卑下するでない」
「アッキー……」
秋原の言葉に、アリスは胸が熱くなった。
何だかんだ言って、自分の事を思ってくれていたのだ。
とんでもない人達を頼ってしまった、などと思っていた自分が情けない。
彼らも、今では大切な存在なのだ。
「次の服は、幼さを上手く引き立ててくれる筈だ。さあ、青春は待ってくれんぞ」
「うん!」
秋原に促され、アリスは次の服に着替えに行った。
「……しまった。エプロンを着せたのに料理をさせんとは……不覚!」
「私、連れ戻してくるっス」
「お願いですから止めて下さい! 料理だけは! それだけは!」
「……アッキー。ボクが言いたい事、判るよね?」
戻ってきたアリスは、不満そうな表情をしていた。
その頭に付けているのは、黒い毛が柔らかそうな猫の耳。
両手は、肉球も再現されていて、つい触りたくなってしまいそうな猫の手になっている。
首輪や尻尾まで付いていて、その姿はさながら黒猫だ。
「ふむ。魔女っ娘といえば黒猫だと思っていたのだが……気に食わんか?」
「そうじゃなくて……まず、これ、そもそも服じゃないよね?
着ぐるみなら百歩譲ったとしても、猫耳猫尻尾猫パンチだもん。アクセサリーだもん」
前提から間違えている秋原に、アリスは文句たらたらだった。
エプロンならまだしも、こんな物を着ける機会などある訳が無い。
「ふっ……案ずるな、アリス嬢。理由はちゃんとある」
軽く流すと、秋原はホワイトボードに書き込みながら話を始めた。
「まず、猫は今や愛玩動物だ。現代日本では鼠など、千葉県なのに『東京』と銘打っている某所でしか見んしな。
特に、子猫の愛くるしさは堪らん。最早犯罪レベルだ。
俺の知り合いも、ペットショップでは子猫ばかし見ているらしいしな」
数学の複雑な式の様な、難しい何かでホワイトボードが埋められていく。
一息吐いて、秋原は更に続けた。
「そして、幼女もまた愛くるしい存在。抱きしめたくなる無垢な瞳は、愛玩動物に通じるものがある。
つまり、幼女と猫は、非常に近い存在なのだ。
ならば、それぞれの良いところを混ぜようと考えるのは自然な流れ。
アリス嬢の良いところを殺さずに、猫を混ぜるとなると……」
そこで口を止め、秋原は水性ペンを持った手を離す。
ホワイトボードに書かれた式の様なものは、『猫耳猫尻尾猫パンチ』で終わっていた。
「……こうなる。ちなみに、首輪は俺なりの隠し味だ」
「全然納得できないのに、言い返せないのは何でだろう……?」
答えになっていない答えに、釈然としない思いを抱くアリスであった。
ひとまずアリスを説き伏せた秋原は次の段階へ移る。
「まあ、とにかく最後まで付き合ってくれ。
猫の魅力の一つとして、甘えるのが上手いという点に俺は着目した。
素っ気無い態度を取りつつも、都合の良い時に擦り寄ってくる。
そんな憎めないところが、常に飼い主に忠実な犬との大きな違いであろう。
明さんはプロのメイド。その姿は忠実な飼い犬に置き換えても違和感が無い。
それも、血統書付きのレトリバーぐらいハイスペックな、だ。
アリス嬢が下手に追随したところで、まず敵わんであろうな。
そこで、『犬』は明さんに譲り、アリス嬢は甘え上手な『猫』になるのだ。
乙女がシンデレラストーリーを夢見る様に、漢はヒーローを夢見る。
可愛らしいヒロインを格好良く護りたいと、誰もが願っておるのだ。
それを現実に当てはめれば、一番近いのが『甘えられたい』となる。
即ち、甘えるという行為を極めれば、如何な漢も一撃という訳だ」
「……もしかして、猫っぽく甘えろって事?」
「ふっ……ご名答」
かなり安直な結論に、アリスは溜息を吐いた。
何度も疑ってはいたが、もう確信出来る。
彼らは、自分自身が楽しむ事が第一なのだと。
これで本当に藤原が振り向くのなら、別に構わない。
だが、こんな事をしていて、本当にそれが叶うのだろうか。
さっきも同じ事を考えた辺り、これはもう泥舟なのかもしれない。
「……藤原先輩に、頭撫でて貰えるっスよ?」
「う…………」
アリスの懐疑心に気付いたのか、真琴が甘く囁く。
確かに、猫の様な愛玩動物なら、躊躇い無く撫でて貰えるだろう。
今でもたまに撫でて貰えるが、もっと撫でて欲しいと願うのは当然だ。
「顎の下なんかも、撫でて貰えるっスね」
「うぅ…………」
更に甘言を仄めかす真琴に、狼狽を隠せないアリス。
猫といえば、顎の下を撫でるのが定番だ。
ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしているのだから、さぞかし気持ち良いに違いない。
「膝の上で寝かせてくれるかも知れないっス」
「ひ、ヒザ……ッ!?」
日向の縁側、藤原の膝元で、頭や顎の下を撫でてもらいながら眠る。
そんな光景が脳裏に浮かび、アリスの瞳がトロンととろけた。
――し、幸せ過ぎる……!
大好きな人と、そんな緩慢な時間が過ごせるなんて。
もう、秋原や真琴の思惑なんてどうでも良い。
全ては、藤原と過ごす時間の為に。
「じゃ、じゃあ……やってあげようかな」
こうして、アリスは煩悩の渦へ引きずり込まれていった。
あくまで猫だからして貰える事であって、人がして貰えるかは定かでないのだが、都合の悪い事は考えないのが若さである。
「よし。ならば、今回はアリス嬢に任せよう。
シチュエーションや仕草に関して、我々は口出しせぬ。
とにかく、自分が一番だと思う甘え方をしてみよ」
「うん、判った」
秋原に言われ、アリスは再び目を閉じ、手を胸に添えた。
大好きな彼に甘えたい時、何をすれば良いのだろう。
どうすれば、自分の欲求を彼にぶつけられるだろう。
狂おしい程のこの想いを、彼に伝えたい。
熱く脈打つこの胸は、とにかく彼を求めている。
彼に、いつまでも触れていたい。
一億の甘い囁きと、百年の温もりさえあれば、他に何も入らない。
愛しさで胸がいっぱいになった時、アリスは目を開いた。
秋原の腕にギュッと抱きつき、伏し目がちに見つめる。
添え木に絡まる蔓の様に、傍にさえ居れば誰でも良かった様だ。
アリスに釘付けになってしまった秋原。
羨望の眼差しを秋原に向ける真琴。
独り占めするが如く抱きつく力を強め、アリスは囁く。
「ご主人様……頭……なでなでして欲しい……にゃあ」
その瞬間、教室中の何もかもが停止した。
吐息の音さえ聞こえない無音が、数秒間続く。
そしてそれらは、失った時を取り戻すかの様に、慌しく動き出した。
その場で力尽き、崩れ落ちる秋原。
興奮気味に、真琴はアリスに飛びついた。
突然の事で、アリスは抵抗すらままならない。
堀は、倒れた秋原に駆け寄り、懸命に揺さぶった。
「先輩!? 立って下さい! 先輩!」
「萌え尽きた……真っ白な廃になっちまったよ……」
「くぁ――――! 可愛過ぎるっス! うちで飼いたいっス!」
「マコちゃんに撫でられたかったワケじゃないんだけど……」
学園祭の模擬店で飾る為に、人生初のガンプラに挑戦しました。
MGシリーズの黒い三連星カラーのザク?です。
ガンダムの知識すら皆無だった私が、強制参加で止む無く作った訳ですが、なかなか楽しいですね。
素組みでも充分なクオリティなので、案外敷居は低いです。
逆に、素人が無理にやすりやプラセメント使うとえらい事になります。私みたいに(汗