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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
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藤原を我が物と思う望月の その一

 その日も、アリスは早々と藤原の家に来ていた。

 愛しの人と一緒に、学校へ行く為に。

 朝の緩やかな日差しと清々しさは、眠気を静かに吹き飛ばした。

 アリスは、今のうちに簡単に身だしなみをチェックする。

 ツインテールは左右とも綺麗に纏まっていて、リボンの位置もずれていない。

 制服は汚れていないし、着こなしもいつも通り。

 ニーソックスとスカートが織り成す絶対領域もバッチリで、食い込み具合もそそる筈。

 初めて挑戦した上げ底の靴も、今は特に違和感を感じない。

 これで、身長は夢の百四十代。いつもと違う、オトナな魅力で攻められる。

 もちろん、恋する女の子は、毎日が勝負下着だ。

「……よし!」

 満足げに呟くアリス。

 あとは、藤原が家を出るのを待つのみだ。

 ――今日は、どんな風にメロメロにしちゃおうかな。

 例えば、さりげなくスカートの中身を覗かせてみたり。

 例えば、二の腕に抱きついて胸を当ててみたり。

 例えば、ストレートに押し倒してみたり。

「……そうだ!」

 その時、アリスは良い考えを思いついた。

 今から、藤原の家に突入するのだ。

 望まない結婚式の最中に居る恋人を、式場に飛び込んで攫い出すかの様に。

 我ながら、なんてドラマティックなのだろう。

 これなら藤原も、ワイドショーで取り沙汰される少女漫画の様に、激しく愛してくれるに違いない。

 思い立ったが吉日。

 アリスは、早速門を開けた。



 中に入ると、明と夕がいつも漂わせている匂いがした。

 春風の様に優しくて、秋風の様に爽やかなそれだ。

 この匂いを嗅ぐと、同じ女性である自分でさえも、彼女達に惹かれてしまう。

 どんな相手も優しく包み込む、あらゆる意味で完璧なメイドの明。

 膨大な知識と青い情熱を有し、いつも真剣に教育に励む教師の夕。

 二人とも、女性としても、人としても魅力的である。

 彼女らには藤原に粉をかける意思は無いだろうが、万が一は常に想定しておかなければならない。

 その為にも、アリスは藤原宅に突入を開始した。

 靴を脱ぎ、それを揃える事も無く廊下を進む。

 折角底上げした身長が台無しになっているのだが、恋とは須く盲目である。

 ――今なら、リビングで朝ご飯かな?

 そう判断したアリスは、忍び足でリビングの前まで移動した。

 そして、ドアを僅かに開け、片目でこっそりと室内の様子を覗く。

 そこに居たのは、予想通り朝食の最中の藤原と、テーブルを挟んで向かいに座っている明だった。

 ――突撃! 隣の朝ご飯♪

 ノリが悪戯好きな小学生のそれになっているが、そんな事は気にせずにアリスは突入しようとした。

 が…………。

「……君が好きだから」

 ――……え?

 信じられない声が聞こえ、アリスは耳を疑う。

 今、リビングに居るのは、藤原と明だけの筈。

 その藤原からあの台詞が発せられたということは、つまり……。

 一旦ドアを閉め、アリスはそれにもたれ掛かった。

 慎まやかな胸に触れ、不協和音を奏でる心臓をなだめ、アリスは深く息をつく。

 ――な、何かの間違いだよね、きっと。

 そうだ、これは何かの間違いなのだ。勘違いなのだ。

 世界で一番藤原を愛している自分を差し置いて、他の女性に恋するなんて有り得ない。

 大体、こんな朝から告白イベントなんて起こる訳が無い。

 告白と言えば、基本的に夕方以降が定石ではないか。

 放課後の教室然り、夜闇と光が彩る噴水前然り、息を潜めた海神が見守る砂浜然り。

 朝っぱらから告白されては、ムードもへったくれもない。

 ――告白の勢いで夜伽も出来ないし、ね。

 どうにか平静を取り戻し、アリスは今度こそドアノブに手を伸ばす。

「何というか……夫婦みたいだな」

「えっ!? あ、あの、その言い方は……」

「端から見れば、明らかに仲の良い夫婦だろ」

「そ……そうなのかも……知れませんね」

 ――夫婦!?

 追い討ちをもろにくらい、アリスは暫し固まった。

 自分を落ち着かせるのに精一杯で、その間の会話は聞き取れていない。

 だが、今の会話は……。

 身体がわなわなと震え、怒りにも悲しみにも似た感情が胸中で暴れる。

 それが身体を飛び出した瞬間、発した声は、

「お幸せにぃいいいいいいいいいいいいいいッ!」

 何故か祝辞だった。

 それを叫びながら、アリスは藤原宅を飛び出す。

 やり場の無い感情と引き換えに、一粒の涙を残して。



「……という訳で、お兄ちゃんがいつの間にかアカリンルートまっしぐらだったんだよ」

 その日の放課後、アリスは早速三人――秋原、真琴、堀――を集めた。

 今日は将棋部が休みなので、藤原や夕は居らず、副部長である秋原の権限で部室を自由に使える。

 何としても対策を練り、あの泥棒猫を打ち破らなければ。

「心配無いっス、望月さん! 失恋した幼女の乙女心、私が一生かけて癒してあげるっス!」

「……もしかして、ツッコミの居ないボケ合戦?」

 早くも人選ミスを予感し、アリスは頭を抱えた。

 とは言え、こんな事、他の人には頼めない。

 一人の男性を愛してしまった以上、周りの女性は全て敵だ。

 そうなると、相談できる相手は限られてくる。

 子供しか愛せない真琴は、唯一安心して味方に出来る女性。

 藤原を良く知る秋原も、今回は欠かせない。

 そして……。

「……何で居るの、堀君?」

「呼んだのに!?」

 とにかく、この三人が頼みの綱だ。

「ふっ……それで良いのだ、アリス嬢。

幼馴染たるもの、主人公に集る美少女には嫉妬せねば。

明さんが本編で躍進したのだ。次はアリス嬢の番だな。

なに、現美研の力を以てすれば、今以上の萌えキャラになるのは容易だ」

 早速、秋原が立ち上がる。

 明らかに育てゲー感覚だが、彼の萌えへの情熱は格別。

 アリスを、藤原好みの美少女にする事も容易いだろう。

 思えば、最近の自分は少々慢心していた。

 作中唯一の幼女だから、出番を減らされたりはしないだろうと油断していたのだ。

 それが、今はどうだろう。

 同じ胸無しキャラの夕が現れ、似非ロリキャラの梅田先生が現れ……。

 このままでは、新キャラの山に埋もれてしまう。

 最早、単なる藤原の取り合いではないのだ。

 ――お兄ちゃんの為なら、何だってするもん!

 二人の幸せな未来への期待に、アリスは胸を膨らませた。

 本当にそんなもので大きくなるのなら、誰も苦労しないが。



「さて、空白の二行で、部室を会議室っぽくしてみたわけだが……」

 部室の真ん中で四つの机をくっつけ、テーブルの代わりにした。

 アリスの隣が真琴で、真琴の向かいが堀。

 堀の隣が秋原なのだが、彼は用意したホワイトボードの傍に立っている。

「では、第一回アリス。をプロデュース……開始する」

 こうして、アリスが藤原に接近する為の会議が始まった。

「まずは、アリス嬢のスペックを改めて確認しておこう。

望月アリス、明草高校の一年。俺と藤原の後輩で、真琴嬢と堀のクラスメイト。

身長は百三十九センチ、胸はつるぺた、髪はツインテール……判り易い幼女だな」

「正確には、身長百三十八センチと七ミリ、胸はAに程遠いAAっス」

「好きな食べ物は甘い物全般。猫舌故に、熱い物を苦手とする」

「休日は、巨乳を夢見てマッサージしたり、身長を伸ばそうと懸垂したり、本番に備えてAVを見たりしているっス」

「……何でそこまで詳しいのかな?」

 アリスの問いは無視して、秋原はホワイトボードに書き込んでいく。

 ――絶対、盗撮とかされてるよね?

 彼らの人間性を疑うが、取り合えず今は後回しにする事にした。

「ここまで書けば明白だが、アリス嬢は天下御免のロリ属性……即ち幼女だ。

背が高く、胸もたゆんたゆんな明さんとは、まるで正反対……。

だが、敢えて俺は、これを武器に明さんに対抗しようと思う」

「異議無し! 幼いからこそ望月さんっス!」

 秋原の意見に、真琴は強く同意する。

 ある程度判っていた事とは言え、これは迷走を極めそうだ。

 ――ボク、一応高校生なんだけど……。

 幼女だのロリだのと立て続けに言われ、アリスは少し落ち込む。

 明の様に大きな胸も、夕の様にスレンダーな身体も持ち合わせていないので、言い返せないのが尚更虚しい。

「という訳で、だ。アリス嬢には、基本中の基本である『笑顔』を練習して貰おう」

「……笑顔?」

 秋原の言葉に、アリスは怪訝な表情を浮かべた。

 秋原の事だから、もっと過激な事をさせると思っていたのだ。

 そんなアリスの意を読んだのか、秋原は小さく笑う。

「ふっ……甘いな、アリス嬢。笑顔を疎かには出来んぞ。

大抵のギャルゲーの大抵のシナリオは、美少女の笑顔で終わる。

ハッピーエンドに笑顔は外せんからな。

それに、幼女に限らず、笑顔にはその人そのものが表れる。

正統派ヒロインは満面の笑顔、クーデレなら上品に……といった具合にな。

故に、笑顔を極める事は、ヒロインとしてのスペックを上げる一番の近道なのだ」

「近道……!」

 近道という言葉に、アリスは強く反応した。

 人は誰しも、近道という甘い誘惑には弱いものだ。

 『楽して儲かる』などといった甘言に引っかかる人が未だに後を絶たない事が、何よりの証拠である。

 そういう人は何かと騙され易いのだが、

「じゃあ、やってみようかな」

 無垢な幼女は、まさしくその類である。

「よし、決まりだ。となると、アリス嬢に合った笑い方だが……。

アリス嬢の様な幼女は、大きく二つに分けられる。

無口で儚げな薄幸の幼女と、無垢で明るい御転婆な幼女。言うまでもなく、アリス嬢は後者だ。

そして、そんなアリス嬢の笑顔は……八重歯だ。八重歯を意識してみよ」

「うん、判った」

「ならば、実践あるのみだな」

 秋原に促され、アリスはホワイトボードの前、秋原の隣に移動した。

 子供のピアノの発表会でも見るかの様な視線で、真琴が見守る。

 その視線が余りにも強烈で、アリスは怖気付くが、いつか藤原を落とす為に踏ん張った。

「では……朝、玄関先で藤原を迎えて一言」

 秋原からお題が出され、アリスは集中する為に、そして真琴の視線から逃げる為に目を閉じる。

 大切な一日の始めだから、一番の笑顔で迎えなければ。

 演技だと思えば難しいが、大好きな人の為だと思えば容易い。

 軽く呼吸を整え、状況を思い浮かべ、無理に力を入れずに……。

「おはよう、お兄ちゃん♪」

 軽快な挨拶と同時に、アリスは爽やかな笑顔を見せる。

 口から覗かせる八重歯が、健全でありながら小悪魔的な幼さを醸し出していた。

 その後、数秒間沈黙する教室。

「ちぃいいいいいいいいいぶぅわぁああああああああッ!」

「うわぁああああたぁああああああべぇええええええええええッ!」

 それは、秋原と真琴の断末魔によって破られた。

 錐揉みながら吹っ飛ぶ秋原。

 新婚夫婦の痴話話を聞いた落語家の様に椅子から転落する真琴。

 どちらも、全てを成し遂げた様な安らかな顔で果てた。

「最近、やたらリアクションがオーバーになってる気がするんだけど……」

 そんな二人を見て、アリスは呆れながら呟く。

 彼らならいずれ、さぞかし幸せな萌死にが出来るのだろう。

 あるいは、末代まで恥じる様な恥ずかしい死に方かも知れないが。

「秋原先輩! 新谷さん!」

 ここにきてようやく二言目を発した堀が、秋原に駆け寄る。

 この場面だけ見れば、戦争物の映画でも見ている様だ。

「ふっ……堀よ、俺は……些か慢心していた様だ。

これは……人類が……扱える代物ではなかった……。永久に神の御許に……在る……べき……」

「……先輩? 先輩!?」

 シリアスっぽいやり取りだが、少し前の出来事を思えば、とてもそんな風に考える事は出来ない。

 秋原を断念した堀は、今度は真琴に駆け寄った。

 すっかり世界感が出来上がってる様なので、アリスはゲンナリしながら顛末を見守る。

「新谷さん! しっかりして下さい!」

「嗚呼……堀さんが……相方だけがブレイクした若手芸人……みたい……に……見え……」

「新谷さん!? 新谷さん!」

 ――それは元々だと思うんだけどなぁ……。

 完全に成り切っている二人を尻目に、アリスは心の中で呟いた。

 真琴がガクリと力尽きると、堀は悲痛な声で叫ぶ。

「どうして、人間はいつまでも萌えを繰り返すんですか!?」

 最早意味がわからない。

 それにしても、堀が目立つ為に必死である。

 三人も一度にボケられては、普段ツッコまないアリスには為す術も無い。

 一通りやり終えると、秋原と真琴が何事も無かったかの様に立ち上がる。

 そして、三人がそれぞれ二人の方を見て、親指を立てた拳を突き出し、同時に言った。

「Good job!」

 ――もう、ついて行けないや……。

今日は登校日なんだ、今日は登校日なんだ。まだまだ続くよ、夏休み。

(今日から大学が始まってテンションが低い作者)

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