表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
41/68

渡る世間は夢ばかり その五

 目の前に現れた藤原に、アリスは驚きを隠せなかった。

「お、お兄ちゃん!? 危ないよ、こんなトコに来ちゃ!

もう、ボクの勝ちは決まったんだよ。アカリンが『出て行く』んだから、もうお兄ちゃんは……」

 そんなアリスを尻目に、藤原は倒れている明を見る。

 身体中を蛇が這い回り、うなされている様だった。

 藤原は明の傍に座り込み、彼女に纏わりつく蛇の一匹を鷲掴みにした。

 アリスの顔から、血の気が引いていく。

「だ、ダメだよお兄ちゃん! 危ないよ!?」

「こいつは元々お前の髪だろ? 要するにお前の身体の一部だ。

本体のお前にそのつもりがないなら、俺を襲ったりしない筈。そうだろ?」

 素っ気無く答えると、藤原はその蛇を遠くに放り投げた。

 やはり、蛇に抵抗する気配は無い。

 内心ホッとすると、藤原は一匹ずつ手掴みで蛇を隔離していく。

 爬虫類独特の冷たい感触が伝わるが、そんな事は気にも留めない。

「アカリンの味方をするなら……お兄ちゃんだって……!」

 アリスは、藤原に向けて斧を構える。

 だが、その声も身体も震えていた。

 表情からは動揺が絶えず、若干逃げ腰である。

「……お前がそうしたいなら、好きにして良い」

 藤原は冷静に対応し、尚も蛇の相手をしていた。

 この蛇が襲ってこないなら、アリスの威嚇もハッタリだ。

 そう判断出来るのも、ちゃんと肝が据わっているからだ。

 それも偏に、秋原のお陰だろう。

 彼に一度は止められたからこそ、自分の意思をハッキリさせる事が出来た。

 あのまま勢いで突撃していれば、判断力を欠いていたに違いない。

「……ごめんな、アリス。こうなったのも全部、俺の所為なんだよな。

なのに、俺は一言も謝ってなかった。本当に最低だ。

だから、もしも俺の事が許せないんだったら、したい様にして良いから。

その代わり、その時は、明さんを許してやってくれないか?

元々、明さんに責任は無いんだ。これ以上は勘弁してやってくれ」

 藤原は、諭す様にアリスに話しかける。

 今なら、自分が持てる最大限の優しさを以て、彼女と接する事が出来る気がした。

 先程までは、記憶に無い事で騒動が起きる事を嫌悪していた。

 だが、今となっては、そんな事は大した問題ではない。

 明も、アリスも、この終わりの無い物語から救い出してやりたい。

 その思いだけが、藤原を動かしていた。

「それに……今みたいなお前は、正直あんまり見たくない。

子供は嫌いだけど、お前がガキみたいに無邪気に笑ってるのは好きなんだ。

何て言うか……俺には無いものを持っているんだな、って思う」

 ちなみに、藤原にとってはあくまでも説得であり、決して殺し文句ではない。

「そんな……そんなのって……!」

 アリスは、当て所の無い感情に苛まれながら、よろよろと二人から離れていった。

 見える所から蛇が居なくなり、いよいよ残るは服の内側だ。

 流石に少々躊躇われるが、悠長な事は言っていられない。

 色々な意味で覚悟を決め、藤原はゆっくりと長いスカートを捲っていく。

 スラリと長い脚が露出し、ニーソックスを繋ぐガーターベルトが見え……。

「…………あれ?」

 蛇が一匹も居ない事に気付いた。

 よく見ると、ダークブラウンの細い糸が、何本も脚にくっついている。

 色や質感から考えて、アリスの髪と考えるのが妥当だろう。

「あいつから、明さんを攻撃する意思が消えたって事か……?」

 藤原が首を傾げている最中、明がうっすらと目を開ける。

「ん……み、光……様……」

 小さく呟くと同時に、一気に彼女の目が冴える。

「光様!?」

「お、気が付いたか。良かった……」

「光様、来てはいけないとあれ程……?」

 早速説教っぽい口調で話し始めた途端、明は口を止めた。

 どうやら、何か違和感を感じているらしい。

 上体を起こし、その部位を見る。

 スカートが捲れ、ガーターベルトまで露になっていた。

 あと少しで、下着まで見えてしまいそうな程だ。

 そのスカートの端は、藤原の手によって握られている。

「!?」

 二人は同時に顔を真っ赤に染め、百八十度回って背を向けた。

「あ、あの、光様……」

「わ、悪い! そういうつもりじゃなくて、俺は、その……」

 メロスが物語の最後でそうなった様に、赤面する藤原。

 シリアスな空気だったからこそあんな真似が出来た訳で、流石にこれは恥ずかしい。

 どう説明しても怒られそうで、それどころか撃たれてしまいそうで、なかなか次の言葉が出ない。

 もたもたしているうちに、明の方から藤原の前へ回り込んでくる。

 だが、意外にも、その表情は穏やかなものだった。

「心配なさらなくても、判っていますよ。……ありがとうございました」

 そう言って微笑むと、明は藤原の後頭部へ両手を回す。

 明はそっと目を閉じ、藤原は明の顔へと引き寄せられる。

 ――ああ、またこれか……。

 このままでは、朝の二の舞である。

 だが、今日は何かと緊張しっぱなしで、一度緩んでしまった以上、身体すら自由が利かない。

 仕方が無いので、藤原は目を閉じ、明に全てを任せる事にした。



「何で……どうして……!?」

 顔を離した藤原と明は、アリスの悲痛な声が聞こえ、彼女の方を向いた。

 二人から少し離れた場所で、彼女は座り込んでいる。

「ボクはこんなにも、何年も前からずっとずっと、お兄ちゃんが大好きだったのに!

やっと振り向いてくれて、本当に嬉しかったのに……!

この子が出来た事を知った時は、確かに驚いたよ。

でも、ボクとお兄ちゃんが愛し合った証なんだって思うと、なんだかくすぐったかったんだよ。

他の物なんて、本当に要らなかったんだ。

ただ、お兄ちゃんとこの子と三人で、円満に暮らしたかったんだよ。

アカリンに家事を教わったり、マコちゃんからこの子を守ったりもしたかった。

ゆーちゃんとバストアップの方法を片っ端から試したりもしたかったんだ。

なのに……なのに……アカリンが全部奪ってしまった。

この子が生まれた時に、ボク一人でどうしたら良いんだよ……!?」

 アリスの頬を、滝の様な涙が伝っていた。

 その言葉は、二人の胸を痛ませる。

 藤原は、明とアリスの為に行動したつもりだった。

 だが、現実にはアリスは泣いている。

 アリスを孕ませた上に裏切った事になっているのだから、当然だろう。

 ここで、彼女を救う言葉を掛けられなくもない。

 しかし、彼女が期待する様な感情を抱いてなどいないのに、果たして意味があるのだろうか。

 誠意とは何だ、とある人は言った。

 今の藤原には、恐らく答えられないだろう。

 カボチャの山ではどうにもならない事くらいは、理解しているが。

「たった一つの小さなワガママさえ叶えてくれないなんて、神様は残酷だよ……。

それとも、中途半端に夢を見させて、救済のつもりなのかな?

十年前の出逢いの結末には、こんなのお粗末過ぎるよ……!」

 その時、アリスの周囲の空気がピリピリと震え始めた。

 どうやら、何かが彼女を中心に集まっている様だ。

 形容出来ない程に重い何かが、風船の様に膨らんでいく。

 アリスは座ったまま斧を構え、先端の宝石を天に向ける。

「直向きな想いが実らない世界なんて……全部壊れちゃえば良いんだ!

ボクとお兄ちゃんの仲を認めないくらいなら、皆死んじゃえば良いんだッ!」

 その瞬間、破裂しそうな程に収束されていた魔力が、斧の先から黒い光になって発射された。

 まっすぐ天へと伸びていく光線は、空を支える柱にも見える。

 それは空の彼方で何本にも分かれ、噴水の様に各所に降り注いだ。

 着地点と思われる各々の場所から、凄まじい爆破音が聞こえる。

「あ、アリス……お前……」

 いよいよ見境の無くなってきたアリスに、藤原はまともに声を掛ける事すら儘ならなかった。

 頑なに現実を拒み続け、それを壊す事さえ厭わなくなったアリスに、どんな言葉が届くのだろう。

 全ての魔力を吐き出したアリスを中心に、再び空気が重たくなっていく。

 藤原はアリスの許へ駆け寄ろうとしたが、明に遮られた。

「枝分かれの先ですらあの威力ですよ!? 危険過ぎます、自重してください!」

「自重しなかったから、明さんを助けられたんじゃないのか!?」

「お気持ちは察しますが、今の望月さんには、もう……誰の言葉も届きません。

恐らく、体力を使い果たすか、何もかも壊し尽くすまで止まらないでしょう」

「そんな……!」

 明に事実を告げられ、藤原は項垂れるしかなかった。

 確かに、今のアリスには、何を言っても無駄だろう。

 彼女が力尽きるか、全てが壊れるまで、『現実』への攻撃は続くだろう。

 それを、黙って見ているしかないのだろうか。

 アリスが、無差別に破壊を続けるのを。

 そこで、藤原はある不安を抱いた。

 明が、このままアリスの破壊活動を見逃す訳が無い。

 自分と違って、明には武力行使が出来る能力が備わっているのだから。

「明さん、まさか……!?」

「ご安心下さい。光様が想像している様な事はしません。

望月さんの命を奪って事無きを得ても、何の解決にもなりませんから。

それに……何の罪も無い胎児を、巻き添えには出来ません」

 優しい笑みで答える明に、藤原は胸を撫で下ろした。

 だが、それならば、一体どうするというのだろう。

 アリスと胎児二人の為に、他の総てを犠牲にするつもりなのだろうか。

「……策が、一つあります」

 そんな藤原の疑念に答える様に、明は言った。

「変身前の望月さんは、魔法を使う際に呪文を唱えていました。

『Sequimini me』……ラテン語で『我に従え』という意味です。

ですが、変身後は一切呪文を唱えていない……どういう事か判りますか?」

「どうって……まあ、変身したから呪文を唱える必要が無くなったんじゃ……あっ!」

 藤原が何かに気付き、明は頷く。

「そうです。今の彼女の強さは、変身によるもの。

あの大斧の先端の黒い宝石が、望月さんの魔法を手助けしているのでしょう。

だから、詠唱という無防備な時間を要さず、強力な魔法が使えるんです」

「じゃあ、あれさえ取り上げてしまえば……!」

 藤原の表情に、再び灯火が灯った。

「私に内蔵されているクオーツ時計によると、あの魔法は、発射後十三秒の隙が生じます。

それ以上経過すると、魔力が充満して常人は接近すら出来ません。

ですので、チャンスは次の十三秒。その間に、あの宝石を取り上げるか破壊して下さい」

「判った。……でも、次の発射は見逃すのか?」

 作戦が概ね固まり、藤原は明に尋ねる。

 この作戦が成功すれば、確かに三発目は阻止出来るだろう。

 だが、二発目はもう防げない。

 あんな威力の魔法を再び撃たれたら、どれ程の被害が生じるのだろうか。

「もちろん、そんな事はさせません。私が、同威力の砲撃をぶつけて相殺します。

望月さんの制止を光様一人に任せるのは不安ですが、仕方ありません」

 つまり、明が二発目を食い止め、藤原が三発目を阻止するということになる。

「でも、大丈夫なのか? 真正面からの撃ち合いなんて、一歩間違えたら……」

「恐らく、無事では済まないでしょうね。押し負けた片方だけかも知れませんし、或いは二人とも……」

 明の表情に、一瞬陰りが見える。

 強引な止め方だから、リスクは回避出来ないのだろう。

「ですが、代案が無い以上、やる他ありません。

光様が望月さんを止められると信じますから、光様も私を信じて下さい」

 すぐに表情に灯を灯し、藤原を見据える明。

 心配させまいとする、明なりの配慮だろう。

 だから、藤原もこれ以上の心配は止める事にした。

「……明さんは、どうしてそこまで尽くしてくれるんだ?

素人考えだけど、明さんならアリスを撃ち殺して終わらせる事も出来るんだろ?

胎児まで巻き込みたくない気持ちは解るけど、本当にそれだけなのか?

それだけで、こんな危険な策を使おうとしているのか?」

 代わりに、藤原は明に問う。

 確かに、自分はアリスを助けたいと願った。

 自分の所為で起きた争いに、これ以上犠牲者を出したくないからだ。

 だが、それだけで、わざわざ危険な手段を選ぶだろうか。

 命を賭してまで、恋敵を救おうとするだろうか。

「だから、です」

「…………え?」

「光様が望んだからですよ。それだけで充分です。

人を殺める為に作られた私が、人を愛する事を知った。これも偏に、光様のお陰です。

ですから、光様が望む事ならば、何でもやり遂げてみせます。

私に残された時間は、全て貴方に捧げる為にあるのですから」

 柔かい笑顔で、告白にも似た答えを返す明。

 藤原は、顔の温度が上昇するのを感じながら、ハッとさせられた。

 明は、損得勘定のみで動く程、軽率な女性ではない。

 奉仕の精神を尊び、常に誰かの為に行動する。

 誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも誇り高い。

 この世で右に出る者の無い、地上最強のメイドなのだ。

 そんな彼女に、こんな質問をした自分が馬鹿だった。

 そう考えている最中、明は一歩踏み出し、背伸びをし、藤原と唇を重ねる。

 藤原は、不意打ちに成す術も無く、受け止めるだけだった。

 『兵器』になる前の、もしかしたら最後になるかも知れない『女性』としての明。

 それを、藤原は黙って受け止めていた。

 唇を離すと、明はにっこりと微笑む。

「……では、行ってきますね」

 そして、明は宙に浮かんだ。

 背中に翼の様なものが生えているが、それを羽ばたかせた訳ではない。

 だから、『飛んだ』ではなく『浮かんだ』なのだ。

 明は、アリスの真上、空高くへと移動する。

 アリスが真上に黒い光を放つと同時に、明は白い光を真下に放った。

「……にしても、同威力の攻撃をぶつけるなんて……爆破オチじゃないだろうな?」

 藤原が疑念を抱くと同時に、二人の攻撃がかち合った。

 そこを中心に、超新星を思わせる程の光が放たれる。

 それは、愛も、争いも、今までの展開も、何もかもを包んでいった。



「……藤原」

「秋原か……どうした?」

「気付いた事がある……」

「夢オチ……だろ?」

「ふっ……よくぞ気が付いた」

「まあ、二回目だしな」

「さあ、目覚めよう。我々も、読者も……作者も」

ついカッとなってやった。反省する訳がない。

という訳で、普通の小説でやったら十中八九駄作の烙印を押される夢オチで締めました。

まあ、この小説ではある意味お馴染みですし、コメディですし。

某26秒でアーツに負けた格闘家くらい文句が飛んできそうな気がしますが、私自身は楽しかったので満足。

なので、次からは本編復帰……だと良いですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ