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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
37/68

渡る世間は夢ばかり その一

「明なら働いてみよ光なら学んでみよ」の途中ですが、先にこちらからお楽しみください。

「光様、朝ですよ。起きて下さい」

 明の声が聞こえ、藤原は目を覚ました。

 目を薄く開き、ぼんやりと目前の状況が映る。

 そこには、自分と同じベッドに横たわり、こっちを見つめる明が居た。

 慈しむ様な瞳で、柔らかい微笑みを浮かべている。

「……って、明さん!?」

 突然の状況に、藤原は驚きを隠せなかった。

 明は毎朝起こしてくれるが、こんな起こし方はされた事が無い。

 雷の夜は同じ部屋で寝るものの、流石にベッドまで同じではない。

 一体何故、こんな事をしたのだろうか。

 そんな藤原を余所に、明は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「光様の寝顔を、暫く見ていました」

「そ、そう……」

 訳も解らないまま、取り敢えず返事をする藤原。

 明は立ち上がり、手で軽く髪を整えた。

 艶やかなその髪は、とても簡単に纏まる。

 カーテンを開けると、朝の日差しが部屋を照らした。

 明は少しの間窓の外を眺め、藤原の方を向く。

「おはようございます、光様」

「お、おはよう……」

 戸惑いを残したまま、藤原は挨拶を返した。

 こういうところは、普段と大して変わらないが……。

「では、朝食の準備は出来ていますので……」

「な、なあ、明さん」

「はい?」

 部屋から去ろうとする明を、藤原は呼び止める。

 下手に疑問を引きずると、後々大変な事になりかねないからだ。

「いや、その、何て言うか……」

 だが、藤原は言葉を詰まらせてしまった。

 首を傾げ、透き通った瞳で見つめられると、それはいつもの明と何ら変わりない。

 だから、ストレートな言葉を放つ事が出来ない。

 かと言って、選べる程の言葉を持っている訳でもない。

「ふふ……おかしな光様」

 二の句が継げない藤原に、明は小さく笑った。

 次の明の一言に、藤原は心底驚く事になる。

 それと同時に、これが、今日という奇妙な一日の始まりである。

「恋仲になった男女なのですから、隠し事はなしですよ」



 藤原は何が何だか解らないまま、朝食を食べ、学校へ行く時間になった。

 頭の中を回るのは、只々明の一言。

「恋仲になった男女なのですから」

 自分は、一体いつの間に彼女とそんな仲になったのだろうか。

 本当に、全く、何も覚えが無い。

 確かに、一つ屋根の下で暮らしているのだから、それなりの仲にはなる。

 だが、自分は彼女をそんな目で見た事は無い。

 一応、雇う側と雇われる側の関係なのだから。

「じゃあ、行ってくる」

 とにかく、学校へ行く事にしよう。

 何かの間違いかも知れないし、帰る事には元通りになっているかも知れない。

 それに、余り当てにはしたくないが、アリスや秋原や真琴に相談するという選択肢もある。

 最後の方に取っておきたいが、夕に話を聞くという手段もある。

 藤原は靴を履き、玄関のドアを開けようとする。

「あ、あの、光様」

 ドアノブに手を掛けようとしたところで、明に呼び止められた。

「な、何?」

 かなり嫌な予感がするが、藤原は振り向いた。

 見送るだけである事を心の底から祈りながら。

 そこには、少し頬を紅く染めた明が居る。

 割とはっきりと物を言う明には珍しく、少し言い難そうにしていた。

「あの……その……今日は……して下さらないのですか……?」

 そして、かなりたどたどしく言う。

「な、何を?」

 どうにかなる事を覚悟し、藤原は続きを促した。

 明はいよいよ顔を赤くし、かなり躊躇う。

「か、からかわないで下さい! いつもして下さっているのに……。

まるで、私が欲しがっているみたいじゃないですか」

「いや、実際そうだと思うけど」

 藤原のツッコミも無視し、明は一人で恥ずかしがる。

 普段はまともな明に対して、ここまでハッキリとツッコむ日が来るとは。

 女性は恋愛で変わると言うが、どうやら嘘でもないらしい。

「光様がして下さらないのでしたら……私が……」

 そう言うと、明はスリッパを履き、藤原の目の前に立つ。

 恥じらいの表情で、上目遣いで見つめる数秒。

 明の腕が藤原の背中に回り、藤原は為す術も無く抱き寄せられた。

 豊かで柔らかい二つの膨らみが、否応なしに押し付けられる。

 同時に明はそっと目を閉じ、背伸びをし、そして……。

 残ったのは、唇の柔らかく温かな唇の感触。



 未だにクラクラする頭を抱え、藤原はようやくドアを開けた。

 それと同時に背中に寒気が走り、一瞬で目が覚める。

 気温が低い訳ではない。

 門の向こうで待っている、ツインテールの背が低い少女と、目が合ったからだ。

 彼女は、確かに望月アリスに似ている。

 だが、雰囲気は明らかに別人のそれだった。

 その瞳は、攻撃の意志を孕んでいないにも関わらず、信じられないくらいに冷たい。

 まるで、ツンドラに心臓を貫かれたかの様な、痛さと寒さの混じった感覚を覚える。

 指一本動かすことすら、容易ではなかった。

 彼女は、本当に望月アリスなのだろうか。

 そう思わずにはいられない程、彼女は冷たく刺々しい空気を放っていた。

 ようやく足が動き、藤原はアリスの前まで移動した。

「……お、おはよう、アリス」

 取り敢えず、いつも通り挨拶をする。

「……おはよう、お兄ちゃん」

 返ってきた返事も、冷たいものだった。

 アリスから逃げるかの様に、藤原は学校に向けて歩き出す。

 何歩か後から、アリスも付いてくる。

 ますますおかしい。

 いつもなら、少しくらい速く歩いても、付いてきて真横を歩くのに。

 背中に冷たい視線を感じながら、藤原は考えていた。

 明といいアリスといい、一体どうしてしまったのかと。

 まるで、恋人の様に接してくる明。

 対して、氷像の様に冷たいアリス。

 昨日まで、二人ともこんなのではなかった筈だ。

 そんな疑問も、アリスの一言で大体は想像出来た。

「……キス、されたの?」

 群を抜いて冷たく尖った言葉に、藤原は心臓が跳ね上がる。

 この瞬間、二つの異変が一つに繋がった。

 何故か恋仲になった明と、何故か冷たくなったアリス。

 つまり、これは……。

 その時、アリスが後ろから抱き付いてきた。

 いつもの迷惑なスキンシップの様に、温かい肌で飛び付いて来たのではない。

 冷たい腕が、束縛する様に、どこか官能的に絡みついてきたのだ。

 そして、いつもの無邪気なそれとは違う、狂気に満ちた声が、後ろから聞こえた。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。

ボクが、あの阿婆擦れの呪縛から解き放ってあげるから」

 寒風に吹かれた時とは違う寒さが、藤原の背中をゾクゾクと震えさせる。

 にも関わらず、掌は汗を握っていた。

 これが、いわゆる冷や汗と呼ばれる物なのだろうか。

「……その為の準備があるから、ボク、先に行くね」

「準備って……学校で何するんだよ?」

 恐る恐る尋ねる藤原。

 だが、返事の声は聞こえない。

 聞こえたとしても、出来れば聞きたくない。

 そんな矛盾した思いが、藤原の中でグルグルと廻る。

 アリスの細い腕が、余韻を残しつつ藤原から離れた。

 思わず、藤原は安堵の息を吐いてしまう。

 その数秒後には、戦慄で動けなくなるのに。

「教えてあーげない。楽しみは後に取っとかないと。

くっくっくっく……ふふふふふふ……あはははははははっ」

 不気味な嗤い声を上げ、アリスは学校へと駆けていく。

 藤原は、呼び止める事すら出来なかった。

 小さな身体が見えなくなるまで、指一本動かすことすら出来なかった。



 あれから藤原は、誰にも、何も言う事が出来なかった。

 口に出せば、あの冷たい戦慄が、再び甦ってしまうから。

 出来るなら、もう思い出したくなどなかった。

 あれは、どうひいき目に見てもアリスではない。

 自分の知っているアリスは、

「ねえ、お兄ちゃん。今夜こそ夜這いに来てくれるよね?」

「お兄ちゃんって、女体盛りに興味ある?」

「むぅ。後一センチ伸びれば百四十だもん!」

「ロリじゃない! 幼女じゃない! 小学生じゃない!」

「お兄ちゃん……マコちゃんがボクの体操服持って帰っちゃったよぉ……」

「ゆーちゃんがAカップ!? ボクは信じてたのに……ボクと同じだって……」

 こんな感じの、多少危険な香りを漂わせつつも、明るく無邪気な小さい女の子だった。

 西洋魔術師の事で思い詰める事もあるが、それも自分や周りの人が受け止めれば問題無かった。

 それが、あんなに冷たい少女に豹変してしまうとは。

 一体、どうすれば良いのだろう。

 どうすれば、凍て付いた彼女を溶かしてあげられるのだろう。

 授業中もそればかり考えているのに、答えは一つも出てこない。

 半ば虚ろな意識のまま、午前中の授業が終わった。

 学食だの弁当だので、周囲が慌ただしく動き出す。

「行くぞ、藤原。真琴嬢が食中毒で入院したらしくてな。

昼食の傍ら、見舞いについてアリス嬢と話し合おうではないか」

 秋原の声が聞こえるが、動く気になれない。

 それ以上に、アリスが待っているであろう屋上に行きたくなかった。

 秋原は溜息を吐き、藤原と向かい合う様に座った。

「こういう時に、相談相手にならねばならんからな。つくづく、悪友キャラは面倒なものだ」

「秋原……」

 どうやら、とっくに気付いていたらしい。

 藤原は観念し、秋原に全てを話す事にした。

 もしかしたら、解決の糸口が見付かるかも知れないから。



「ふむ。話から想像するに、アリス嬢のヤンデレ化が仮説として挙げられるな」

「……やんでれ?」

 聞き慣れない言葉に、藤原は首を傾げた。

 やれやれと秋原は溜息を吐き、詳しい説明を始める。

「ヤンデレとは、主人公への愛故に、病的な行動をとる事だ。

基本的に、ギャルゲーは複数のヒロインの内の一人と結ばれる事になる。

裏を返せば、他のヒロインは失恋する事になる。

その辺りの生々しい事は、暗黙の了解でカット、美化される事が多い。

……が、最近、リアルな恋愛描写が台頭してきておってな。

溢れる愛が、失恋によって屈曲するヒロインが増えておるのだ。

これが三角関係に絡めば、それはもう凄惨な状況になる。

空鍋をする者、独り糸電話をする者、ナイフやノコギリを手に取る者……とても見ていられん。

最悪の場合、死人が出る場合もある程だ」

「マジかよ……」

 秋原の説明を受け、藤原は頭を抱えた。

 つまり、何故か明と結ばれてしまった為、アリスの想いが曲がってしまったという事か。

 こんなつもりではなかったのに。

 自分の願いは、アリスが確固たる存在意義を見付ける事だ。

 だから、アリスが自分以外の人とも付き合える様に、ある程度距離を保ってきた。

 これまでずっとそうだったし、これからもそうする筈だった。

 それが、まさかこんな形で潰えてしまうなんて。

「……ところで、何で俺と明さんが突然結ばれてしまったんだ?」

「単純に、筆者がデレた明さんを見たかったのであろうな」

「いや、筆者って一体」

「確認したいのだが……」

 藤原の言葉を覆い隠す様に、秋原は言った。

 脚を組み直し、更に続ける。

「アリス嬢は、明さんへの報復の為に、先に学校へ行った。

それから一度も見ていない。……間違い無いな?」

「ああ。一体、学校で何するつもりなんだ……」

「ふむ。明さんと学校の関係か……」

 秋原は腕を組み、少し考える。

 そして、すぐに何か思い当たった様だった。

 両手で机を強く叩き、激しく音を立てて立ち上がる。

 教室中の目線が集中するが、そんな事はお構い無しだ。

「この虚けが! 何故真っ先に貴様が気付かん!? ……急ぐぞ!」

「ど、どこに?」

 藤原の問いも無視し、秋原は教室を飛び出した。

 水を打った様に静まり返った教室を気まずそうに見渡してから、彼を追い掛けていく。

今回の内容に関するあらゆる質問は、今のところノーコメントで(笑)


一行で終わるのもどうかと思うので、ネタバレにならない範囲で色々と書きましょうかね。

私の近況といえば、大学生活とアルバイトの二つで片付きます。

朝から大学に行って、夕方に帰って少ししたらアルバイトに行って、深夜に帰って寝る。

……小説を書く時間、ゼロですね。

春休みに始めたアルバイトが、始まったばかりの大学生活に響いている感じです。

バイトは月末に一旦辞める予定ですので、それまでは頑張ろうと思います。


そんな訳で、当然ここの更新も止まっていた訳で。

それでも、意外と読者数が安定しているんですよね。

折角皆が読んでくれているのに放ったらかしも不味いな、と思いまして。

取り敢えず、手元のストックを見切り発車で使ってみました。

「明なら働いてみよ光なら学んでみよ」が長くなってきているので、空気を変えるには丁度良いでしょうかね。

三部構成の予定で、既に第三部の下書きを始めている段階なので、そこそこ早く終わります。寧ろ終わらせます。


致命的なミスを発見したので修正。

アリスの身長が十センチも伸びていました(汗

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