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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
36/68

明なら働いてみよ光なら学んでみよ その八

「……という訳で、流石の明さんも、寺町先生の正体は見破れんかったのだ」

「あはは……。でも、しょうがないよね。ボクも最初は全然判んなかったし」

 明が事の経緯を明が話した後、その話題に花が咲いた。

 彼女が言いたがらない事は、一つ残らず秋原が話してしまう。

 お陰で、彼女は終始赤面していた。

「それにしても、妹さんの為にここまでするなんて、明さんも度胸あるっスね」

「度胸というよりは……その……夕が皆様に迷惑を掛けていないかが心配で……」

 真琴の言葉に、明は少し照れながら答える。

 端から見れば、今の自分は、未だ妹離れが出来ない姉にしか映らないだろう。

 だが、若干十七歳で教師をしているとなれば、心配するのも無理はない筈だ。

「その内、見事な百合の花でも咲かせるんじゃないっスか?」

 真琴が、冗談交じりに続ける。

 対して明は、その言葉の意味が解らなかった。

 首を傾げる明を見て、真琴はそれを察する。

 ボケ殺しの可能性を感じ、真琴は秋原に耳打ちした。

「先輩! 意味が通じてないっス!」

「まあ、明さんなら仕方あるまい」

「ここは、ストレートに○○○とか×××って言う方が良いっスか?」

「否。放っておく方が、後々面白そうだ」

 一連の会話は、全て漏れていた。

「望月さん、○○○や×××って、どういう意味ですか?」

「う〜ん……。伏せ字にならない様に喩えるなら、S極同士やN極同士がくっつく様なものかな?」



 昼食の片付けを済ませた藤原は、次の仕事、買い物に向かった。

 メイド服だと目立ち過ぎるので、白いブラウスとジーンズに着替えている。

 本日二度目の女体での着替えだったが、用を足すときと比べれば、なんて事はない。

 それよりも、今、自分が居るのは外。家の中とは訳が違う。

 この身体の本来の持ち主が明である以上、細心の注意を払わなければ。

 その為には、歩き方にも気を付ける必要がある。

 背筋をピンと伸ばし、知人に会えば笑顔で挨拶。

 ひったくり対策に、ショルダーバッグは歩道側にぶら下げる。

 取り敢えず、これくらいは最低限度だ。

 緊張感に満たされながら、住宅街を歩く藤原。

 これ程までに、外出に気を遣った事が、今までにあっただろうか。

 そして、試練は訪れる。

 向かいから来た女性が、すれ違おうとした時に、

「……あ、西口さん。こんにちは」

 挨拶をしてきたのだ。

「こ、こんにちは」

 可能な限り自然な笑みを浮かべ、藤原は挨拶を返す。

 『自然に』と意識した時点で、不自然な事は鏡を見ずとも明らかだが。

「今から買い物ですか?」

「え、ええ……」

 話を適当に流しながら、相手が自分の知っている人か否かを確かめる。

 二十代後半くらいの女性で、背丈は百六十程。

 やや控え目だが、体型は全体的に整っている。

 両手に膨らんだスーパーの袋を持ち、赤子を背負う彼女からは、母親の優しさと強さが感じられた。

 ここまで見て、藤原は改めて判る。

 自分は、この人を知らない。

 どこかで見た気がしないでもないのだが、名前までは出てこない。

 それも、当然の事だろう。

 自分は、明の事をよく知らない。

 知ろうとした事すら無かったのだ。

 なのにどうして、彼女の交友関係を知る事が出来よう。

 とにかく、相手の名前が判らないというのは、会話に於いて致命的だ。

 久しぶりに会った人の名前が思い出せない事の恐怖は、改めて語るまでもない。

 こういう時は、一人で悩んでも仕方がない。

 数人の知恵を持ち寄れば、素晴らしい案が浮かぶものだ。

 藤原は、自分の友人の中でも頭が良い部類に入る、棗と秋原の言葉を思い出す。



「主語回避のストラテジーという語法が在ります。

本来は恋人の父親抔、直接的な呼称を用いり難い相手に對して用いるのですが。

恐らく、名前を思い出せない相手にも応用出来るのでは?」

「実はな……『鏑木』は『かぶらぎ』と読むのだ。これで、人類の謎が一つ解けたな」



 藤原は、棗に心から感謝し、秋原を心から憎んだ。

「ところで西口さん、また噂になってますよ」

「な、何が……ですか?」

 彼女の言葉に、藤原は割と素で尋ねる。

 彼女は、冗談っぽく笑って、言った。

「またまた。そんなの、西口さんのひったくり撃退劇に決まってるじゃないですか」

「…………」

 声には出さなかったが、藤原は一瞬意味が解らなかった。

 その言葉の意味を理解し、改めて驚く。

 護身術で並の男性よりも強いとは聞いていたが、これ程とは。

 過去に思いを馳せながら、彼女は続ける。

「現場に居合わせた私も、あれは絶対忘れられませんよ。

ひったくりを目撃するなり、傍を通ったバイクを借りて疾走!

相手もバイクでしたけど、私にはとても同じ乗り物には見えませんでしたよ。

確か……『ドリフト』でしたっけ。あんなのどこで会得したんですか?」

 どうやら、凄まじいカーチェイスを繰り広げたらしい。

 という事は、掃除の最中に見付けた車の雑誌は、つまり……。

「万引き犯を捕まえたり、銀行強盗を退治したり、本当に明さんは強いですよねー」

 明と親しい人と会話をして、藤原は改めて思った。

 彼女は、一体何者なのだろうか、と。

 こういう場合、何か新しい事が判るのが普通なのに、まさか疑問が増えるとは。

「この辺の人達は、感謝と親しみの意を込めて『微笑みの修羅』って呼んでるんですよ」

 その呼び方は、多分女性に対する褒め言葉ではない。

 そう言いたかったが、この話を引っ張りたくないので止めておく事にした。

「お前も強くならないとね、正」

 女性は、背中の赤子の方を向いて言う。

 その時、藤原の喉まで出かかっていた物が、ようやく飛び出てきた。

 赤子の名前を聞いて、ようやく思い出す事が出来たのだ。

 実際に会話するのは初めてだが、確かに見た事がある女性。

 彼女の名前は……。

「じゃあ、私はこれで」

「は、はい、天王寺さん」

 お互いに会釈して、天王寺桜てんのうじさくらは去っていった。

 完全に彼女が見えなくなってから、藤原は、一番不安に思った事を呟く。

「俺、今日はここの平和も守らないといけないのかな……?」



「さて、今のアカリンにはちょっと酷かもしれないけど、真面目な話して良いかな?」

 明が散々辱められた後、アリスは言葉通り真面目な顔になった。

 彼女が余り見せない表情に、明は少し驚く。

「朝起きたら、体が入れ替わってたんだよね。何となくでも良いから、原因に心当たりは無いかな?」

 アリスは、あくまで真面目に尋ねた。

 そこで、明は改めて思い出す。

 アリスは、西洋魔術師の子孫で、彼女自身も魔法を使える。

 非科学的な現象なら、彼女が一番頼れる筈だ。

 夕の授業を受ける為とは言え、彼女に黙っていようとした自分を、責めない訳にはいかない。

「いえ……別段そういう事は……」

「ふむ。こういう場合、雷鳴と同時に頭をぶつけているのがお約束なのだがな」

 アリスの問いにも秋原の問いにも、明は首を横に振った。

 今朝も昨夜も、特に変わった事は無かった。

 昨夜と言えば、今日雷が落ちるかも知れないと言う天気予報に怯え、ティッシュ一箱を照る坊主に変えたぐらいだ。

 ちなみに、藤原が目覚める前に全て処分したので、恥をかく心配は無い。

 入れ替わっている事に気付いたのは、起きてすぐに朝のシャワーを浴びようと、寝巻を脱いだ時だ。

 ちなみに……見てはいない。

「う〜ん……原因が判れば、何とか出来るかも知れないのに」

 アリスは、腕を組んで考え込む。

 この様子だと、明確な答えは期待出来そうもない。

 今回の一番の謎は、原因が判らない事に尽きるだろう。

 流石のアリスも、これではお手上げの様だ。

「でも……」

 つぶやく明に、アリスは顔を上げる。

 秋原と真琴の視線も集まり、明はばつが悪い表情を浮かべた。

 皆様が期待している様な話ではありませんが……と明は前置きする。

「私は、光様と体が入れ替わった事を、プラスに考えているんです。

光様には申し訳無いですし、楽天的である事も承知ですけどね」

「妹さんの仕事ぶりを見られるからっスか?」

 真琴の問いに、明は首を横に振った。

「それもありますけど……。

光様が、私の見ていない所でどんな生活をしているのか、私はよく知りません。

そういう事を、余り自分から話して下さらないので。

最近はそれ程でもありませんけど、どこか間を置かれている気がするんです。

やはり、まだ、御両親の事を、本当の意味で許してはいないのでしょうね。

だから、お二方が残した私にも、当て所の無い感情を抱いているのだと思います。

恐らく、光様自身も無意識のうちに」

 そこまで話して、明は少し間を置く。

 どうやら、アリスは『素直になれない藤原』を想像しているらしい。

 その証拠に、彼女の瞳は、明らかにどこか違う場所を見ていた。

 明が続けようとした時に、ようやく戻ってくる。

「でも、私は、もっと光様の事を知りたいですし、私の事も、もっと知って頂きたいんです。

仕事とは言え、同じ屋根の下で暮らす事になったのですから。

その意味で、今回体が入れ替わった事は、有益だと思っています。

光様の学校でのご様子を知る事が出来ますし、光様に私のことを知って頂ける。

これを期に、私と光様の距離が少しでも縮まれば、これ程良いことは無いと思います」

 明の話が終わり、少しの沈黙。

 だが、アリスの噴き出す様な笑い声で、それは破られた。

 訳が解らず、明は首を傾げる。

 真琴も解せないらしく、怪訝な表情を浮かべた。

 秋原だけは、確信は出来ないものの、何かを掴みかけているらしい。

 ひとしきり笑った後、アリスは周囲に説明を求められている事に気付いた。

「あはは……ごめんごめん。一人だけ納得しても意味無いよね。ちょっと滑稽だったから。

結論から言わせて貰うと……大丈夫、近いうちに元通りになるよ」

「本当ですか!?」

 アリスの言葉に、明は思わず身を乗り出す。

「うん。だって、これは、アカリンとお兄ちゃんが望んだ事だもん」

「…………え?」

 笑顔で答えるアリスに、明は再び首を傾げた。

 それとは対照的に、秋原は合点が行った様だった。

 真琴が一番長く考えたが、最後には手をポンと叩いた。

「あ、あの……私には何が何だか……」

 遠慮がちに尋ねる明に、アリスは答える。

「アカリンは、お兄ちゃんに『お前の事なんて知りたくない』って言われた事、ある?」



「さて、そろそろお開きにしよう。明さんも、もう気が気でない様だからな」

 明が時計を気にする様子を十六回楽しんでから、秋原は言った。

 それとほぼ同時に明は立ち上がり、

「では、失礼します」

 一礼すると、出口へと早足で向かう。

 その時、出口が開き、疲れ切った堀が現れた。

 その手には、弁当を抱えている。

「や、やっと解放されました……。あ、藤原先ぱ」

「また後で!」

「は、はい……」

 そんなものは無視して、明は教室へと急ぐ。

 堀は、只々それを見送るしかなかった。

 改めて正面を向くと、

「じゃね、堀君」

「教室で待ってるっス」

「夕べはお楽しみでしたね」

 アリス、真琴、秋原が、続々と屋上を去っていく。

 堀は、やはりそれを見送るしかなかった。

 開けたドアを押さえてしまう辺りに、彼の正確が窺える。

 そして、屋上に一人残された堀。

 下り坂の天候が、冷たい風を彼に浴びせた。

 独りで使うには余りに広い屋上で、弁当を広げる。

 少し塩を効かせ過ぎたのか、それは少ししょっぱい味がした。

「これが涙の……青春の味なんですね」

バグで投稿が少し遅れましたが、次を投稿する事が出来ました。

どうにか二ヶ月以内に投稿出来たので、まだ良い方でしょうかね。


長い間放置していたにも関わらず、前回の更新時にはかなりのアクセスがありました。

忘れ去られていると思っていただけに、素直に嬉しかったです。

それと同時に、もっと執筆に精を出さないと、とも。

丁度PS2がブッ壊れたので、もっと執筆に時間を割きましょうかね。他の連載も放置してますし。

あ、でも、今度はルミナスアークが……。


こんな感じで、別段野心を持つ事も無く、ただただ自分も皆様も楽しんで頂ける様な作品を書き続けていこうと思う三月であります。

……でも、ネット小説セレクションは若干意識していたりする(ぁ

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