恐らくは仁義無き戦い その二
「安売りしていた卵を昨日買ってきたので、オムライスにしましょう」
冷蔵庫をチェックしながら明が言い、
「ボクは何でも良いよ! お兄ちゃんの為なら、どんな勝負だって負けないんだから!」
アリスが威勢良く答える。
そんな二人をリビングから窺いながら、
「秋原……お前の所為で、どんどんおかしな方向に進んでるぞ?」
藤原が秋原に言う。
「美少女に暴力での解決は似合わない。怪我してしまったら台無しになるだろ」
しかし、秋原は当然の様に答えた。
「だからって、料理対決はないんじゃないか?」
「解っとらんな……美少女に料理はつきもの! キッチンは乙女の花園!
考えてみるがいい。二人の美少女が、手作りの料理を振舞ってくれるのだぞ。
仮にも漢ならば、これ以上の幸せがそうそうある訳無いだろう」
「お前な……」
秋原の思考回路に、藤原は頭を抱える。
「第一、万が一明さんが負けたら、俺はどうすればいいんだよ?」
「案ずるでない。それも計算済だ」
「……計算?」
怪訝な表情を浮かべる藤原に、秋原はそっと耳打ちした。
「……プロのメイドが、家事で素人に負けると思うか?」
「…………」
そんな二人を余所に、
「オムライスか……。卵は料理の基本中の基本。
だからこそ、純粋な料理の腕前が問われる。
それに、卵を半熟の状態に仕上げるのは意外と難しい。
特にオムライスは卵を薄く広げるから、あっと言う間に完熟してしまう。
半熟の脆い状態でライスを包むと破れてしまう恐れがあるし、
使用頻度が比較的少ないケチャップの匙加減も考慮しなければならない。
しかも、突然の料理対決だから、ご飯は必ず足りなくなる。
即ち、玉になり易い冷やご飯の使用は必須。
調理師学校の卒業試験でも試されると言うオムライス……この対決、見物だ……」
堀はシリアスモードになっていた。
「と言う訳で、オムライスで対決してもらおう。材料や分量は自由。
ただし、キッチンの様子はこちらから伺える事を考慮して、
パフォーマンスにも気を配る事。ちなみに、我々三人の多数決で勝敗を決する。」
すっかり仕切り役になっている秋原が、ルールを述べる。
「質問。料理でパフォーマンスってどう言う事だ?」
そんな秋原に、藤原が素朴な疑問を尋ねた。
「例えば、明さんはメイド服を着ているから、既にパフォーマンスだな」
「あのな……」
ある程度予想はしていたものの、藤原は呆れる他に無かった。
「ちょっと待ってよ! それじゃ既にボクが劣性だよ!?」
納得出来ないアリスが、不満を述べる。
「ふむ……制服エプロンはどうだ?」
「制服持ってきてないよ」
「ならばスモックは?」
「むぅ、子供扱いしないでよ!」
「うむ。そのリアクションこそロリータに求める物だ。……では、裸エプロ」
何か言いかけた秋原の口を、藤原が慌てて塞いだ。
こうして、明とアリスの料理対決が始まった。
両者とも、野菜を切る作業から始める。
「切る………ほぼ全ての料理で必須とされる作業。
だからこそ、料理の全ての土台になる………ここで勝負が決まっても不思議じゃない」
そう呟きながら、堀が真剣な眼差しを二人に向けた。
「切る……ほぼ全ての料理で必須とされる作業。
だからこそ、今まで様々なシチュエーションが開発されてきた……。
ここで萌えるか否かで、作品の出来が決まっても不思議ではない」
そう呟きながら、秋原は真剣な眼差しを二人に向ける。
「何なんだこいつら……」
そう呟きながら、藤原は奇異の眼差しを二人に向けた。
「明の包丁捌きは繊細且つ華麗で、尚かつ一定のリズムが守られている。
それはまるで、人が立ち入れぬ聖域で舞い踊る天使の様であった」
「……秋原、実況するな」
「でも、確かに明さんの包丁捌きは凄い……」
そんな遣り取りへの返事なのか、
「料理のコツは、作るよりも楽しむ事。急ぐよりもゆとりを持つ事。
考えるよりも感じる事。教わるよりも興味を持つ事、です」
明が誰にでもなく呟いた。
その横で玉葱を切っていたアリスが、急に手を止め、包丁を置く。
「……どうなされましたか、望月さん?」
アリスの異変に気付いた明が、心配そうにアリスの方を向いた。
「……目が痛い……」
アリスは、目を擦りながら呟く様に言った。
「申し訳ありません。冷蔵庫に入れておけば幾分はマシになるのですが、
私は慣れているので……ゴーグルをお貸ししましょうか?」
別に非は無いのに明は頭を下げる。
「いいよ別に! キミなんかに情けは受けないもん!」
アリスは強気に返して、ボロボロと涙を零しながら作業を続けた。
「うぅ……痛い……キミはどう!?
これ程の痛みに代えても、お兄ちゃんを愛する覚悟があるの!?」
涙を拭おうともせずに、アリスは玉葱を切りながら問う。
「その歳でそんなに痛がるの、お前だけだぞ……」
一連の様子を見ていた藤原が、明の代わりに答えた。
「玉葱で涙を流すとは、なかなか解っている様だな……。
この勝負、面白くなりそうだ。今のうちにカメラを用意しておこう」
「秋原……お前が言い出したんだからな……」
前途多難な料理対決に、藤原は頭を抱えた。
数分後。
早々と野菜を切り終えた明は、冷やご飯を電子レンジに入れた。
「冷やご飯は、炒める前に温めておくと、解れ易くなるんですよ」
温めている間も、手際良くフライパン等の準備をする。
一方のアリスは、
「…………」
まだ野菜を切っていた。
かなり不安を誘う手つきで、切ると言うよりは、押さえつけている印象を受ける。
切られた野菜は、形も大きさも不揃いだった。
「やっぱり、プロと素人じゃ結果は見えてますね」
「そう思うならさっさと帰ってくれよ……」
「うむ……やはりキッチンを舞う美少女は美しい……」
好き勝手話し始めた藤原達に、
「ああもう五月蝿いな! ちょっと静かにしてよ!」
アリスが野次を飛ばした。
「料理は速さじゃなくて、心と、気持ちと、ハートだもん♪」
「全部意味は一緒じゃないのか……?」
そんな藤原の疑問は無視して、アリスは作業を進める。
が、
「ぎにゃっ!?」
急に変な声を上げ、アリスの体がビクッと震えた。
四人の視線が、停止したアリスに集まる。
包丁をゆっくりと俎板に置き、無言で俯いたままキッチンを後にして、藤原の許へと歩いていく。
そして、
「……痛い……」
小さな声で呟いた。
見ると、アリスの指に僅かな切り傷が出来ていた。
「素晴らしい! お約束の『指切り』を素でこなし、その上このリアクション!
これ程の逸材が、現実の世界に存在していたのか!?
……人は、歳を重ねる毎に、夢と現実を隔離してしまう生き物だ。
しかし、彼女を見れば、それが過ちだと気付くだろう!
……これは、かなりの高ポイントになりそうだ……!」
そんなアリスに、秋原は感動を露にした。
注意してみると、僅かだが確かに目が潤んでいる事が判る。
「……もう何も言うまい……」
最早、藤原に秋原を言及する余力は無かった。
「大丈夫ですか!? すぐ絆創膏を持って来ますから!」
「明さん、別にそんな……」
藤原が呼び止めようとしたが、明はすぐに救急箱を取りに行ってしまう。
「はぁ……。アリス、後で明さんにお礼言えよ」
「ヤダ。頼んでもいないのに、どうしてお礼なんて……」
「まったく……もう少し大人になれよ……」
「もうAVとか見ても平気だけど?」
「……それは寧ろ遠退いてる気がする……」
そんな遣り取りを余所に、
「勝負中に相手の心配、か……。明さんもなかなかだな……。
しかし、それでも素直になれないアリス嬢の方が上であろうか? いやしかし……」
秋原は相変わらず採点を続けていた。
「……で、あれからも色々とあったが、どうにか二人とも調理を終えた訳だ」
「て言うか、時間掛け過ぎだぞアリス……」
「むぅ、そんな事ないもん!
お兄ちゃんへの想いを形にしようと思えば、これが普通だもん!」
藤原の言葉に、アリスが激しく反発する。
頬を膨らませようとしたが、
「あー……そうですか……」
秋原の暴走を恐れる藤原によって阻害された。
「では、早速審査に移ろう」
幸い、秋原は気付いていない模様である。
エントリーナンバー1 西口明
「流石に、本業で料理作っている人は違いますね。
卵の半熟も良い感じですし、味付けもバッチリです。
どんな食材を使っても美味しく作れる人が、『料理の上手い人』なんです」
堀が、上品に食べながら絶賛する。
「確かに美味しいな。明さんが勝ってくれないと困るし……」
既に明に票を入れる事を決めている藤原も、素直に頷く。
「うむ。ドジッ娘メイドも趣があるが、やはり基本は完璧超人だな」
明らかに二人とは採点基準が違う秋原も、結果的には一緒だった。
「ありがとうございます。喜んで頂けて嬉しいです♪」
三人の賞賛に、明は頭を下げる。
「ふむ……やはり完璧超人と謙虚はセットだな。でないと鼻に付いてしまう」
「……お前って、本当に幸せな奴だよな……」
秋原を見て、藤原は改めて呟いた。
エントリーナンバー2 望月アリス
「……あの……これは……一体……?」
可食物とは思えない造形の『それ』を見て、堀は戸惑いながら尋ねた。
「…………? オムライスだよ?」
そんな堀とは対照的に、アリスはあっさりと答える。
「アリス……お前の目は節穴か?」
「し、失礼だよお兄ちゃん!
いくらボクとお兄ちゃんの道ならぬ仲でも、言って良い事と悪い事があるでしょ!?」
藤原の言葉に、アリスは激しく反論した。
「やって良い事と悪い事もあると思うけど……」
藤原が呟いたが、アリスには聞こえなかった模様。
「ふっ……解っとらんな、藤原。
幼馴染や妹は、料理上手でなければ、壊滅的に下手だ。
普通など有り得ん。故にキャラとして成り立つのだ」
そんな藤原に、秋原は諭す様に言った。
「……で、これは食うのか? 食えるのか?」
「ま、まぁ……前衛的ではありますね……」
「堀……はっきり言って良いんだぞ……」
結局、三人とも『それ』を口へと運んだ。
「えぇ!? 何で―!?」
目の前で屍と化した三人に、アリスは驚きを隠せなかった。
「み……みず……を……」
藤原が、最後の力を振り絞って言う。
「え〜? 土いじりは嫌いだよ……」
「古典的過ぎるボケをするな」
「わ、復活した」
ツッコミ役が定着した藤原にとって、ボケこそが彼の生きる力なのであった。
「……さて、では採点と参ろう。
持ち点は一人につき一点。多かった方を勝ちとする」
どうにか復活した秋原は、再び対決を仕切り始める。
「もう結果は目に見えているけどな……」
藤原からは、最早やる気が微塵も感じる事が出来ない。
「ひひゃふぁ……ヒリヒリ……ひまふ……」
堀は、まだ明のオムライスで口直しをしていた。
堀の場合
「まずは堀から訊くか。どうだ、堀よ」
「まだ舌の調子がおかしいです……あ、僕は明さんに一点」
「と言う訳で、まずは明さんがリードか……」
「ありがとうございます、堀さん。
幾つになっても、誰かに認められるのは嬉しいですね」
「望月さんのは、消化器官を潰されそうです……」
「大丈夫ですか? 紅茶で良ければ如何でしょう?」
「あ、お願いします」
「むぅ、いいもん。まだこれからだし」
秋原の場合
「次は俺だな……」
「さっさと言え。出来れば、これで勝負が終わるのをな」
「俺は、アリス嬢に一点を入れる」
「……何だって?」
「おれは、ありすじょうにいってんをいれる」
「…………」
「やった―――――!!! これで勝ったも同然だね♪」
「……何故?」
「坊やだからさ」
「…………」
「――もとい、パフォーマンスが料理を上回ったからだ。
『壊滅的な料理を作る妹』は、それ自体が最高のパフォーマンスだからな」
藤原の場合
「と言う訳で、藤原の一存で雌雄が決する」
「最早ボクの勝ちは間違いなし! ……さっさと荷物まとめておけば?」
「慎重に考えるが良い、藤原。
この選択で、どちらのルートに向かうか決まっても過ご」
「明さんに一点」
「……何?」
「あんな料理に点を入れる訳無いだろうが」
「…………そうか」
「えっ……嘘……?」
「え〜……二対一で、明さんの勝ちとなった」
「やれやれ……これで一件落着か……」
面倒がようやく片付き、藤原は大きく息を吐いた。
秋原だけが楽しんでいた感は否めないが、
これでアリスが納得するのであれば、さほど大きな問題ではない。
「嘘だ……嘘だ……こんなの……」
一方のアリスは、俯いたままだった。
「もう良いだろ、アリス?
そもそも、お前が思っている様な仲でも何でもないんだから」
「お兄ちゃんだけは……信じてたのに……
お兄ちゃんだけを……信じてたのに……信じてたのに……!」
アリスの声が、次第に怒気を孕んでいく。
藤原の声も、最早とどいていない様だ。
次第に、辺りの空気がピリピリと震える感覚を覚える。
「十年前のあの時からずっと……ずっとボクは……
それを……キミなんかに……キミなんかに……!」
アリスの感情に比例するかのように、その感覚はより顕著なものになっていった。
「この感覚……まさか……! おいアリス! こんな場し」
「唯一の存在意義を奪われて堪るかあぁっ!!!!!」
アリスが叫ぶと同時に、張り詰めていた空気が暴徒と化した。
部屋の中を、嵐が所狭しと暴れ回る。
テーブルの上の皿が吹っ飛び、残っていたオムライスが散乱した。
硝子のコップと陶器のカップは壁に叩き付けられ、幾つもの砕片と化す。
窓がガタガタと激しい音を立て、ついには亀裂が生じた。
「きゃあぁ!」
「うわあぁ!」
「ぬぅっ!」
「アリス! 落ち着け! おいアリス!」
四人の悲鳴も、今のアリスには全く聞こえない。
ようやく風が止んだ時には、部屋はひっくり返した様な惨状になっていた。
「…………」
そんな光景を、誰よりも慄然としてアリスは見渡す。
「アリス……」
どうしても言葉が出ず、藤原はようやくそれだけを呟いた。
「違う……違うよ……ボクは……ボクはこんな……こんなつもりじゃ……!」
アリスの顔が、次第に青冷めていく。
頭を抱え、その場に崩れ込み、暫く何か呟いた後、
「うわあああああぁぁっ!!!!!」
糸が切れた様に発狂し、玄関へと走っていった。
「お、おいアリス!」
暫く呆気にとられた後、藤原達が後を追う。
アリスは玄関を出て、傍にあった箒を手に取り、何かを唱えた。
すると、箒が浮き上がり、アリスを乗せて猛スピードで遠くへと飛び去っていった。
「…………アリス……」
藤原達が玄関を出た時には、既に見えなくなっていた。
「……光様、彼女は一体……?」
「最早誤魔化せないか……」
藤原は、そう言って溜め息を吐いた。
「じゃあ……俺と明さんはこっちから、秋原と堀はあっちから頼む」
明が外出用の服に着替え、藤原達はアリスを捜しに行く事にした。
「ちょっと待て!」
しかし、秋原が三人を突如呼び止める。
「……どうしたんだよ、秋原」
「未だ嘗てこう言うシチュで、
主人公以外のキャラがヒロインを見つけた事があるか? 否、無い!」
「……だったら、どうすれば良いんだよ?」
「そうだな……グッパーで決めるべきだ。これなら公平だ」
「しょうがないな……」
藤原は溜め息を吐き、四人が輪になる。
お約束満載の料理対決だった訳ですが(汗
次辺りから、少々シリアスな展開になります。