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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
29/68

明なら働いてみよ光なら学んでみよ その一

「光様! 起きて下さい! 光様!」

「……な……何……?」

 激しく揺さぶられる感覚を覚え、藤原は目を覚ました。

 まだ半分以上眠っている意識で、藤原は考える。

 一体、明は何を焦っているのだろうか。

 今日は平日だが、今まで遅刻しそうな時間に起きた事は一度も無い。

 雷でも鳴ったのだろうか。

 だとしたら、先に悲鳴で目覚める筈だ。

 それに、今日天気が崩れるのは、午後からだと天気予報で言っていた。

 まさか、夕が何かしでかしたのだろうか。

 ……否、昨晩は泊まりに来なかった。

「大変なんです! 私にも何がなんだか……」

 ここで、藤原はある事に気付く。

 さっきから聞こえているのは、明の声ではない。

 明らかに男性の声だ。

 しかも、最も聞き慣れていて、故に違和感を覚えてしまう。

「な、何? 何かあったのか?」

 自分の声を出した時、違和感は驚きになった。

 これは、自分の声ではない。

 女性の……最近ようやく聞き慣れた声だ。

 非常事態である事を理解し、ガバッと上体を起こす。

 腰に届く程の黒髪が、動きに合わせて揺れ、肩に掛かった。

 いよいよ事態は深刻になってくる。

 周囲を見渡すと、そこは藤原の部屋ではなかった。

 余り入る事は無いが……ここは明の部屋。

 自分が寝ていたのは、明のベッドだ。

 もう何が何やら判らなくなってくる。

「光様……これは一体……」

 藤原は覚悟を決め、声のする方を向くと、

「…………俺?」

「いえ、あ、あの、私です。明……です」

 そこには、明と名乗る『藤原』が居た。

 鏡や写真でしか見られない筈の自分が、確かにそこに居た。

 まさかと思い、藤原は自分の身体を見る。

 肩に掛かった髪だけでも十分な気がするが、こういう状況は易々と認めたくないものだ。

 案の定、それは自分の身体ではなかった。

 まず、寝巻の柄が明らかに違う。

 身体も、全体的に少し小さくなった気がする。

 その中で、唯一昨晩より大きくなった部位がある。

「……あの、無闇に触るのは……」

「あ、ご、ごめん」

 『藤原』に言われ、藤原は自分の胸から手を離した。

 その時に出した声で、藤原は全てを理解する。

「……鏡、ある?」

「は、はい……」

 『藤原』に手渡された鏡で、藤原は自分の顔を見る。

 目に映ったのは、明の顔だった。

「な、なんじゃこりゃああああぁぁぁっ!?」

 かなり今更な叫びである。



「……要するに、明さんが目を覚ました時には、もう身体が入れ替わっていたって事か」

「はい……」

 朝の藤原家のリビング。

 藤原と明は、テーブル越しに向かい合って座り、状況の確認をしていた。

 だが、やはり原因など判る訳も無い。

 もちろん、元に戻る方法も判らない。

 となると、次に浮かび上がる問題は、

「……どうする、今日一日?」

「どうしましょう……」

 当然の様に、今日の形振りだった。

「入れ替わって生活……って訳にもいかないよなぁ……」

 藤原は溜め息混じりに呟く。

 明が学校に行けば、秋原やアリスに気付かれて騒ぎ出すかも知れない。

 明が普段こなしている仕事など、自分には到底無理だろう。

 しかし、明の反応は意外なものだった。

「私……学校に行こうと思うんですけど」

「え、何で?」

「い、いえ、あの、その……」

 藤原が尋ねると、明は頬を紅く染めて言い難そうにする。

 自分ではまずやらない仕草なので、藤原は見ていられなかった。

 同時に、何故明が学校に行きたがるのかを考える。

 答えは、案外簡単に見付かった。

「……明さんって、本当に妹思いなんだな」

「ち、違います! 他人の身体を、夕の授業が見たいなんて私情の為に使うなんて……!」

 藤原の一言に、明は更に紅くなって否定する。

「やっぱりそうなんだ」

「…………!」

 自分が簡単な誘導に引っ掛かった事を自覚し、明はぐうの音も出なかった。

「なるほど。だったら考えなくもないかな。隠し通す方法をどうにかしないと」

「……こんな時に身勝手な女だ、と思いますか?」

 快く協力しようとする藤原に、明は自己嫌悪気味に尋ねる。

 藤原は溜め息を吐いて、

「明さんなら、そう思うのか?」

 明に問い返した。

「……そうですね。変な事を言ってすみませんでした」

 そう答えて、明は頭を下げた。

 藤原としては、やはり明に夕の姿を見て貰いたい。

 明の前ではまず見せる事の無い、凛とした表情で働く夕の姿を。

 それに、自分の前に『自分』が居るのは、正直変な気分になる。

 明も、もしかしたら同じ様に感じているかも知れない。

 アリスや秋原が何をしでかすか判らないし、家事の大変さを知らない程に無知ではない。

 だが、入れ替わりによる見返りは、相当のものになる筈だ。

「……では、まずは朝食にしましょうか」

 そう言うと、明はいつも通りキッチンへ向かった。

 見た目には藤原がキッチンへ向かったので、少々異様な光景だが。



 その後、藤原は教えられる限りの振る舞い方、明は、最低限すべき事を教えた。

 程無くして、チャイムの音がする。

 恐らく、アリスが来たのだろう。

 この瞬間、二人の『演技』が始まった。

 荷物を整えると、明は玄関へ向かう。

 ドアを開けると、

「お兄ちゃん、おはよう!」

 アリスが飛び付いてきた。

「おはよう、アリス」

 明は挨拶を返しながら、アリスの頭を撫でる。

「……あれ? 今日のお兄ちゃん、何か変だよ?」

「えっ!? い、いや、ちょっとな……」

 怪訝な表情を浮かべるアリスに、明は心臓が跳ね上がった。

 懐いてくる様子が夕と重なったので、思わず夕の時の様に接してしまったのだ。

「……ま、良いや。行こ♪」

 外見の効果が大きいのか、アリスはすぐに笑顔に戻る。

 明は、心の中で一息吐いた。

 やはり、幼馴染だけあって、多少の誤魔化しでは見破られそうだ。

 藤原が真っ先に『アリスとの接し方』を教えてくれたのも頷ける。

 もしもバレたら藤原に迷惑が掛かるかも知れないし、騒ぎになって夕にバレれば、彼女の普段の姿が見られない。

 自分がしようとしている事の難しさを、改めて知らされた明だった。



 明とアリスが行った事を確認すると、藤原は溜め息を吐いた。

 承諾したとは言え、やはり不安である。

 明の事はもちろんだが、自分の事も。

 しかし、不安がってばかりでも仕様が無い。

 明が学校へ行ったのなら、自分も仕事をしなければ。

 まずは、朝食の片付けだ。

 だが、その前にしておくべきであろう事がある。

「……着替えないと……」

 現状が現状だけに躊躇ってしまうが、いつまでも寝巻という訳にもいかない。

 明が夕の事で一杯一杯だったから訊きそびれたが、彼女が当然の様に制服に着替えたのだから、大丈夫だろう。

「……今更だけど、夢オチじゃないよな?」



 藤原が服を脱ぎ始めた頃、明はアリスと共に通学中だった。

 アリスの話題に応対しながら、彼女の狭い歩幅に合わせて歩く。

 藤原は当然の様に行っているが、会話に意識が向くと、なかなか難しい。

 やはり、例え本人が否定していても、彼は彼女を大切に思っている様だ。

「ねえ、お兄ちゃん」

「何だ?」

 アリスに声を掛けられ、明は応える。

 もう十年以上、誰に対しても敬語を使っているので、タメで話すのは新鮮だ。

 出来れば、ここで慣れておきたい。

「アカリンが来てから結構経つけど、どうなの? 最近は、ゆーちゃんも週の半分くらいは来るんでしょ?」

「そうだな……」

 アリスに問われ、明は内心焦った。

 表に出さないように注意しながら、適当な答えを探す。

 だが、自分は藤原であって『藤原』ではない。

「アリスはどうなんだ? ほら、お前、初対面で明さんに噛み付いてたしさ」

 仕方が無いので、話を逸らす事にした。

 折角なので、自分について尋ねてみる事にする。

 この身体でなければ、なかなか訊けない事だ。

「ボク? ボクにとっては、もう大事な友達……かな。

お兄ちゃんだってそうなんでしょ? だったら、ボクも。

何だかんだで、すっかり馴染んじゃったもんね」

 明の問いに、アリスは屈託の無い笑顔で答えた。

 明は、胸の奥が熱くなる感覚を覚える。

「もちろん、お兄ちゃんは友達なんてレベルじゃないけどね〜♪」

 そして、アリスは嬉しそうに明に抱き付いてきた。

 こういう時は突き放すように、と言われたが、先程の言葉が尾を引いて、どうしても躊躇ってしまう。

 仕方が無いので別の手段を探した結果、明は溜め息を吐いた。

 藤原が、こういう時によくやる癖だ。

 ――光様も、望月さんと同じ様に思っているのでしょうか……?

 そんな事を考えた時、少しずつ校舎が見えてきた。

何だ、この展開(笑)

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