表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
27/68

嘘から出た真琴 前編

 土曜日の夕方。

 サッカー部の試合の撮影や取材を済ませた真琴は、部室に帰還した。

 部室の奥の部長席で、部長が机に肘を突いて座っている。

 そして、冷静と高慢を混ぜた様な態度で、真琴を迎えた。

 どうやら、他の部員は全員帰ったらしい。

 それでも彼女が真琴を待っていたのは、

「新谷さん、話って何かしら?」

「この前の……返事っス」

 真琴が仕事に行く前に頼んだからだ。

「そう。……で、それは私が喜ぶ返事かしら?」

 部長は椅子の背にもたれ、真琴に尋ねる。

 背にしている窓から差し込む斜陽が、彼女の長い髪を紅く染めていた。

 真琴は、予想以上に強く込み上げてきた緊張に、思わず息を呑む。

 彼女が用意している答えは、部長が望む答えではないからだ。

「わ……私は……」

 半ば無理矢理口を開くが、続きが出てこない。

 あの日からずっと、この答えを出せる日を待ち望んでいた筈なのに。

 アリスが転校してきた日からずっと、決意が揺らぐ事は無かったのに。

 自分を支えてくれる存在に気付いた日からずっと、それに応えようと思っていたのに。

 ――だ、ダメっス! 弱気になっては……。

 気持ちで負けてしまっては、何事も為し得はしない。

 既に地位では負けているのだから、尚更だ。

 大丈夫。自分は一人ではない。

 自分の後ろには、沢山の味方がついている。

 だから、自分はそれに応えなければ。

「私は……私は……」

 拳を強く握り締め、荒れる呼吸を少しでも整える。

 そして、

「……私は、裏新聞には助力出来ないっス。

報道は、人に公平で有益な情報を提供するのが義務っス。

人を不当に傷付ける活動なんて、私達がすべきではないっス」

 淀みの無い、真っ直ぐな声で述べた。

 今思えば、新人の頃から変わらない思想だ。

 ……否、少々語弊があるので、新人の頃と同じ思想、に修正する。

 散々迷って、ようやく元居た場所に戻ってくる事が出来たのだから。



「そう……なるほど、ね」

 真琴が答えを出して十数秒後、部長は冷静に対応した。

 賞賛する訳でもなく、咎める訳でもない口調だ。

 予想外の第一声に、真琴は胸を撫で下ろす。

 部員生命を断たれる覚悟もしていたので、寧ろ拍子抜けするくらいだ。

 だが、部長は冷たい笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らす。

 それから数秒後に部室のドアが開き、男子が続々と入ってきた。

 真琴は、訳の解らないままその様子を眺める。

 彼らは、真琴の周りを囲む用に並んだ。

 八人目がドアを閉め、鍵を掛ける。

 部長は満足げな表情を浮かべ、両手を組んで、真上に伸ばした。

 閉じ込められた事に気付き、真琴は心臓の鼓動が強くなるのを感じる。

 よくよく見ると、彼らには面識がある。

「部長……何で運動部員がこんなに……?」

「残念だわ、新谷さん。貴女なら解ってくれると思っていたのに。

……それとも、まだ本気で思っているの? 報道は正義、情報は真実、新聞は方正……だなんて」

 真琴の問いに、部長は問いで返した。

 見下す様に、蔑む様に、そして哀れむ様に。

 静かな圧力に、真琴は冷や汗が伝う感覚を覚えた。

「と、当然っス! 人を正しい方向に導く手伝いをするのが、情報を扱う者の務めっス!」

 それに押し潰されないように、真琴は強く言い放つ。

 そんな真琴を、部長は冷ややかに笑った。

「貴女は本当に無垢ね。ここまでくると、世間知らず……かしら。

何の為に、そこまで正義に拘るの? そんな綺麗事守ったって、利益なんて僅かでしょう?」

「報道に、圧倒的な力があるからっス! 強い力だからこそ、正しい使い方を徹底しないといけないからっス!」

 周囲を囲む運動部員の視線が気になりつつも、真琴は自分の気持ちをぶつける。

 部長は、頬杖を突いて溜め息を吐いた。

「私のやり方は間違っている……とでも言いたいのかしら?

私は只、需要に応えているだけじゃない。皆が買うから売っているのよ。

私達は大きな収益を得て、購読者はプライバシーの向こう側を見て満足する。とても理想的な関係だと思わない?」

 一見正論に聞こえる言葉に、真琴は一瞬黙り込む。

 だが、真琴は、身を以てその意見の誤りを知っている。

 自分が受けた痛みは、自分が与えた痛みと同じ。

 だから、自分と同じ過ちを、これ以上誰にもさせたくない。

「需要の為にプライバシーを覗かれる側はどうなるっスか!?

誰かを蔑ろにする様な記事なんて、報道とは呼べないっス!」

 強く握り締めた拳を前に構え、真琴は激しく反発した。

 部長は、面倒くさそうに伸びをして、

「そう。じゃあ、これ以上の話し合いは無駄ね。……ところで新谷さん。さっきの質問に答えてあげるわ」

 再びパチンと指を鳴らした。

 それに反応して、男子達は躊躇いがちに、少しずつ真琴に詰め寄っていく。

 その様子は、まるで勢子の様である。

 徒ならぬ雰囲気に、真琴の頭から血が引いていった。

「悪く思わないでくれ、新谷さん。彼女に逆らったら、俺達は……」

 その内の一人が、言葉通り済まなさそうに言う。

 躊躇しながらも、確実に感覚を狭めていく。

 彼の一言で真琴は全てを悟り、怒気に満ちた瞳で、部長を睨み付けた。

 部長は、それすらも嘲笑う様な表情だ。

「言って聞かない人は、身を以て理解して貰うだけ。

他の部員なら、首だけ飛ばしてお終いだったと思うけどね。

貴女みたいな有力な反乱分子は、早めに芽を摘んでおかないと。

覚えておきなさい。言葉を突き通す為には、それなりの後ろ盾が必要なのよ。

……さて、その愚直で頑迷な精神、徹底的に矯正してあげるわ。

徹底的に恐怖を植え付けて、二度と逆らえない身体にしてあげる」

 そして、冷徹と嘲笑を混ぜた様な声で言った。

 改めて、真琴は激しい憤りを感じる。それと同時に、恐怖も。

 このままだと無事では済まない。

 目的の為なら手段を選ばない。それが部長なのだから。

 この男子達も、弱味を握って操っているのだろう。

 そして、次は自分を操ろうとしている。

 一瞬、素直に降伏する選択肢が浮かんだ。

 恐らく、無傷で済ませるにはそれ以外に無い。

 一人で部室に入った時点で、自分は部長の掌に在ったのだから。

 ――でも……。

 ここで尾を振る事は簡単だ。それで自分は救われるだろう。

 だが、それでは意味が無い。

 全てをかなぐり捨てる覚悟で部長に抗ったのは、彼女の顰蹙を買う為ではない。

 自分が貫くべきものは、自分が守るべきものは……。

「私がそんな手段で屈すると本気で思うのなら……好きにすれば良いっス」

 一歩も退く事無く、真琴は言い放った。

 打開策が浮かんだ訳ではない。殆ど強がりで出た言葉だ。

 だが、身を挺してでも心を守りたかった。

 そして、支えてくれる人達に応えたかった。

 冷たい笑みを浮かべて、部長は三度指を鳴らす。



「其処迄です」

 突然、開く筈の無い背後のドアが開く音がした。

 それと同時に、聞き覚えのある淡々とした声が聞こえる。

 自分の後ろに居る人を見て、男子達はたじろいだ。

 二人分の足音が室内に入り、真琴の両側で止まる。

「秋原先輩!? 棗先輩も!?」

 真琴は、心底驚きながら、両隣の男性を交互に見る。

「ふっ、俺に常に美少女の味方だ」

 余裕たっぷりの発言の後、秋原は真琴に仇なそうとしている者全てを見渡す。

 椅子に座っている部長を除いて、全員が後退った。

「ま、何れ私にも利益が廻るでしょう」

 自分に言い聞かせる様な発言の後、棗は部長に向けてエアガンを構える。

 部長は、眉一つ動かさなかった。

「確かにドアには鍵を掛けたし、合い鍵も確かに私が持っているのよ。

どうやって入ってきたのか、答えてくれるかしら?」

 そして、淡々と尋ねる。

「ふっ……鍵は二つ付けた方が、ピッキング犯は諦め易いぞ」

 それへの返答なのか、秋原は指摘した。

 その手に持っているのは、一本のヘアピン。

 男子達を再び見渡し、秋原は告げる。

「今、我々に降れば、俺の情報操作の庇護下に置いてやろう。もし、これ以上新聞部に味方するのなら……」

 棗が、もう片方の手でエアガンを構えた。

 一人の男子に狙いを定め、数秒間隔で狙いを変えていく。

 まるで、エアガンに標的を選ばせている様だった。

 いよいよ男子達は顔を真っ青にして、ドアへと走っていく。

 廊下を走る沢山の足音が聞こえ、小さくなり、そして聞こえなくなった。

「貴女が暴力を後ろ盾にすると云うのでしたら、私達も然うさせて頂きます」

「あ、あの、棗先輩……」

 当然の様にエアガンで威嚇する棗に、真琴は躊躇いがちに声を掛ける。

 危機を助けて貰った確かに感謝すべきだが、これは少しやり過ぎだ。

 彼のエアガンは、威力を大幅に増した改造エアガンだから、尚更である。

「ふっ、案ずるな真琴嬢。棗も無闇に撃ちはせん。目には目を……だ。

それに、これは俺達が勝手にした事。真琴嬢には一切責任が無い」

 そんな真琴に、秋原が応えた。

 反論の余地が無く、真琴は黙り込む。

「十六夜の使徒に無傷の闘神まで……私も有名になったものね」

 部長は、やや自嘲気味に呟く。 

 今までも似た様な事があったのか、動揺する様子は一切無かった。

「言っておくが、俺と棗だけではないぞ」

「……どういう事?」

 部長の眉が、初めて動く。

 秋原は、どこからかノートを取り出し、適当なページを開いた。

 黒でびっしりと埋められている白い筈のノートが、部長の目に映る。

 何度か捲るが、全て同じ様に真っ黒だった。

「将棋部、文芸部、現代美術研究部、新聞部の裏新聞反対派、

その他現在の新聞部を快く思わぬ者。約四百名の署名だ」

 秋原は静かに、且つ力強い声で言う。

 続ける様に、棗が述べる。

「此は、既に生徒会に受理されました。仍て、私達の要求は強制力を持ちます」

 そして、探偵の解決編の様に、秋原は人差し指、棗はエアガンを向けた。

 二人同時に、同じ台詞が放たれる。

「新聞部部長の退部、及び裏新聞の無期発行停止を要求する」

真琴シリーズ第二弾です。

別の話を挟んでからにしたかったのですが、それが書き上がるのはずいぶん先になりそうなので。

詳しい話は、後半のあとがきにて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ