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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
26/68

無冠の新人 後編

「…………?」

 いつまで経っても弾が当たる感覚を覚えず、真琴は不思議に思い、目を開けた。

 眼前にエアガンが映り、一瞬目を瞑る。

 だが、何も発射される事は無かった。

「あ、あの……」

 どう声を掛ければ良いか判らない真琴を尻目に、棗はエアガンを仕舞った。

 ますます訳が解らなくなり、真琴は首を傾げる。

「……どうやら、新聞部も盆暗ばかりではない様ですね」

 独り言の様に言う棗に、真琴は怪訝な表情を浮かべた。

 そんな真琴に、棗はようやく説明を始める。

「御心配無く。弾は入っていませんから。貴女が信頼に足る人物か否かを調べたかった丈です」

「え……どういう事っスか?」

「……貴女、情報の持つ力の強さ、解っていますか?」

 真琴の問いに、棗は問いで返す。

 真琴が答えを思い付かない事を察すると、棗は話を続けた。

「今の時代、情報の支配力は絶対的な物です。

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌……現代の生活は、情報に翫ばれています。

携帯電話やインターネットの導入に仍て、これから更に顕著に成るでしょう。

……無論、情報は受取手が自らの意志で選択して然る可き物です。

売り物を片っ端から籠に入れる様な真似、誰もしないでしょう?

選択肢が広がる事は、本来は良い事の筈です」

 そこまで言って、棗は一息吐く。

 そして、すぐに話を続けた。

「然し、愚かな民衆は情報を撰ぼうとしない。総て鵜呑みにして、振り回されてしまう。

災害時にデマが広がって大騒動に成る事は、決して珍しくないでしょう?

実際、関東大震災の時には、デマに仍て多くの朝鮮人が殺されました。

此も偏に、群衆が情報に踊らされたからでしょう。

詰り、情報には、愚鈍な民衆を殺人に駆り立てる程の力が有る、という事です。

そんな危険な物を軽い気持ちで扱う愚者共に、捧げる労力抔有りません」

「わ、私達はそんな事……!」

 棗の言葉に、真琴は反論する。

 目の前で自分の所属している部を軽視されては、流石に黙っていられない。

 しかし、棗はそれを片手で制し、更に続ける。

「残念ですが、事実です。貴女の前に来た部員は、全員退きましたよ。

空のエアガンを突き付けた丈で……ね。

危険物を扱っているのに、躰を張る度胸も無い。そんな愚者共が新聞を書く抔、片腹痛い話です」

 淡々と事実を述べる棗に、真琴は何も言えなかった。

 彼らを責める訳ではない。自分だって怯えていたのだから。

 それでも、やはりショックだった。

「然し、貴女は違った。思想に相容れない部分は在りますが、其の意志の強さは評価に値します。

……貴女なら、信頼出来るかも知れませんね。尤も、未だ新聞部総てを信頼する事は出来ませんが」

 棗の言葉に、真琴は安堵した。

 ほんの少しでも、信頼を得る事が出来たのだ。

 小さな一歩かも知れないが、最初の一歩は大切だ。

 全く信頼されていなかったさっきまでと比べれば、十分な進展である。

 大きく息を吐きながら、真琴は椅子に座る。

 それとほぼ同時に、さっきまで抑え込んでいた恐怖や緊張が溢れ出した。

 一度放ってしまったそれは、もう抑える事も出来ず、真琴の頬を一筋となって伝う。

「少し驚かせ過ぎましたか……ま、悪く思わないで下さい」

「い、いえ……大丈夫っス」

 真琴は、自分でも焦りながら涙を拭った。

 だが、次から次へと溢れてくるので、ますます焦ってしまう。

 そんな時、図書室のドアが開け放たれた。

「ふっ……しかと見せて貰ったぞ」

 そして、少し髪が長い、棗と同じくらいの身長の男性が入ってきた。

「秋原さん、立ち聞きとは頂けませんね」

 棗が、特に怒気を露にするでもなく言う。

「まあ、そう言うな。職業癖とでも言うべきであろうな」

 そして、秋原も特に悪びれる事は無かった。

 ゆっくりと、秋原は真琴の側まで歩く。

「うちの棗が済まなかったな、真琴嬢。涙まで見せられては忍び無い。

さあ、俺の胸に飛び込むが良い。その涙もろとも受け止めてやろう」

 そう言いながら、秋原は抱き留める体勢になった。

 真琴は、特にそれに応じる事無く、

「もしかして、現美研の秋原先輩っスか?」

 秋原に尋ねる。

「ほう、覚えられているとは光栄だな」

 秋原は、言葉通り嬉しそうに答えた。

 理想の展開にならなかった事は、どうやら気にしていないらしい。

 だが、それ程掛からずに、その表情は真面目なものになる。

「ところで棗よ。先程真琴嬢に突き付けた物、見せて貰えるか?」

「はい……これですが」

 秋原に請われ、棗は学ランの裏から、さっきのエアガンを出した。

 それを確認すると、

「やはり、棗愛用の改造エアガン『八咫烏』か……。

市販の物よりも威力を上げ、それなりに怪我を負わせる事も出来る」

 誰にでもなく呟く。

 ――そ、そんなに危険だったんスか……。

 もし、あの距離で当たっていたら。

 そう思うと、真琴は鳥肌が立った。

「……棗。もしも何かの間違いで弾が残っていたら、どうするつもりだったのだ!?

これ程にハイクオリティな後輩を、傷物にするところだったのだぞ!

……そして、実際に真琴嬢は泣いてしまった。

俺の前で美少女を泣かせる事がどう言う事か……解っておろうな?」

 そして、秋原は怒気を露にする。

 悍しい何かを感じ取った棗は、額から冷や汗を流した。

「まあ、落ち着いて下さい秋原さん。美少女の手前、話し合いで解決するのが筋でしょう?」

 棗が、焦りを孕んだ声で言う。

 真琴が初めて聞く声だ。

 どうやら、相当秋原を恐れているらしい。

「ふっ……案ずるな、棗。俺も、ちゃんと『言葉』で終わらせるつもりだ」

「『言葉』……? ま、まさか……!?」

 棗が、初めて動揺を露にした。

 そんな彼を尻目に、秋原は真琴に問う。

「真琴嬢、棗の名前を知っているか?」

「いえ。苗字しか知らないっスけど……」

 真琴は、怪訝な表情で答えた。

 新聞部でも、苗字しか教えて貰えなかったのだ。

 確かに気にはなっていたが……。

 秋原は、少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「まあ、当然であろうな。俺の情報操作により、奴の名前は易々とは判らぬのだ。

……実は、奴の名前は」

「止めろ!」

 秋原の言葉を覆う様に、棗は叫んだ。

 さっきまでの冷静な立ち振る舞いからは、とても想像出来ない。

 そして、エアガンに弾を込め、机を挟んだ向こう側から構える。

 だが、秋原は動じる事も無く、ポケットからハンカチを広げ、真琴の顔を覆う様に被せた。

 真琴がそれを取り払ったときには、棗は後ろ手に縄を縛られ、口にガムテープを貼られている。

「ふっ……この距離で俺に勝てる訳無かろう」

 秋原は、何事も無かったかの様に、さっきと同じ場所に立っていた。

 その手には、棗がさっきまで持っていたエアガンが握られている。

 斜向かいの席に居た棗に秋原が何をしたのかは、永久に知られそうにない。

「少々邪魔が入ったが気にするな。奴の名は……」

「●□☆◆○! △◇★●▽◎!」

 口を塞がれても尚何かを叫ぼうとする棗。

 名前如きで、果たしてどの様な問題があるのだろうか。

 真琴の脳内を様々な推測が巡るが、どれもしっくりくる事は無かった。

 棗の悲痛な声が煩わしかったのか、秋原は棗から奪ったエアガンを彼に向けて構えた。

 弾は彼が装填していたので、あとは引き金を引くだけだ。

 自分の武器を自分に突き付けられ、棗は抗う術が無かった。

 そんな棗を、秋原は鼻で笑う。

「ふっ……少々エアガンに頼り過ぎたのが敗因だ。

美少女を傷付けた罪、辱めによって詫びるが良い。……棗広美なつめひろみ

「ひ、ひろみ……?」

 秋原から発せられた言葉を、真琴は不思議そうな顔で繰り返す。

「そう。棗広美だ。広く美しいと書いて、ひろみと読む」

 そして、秋原は封印されていた事実を述べた。

 棗は、世界の終わりの様な表情を浮かべ、その場に座り込む。

 つまり、棗が名前を知られたくなかった訳は……そう言う事だろう。

「あの、秋原先輩。ちょっとやり過ぎじゃ……?」

 すっかり萎れてしまった棗を見て、真琴は怖怖と秋原に声を掛ける。

 自分の為にしてくれた事は解っているし、言葉だけで終わらせてくれた事も解る。

 だが、あれ程のダメージは暴力に等しい。

 自分が泣いてしまったのも、自分が新人である故に緊張してしまったからだ。

 少なくとも、半分以上は自分の所為である。

 第一、自分はこんな事を望んでいない。

「ふっ……構わん。美少女を傷付けた罪は、万死に値するからな。

少々痛い目を見て貰わねば、何より俺が納得出来ん」

 秋原は、至って涼しげな表情で言った。

 どうやら、自分の為でもあるようだ。

 全てが終わったので、秋原は棗のガムテープと縄を外す。

 棗は力無く立ち上がり、椅子に身を委ねた。

「……中学の時……女子校の案内が……届きました……」

 何かが、恐らく悪い意味で吹っ切れたらしく、棗は呟く様に自白する。

 悪い事をしてしまった気分になり、真琴は掛ける言葉を探すが、なかなか良いものが見付からなかった。

「教師が新しくなる度に……色々と苦労します……」

 世の中には、生まれてすぐに重い荷を背負う者も居る、という事だろうか。

 段々、棗が哀れに思えてくる。

「両親が『娘』として可愛がったから、一人称が『私』になった事も言ってはどうだ?

一姫二太郎と言うくらいだから、気持ちも解らんではないがな」

 そして、秋原は容赦無く追い討ちをかける。

 徹底的に叩き潰すつもりの様だ。

 更に秋原は続ける。

「最近、お前が『娘』として育てられていた頃の写真を入手してな。

今、ここにあるのだが、どうしてくれようか……」

「……!?」

 秋原は、一枚の写真をポケットから取り出し、棗だけに見えるようにした。

 それが目に映り、棗の顔色が変わる。

 だが、まだエアガンは秋原の手に在る。

 抵抗しようにも、棗は両腕をもがれたも同じだ。

 エアガンを持っていた時も完敗だったのだから、尚更の話である。

 その時、真琴が秋原の袖を掴んだ。

 秋原が真琴の方を向くと、懇願の瞳が見上げていた。

「どうした、真琴嬢?」

「もう、その辺にして欲しいっス。これ以上は……只の虐めだと思うっス。

それに、私は別に、こんな事をして欲しいだなんて……」

「……そうか」

 棗の要求を素直に受け入れ、秋原は写真をその場で破いた。

 そして、エアガンも棗に返す。

 それを見て、真琴は胸を撫で下ろした。

「真琴嬢の慈愛に感謝するのだな」

 秋原は棗に言い放つ。

 棗は特に応じる事無く、エアガンを仕舞った。

 プライドをズタズタに裂かれたらしく、暫くは立ち直れそうになさそうだ。

「……と言う訳で、エッセーに関しては良い返事を期待して良いぞ」

 最終的に、秋原が纏めた。

 用が済んだので、真琴は新聞部への報告の準備をする。

 色々とあったが、何だかんだで大仕事を果たす事が出来たのだ。

 これは、素直に喜んで良い事の筈である。

 そう思うと、ようやくテンションがいつも通りに戻ってくる。

 荷物を整えた時には、すっかり笑顔に戻っていた。

「色々とありがとうございましたっス♪ ……棗先輩、聞かなかった事にしますから、早く立ち直って欲しいっス」

「うむ。やはり美少女は笑顔に限るな」

 満足げに頷く秋原と、ショックから立ち直れない棗を背に、真琴は出口へと向かう。

 ドアを開けたところで、秋原は真琴を呼び止めた。

「さっきので解ったであろう、真琴嬢。暴力だけが『暴力』とは限らんのだ。

それを理解した上で、もう一度、自分と自分の周囲を見渡してみよ」

「は、はい……?」

 怪訝な表情を浮かべて、真琴は図書室を出ていく。



「……やれやれ、私はモルモットですか」

 暫く経った後、棗はようやく立ち直った。

 そして、溜め息混じりに言う。

「まあ、そう言ってくれるな。これも彼女の為だ。……無論、お前への罰も兼ねているがな」

 秋原は、やはり悪びれる様子が無かった。

 どうやら、美少女至上主義が当然だと思っているらしい。

 フェミニストとは似て非なる存在だから、尚更迷惑だ。

「貴方が名前を知っていたという事は、やはり彼女が……?」

「うむ。彼女こそ、腐敗した新聞部の光明に成り得る筈だ」

 棗の問いに、秋原は真面目な表情で頷いた。

 その答えに、棗は大きく息を吐く。

「ま、彼女は確かに真っ直ぐです。よくあの部に入部出来たものです。

良く云えば素直、悪く云えば……愚直、ですね」

「やはりそう思うか。俺も、その辺りは少々不安だ。

まあ、あれくらいの劇薬でなければ、あの部は直りそうにないがな」

 棗の指摘に、秋原は溜め息混じりに応えた。

 棗は席を立ち、図書室内を歩く。

 二人しか居ない閑散とした室内に、一人分の足音が響いた。

「あの性格から勘えるに、何れは、己の内に在る唾棄す可き感情を受け入れられずに……」

 そう言いながら、棗は壁に掛けられている鏡の前で立ち止まる。

 鏡の奧には、紛れも無い自分が映っていた。

 身動ぎ一つでさえ忠実に、気味が悪いくらいに対象である。

 秋原は、黙って頷くだけだった。

「で、そんな彼女を面倒見ると?」

 そして、棗は半ば呆れながら問う。

「ああ。我々が支えてやらねばなるまい」

 秋原の答えに、棗は溜め息を吐いた。

「……ま、利益の無い労働には慣れましたけどね」

 そして、溜め息混じりに愚痴っぽく言う。

「そういう訳だ。なっちゃんには、エッセイストとして関わって貰いたい」

「ま、拒否はしません。……後、なっちゃん云うな」

 棗が咎めるが、秋原は特に気にしなかった。

 こうして、今日も放課後は黄昏の色に染まっていく。



「何故なっちゃんが気に入らんのだ? 折角幼馴染に命名されたのだ、大事にしろ」

「誰も彼も、何故に私を萌えキャラの如く扱おうとするのでしょうか……愚かしい」

「なら、別の愛称も考えてある。『なっち』『なっちん』『ひろみん』『HIR☆OMI』等々……。

選択の自由くらいは与えてやる、選ぶが良い」

「……なっちゃんを撰ばせて下さい。お願いします」

「解れば良いのだ」

そんな訳で、棗広美の華々しい(?)デビューでした。

なっちゃんの初登場は、色々と悩んだんですけどね。

なっちの性格から考えれば、真琴と絡ませる方が解りやすいかな、と思い、

なっちんはこれが初登場になりました。

ひろみんは台詞の漢字が色々と大変なのですが、

HIR☆OMIの台詞は割と考えやすいので、使うのは好きかも知れません。

……ええ、判っててやってますよ。


同時に、新聞部に染められる前の初々しい真琴もお披露目。

大して変わっていませんけどね(汗

この後、部長によって迷いが生じる、と。

どこまでも真っ直ぐで正義感溢れる真琴と、冷酷な自分主義者の棗。

私がどちらの肩を持つかというと、どちらでもないでしょうね。

どっちが合ってるとも思えませんし、どっちが間違っているとも思えませんし。

只、こうして会わせると、二人の主張がよく解る気がするのは確かですけど。


今にして思えば、コメディ分が足りない。

次はコメディ一辺倒にする予定。新キャラも多数登場の予定。

……と、期待を抱かせてがっかりさせてもアレなので、期待しないで待っていて下さいませ。

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