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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
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無冠の新人 前編

 平日の放課後。

 ポニーテールの少女が、図書室の前の廊下で、深呼吸をしていた。

 図書室に居る文芸部部長に、エッセーを書いて貰えるように交渉する。

 彼女にとって、新聞部で初めての大きな仕事だ。

「こ、ここで緊張してどうするっスか、私……」

 自分で、自分に言い聞かせる。だが、息は乱れたままだ。

 たった一人で、大事な交渉に行く。

 しかも、今まで他の部員が悉く退いだ、大きな壁だ。

 緊張するのも、無理は無いだろう。

 何度も深呼吸して、覚悟を決めると、彼女は図書室の重たい扉を開けた。



「失礼しまっス」

 静かな図書室に、少女の声が響いた。

 今日は『図書室』として機能していないらしく、カウンターには誰も居ない。

 人が居るとは思えない程の沈黙に、彼女は早くも圧迫感を覚える。

 それでも室内へ踏み入ると、目的の人物らしき人が居た。

 部屋の真ん中辺りのテーブルで、ノートパソコンと向かい合っている。

 あれで、色々と書いているのだろう。

 かなり集中しているらしく、少女の存在にすら気付いていない様だ。

「あ、あの……」

 彼の隣まで行き、少女は怖々と声を掛ける。

「……ああ、失礼。気付きませんでした」

 ようやく、彼は彼女の存在に気付き、彼女の方を向く。

 座っているので判り難いが、身長は百七十後半。

 少し冷たい印象を与える瞳が、特徴的な男性だ。

「文芸部部長の、棗先輩ですよね?」

「ええ、確かに」

 少女の問いに、棗は簡単に答えた。

「……用件は?」

 そして、淡々と尋ねる。

「あ、あの、私、新聞部の新谷真琴っス。

今までに他の部員にも頼まれたと思うっスけど、エッセーを」

「其の件でしたら、もう何度も意思表明しました。帰って下さい」

 真琴が言い切る前に、棗は拒んだ。

 結構キツい口調だったので、真琴は思わずたじろぐ。

 こう言う人だと聞かされてはいたが、想像以上だ。

 かと言って、この程度で引き下がる訳にもいかない。

「他の部員も、悉く突っぱねたそうっスね。せめて、理由だけでも教えて頂けないっスか?」

「私は、貴女方新聞部を信頼出来ません。

信頼出来ない連中に渡せる文章抔、書いていません。故に、エッセーは書けません」

 真琴の問いに、棗はやはり淡々と答えた。

「信頼出来ないって……どう言う事っスか?」

「……貴女、御自身の部に就いて何も知らないのですね。

まあ、良いでしょう。兎に角、私は貴女方を信頼出来ません」

 質問をうやむやにすると、棗は再びパソコンに向かった。

 高速のブラインドタッチで、画面が黒く塗られていく。

「……もう良いでしょう? 早く退室為されては?」

 真琴の方を向く事無く、棗は突き刺す様に言った。

「そ、そうはいかないっス! 仕事として来た以上、手ぶらでは帰れないっス!

それなりの返事を頂けるまで、ここから一歩も動かないっス!」

 そんな棗に、真琴は強く言い放つ。

 これは、自分にとって初めての大仕事だ。

 新人ならではの気力も手伝って、真琴は長期戦を宣言した。

 棗は、面倒臭そうに小さく溜め息を吐く。

「……飽く迄も、其処から動かない積りですか?」

 そして、溜め息混じりに尋ねた。

「はい! 梃でも動かないっス!」

 真琴の答えを聞いて、棗は再び、今度は大きく溜め息を吐く。

 疲れた時のそれではなく、呆れた時のそれだ。

「……まあ、良いでしょう。図書室は本来、生徒総ての物です。

其を否定する権利抔、私には有りませんから」

 そう言うと、棗は席を立ち、端の方の机に移動した。

 そこで、再び作業を始める。

 『一歩も動かない』と宣言してしまった真琴は、真ん中にポツンと残された。

 暫く、そのまま時間が過ぎる。

 棗との距離感や静寂に耐えられなくなり、真琴は棗の側に移動した。

「『梃でも動かない』と云いましたよね?」

「……『図書室から』を……前に足して欲しいっス。……隣、座って良いスか?」

「斜向かいなら良いでしょう」



 それから暫く、棗はずっとパソコンに向かっていた。

 その斜向かいの席で、真琴はじっと待っている。

 ふと、資料を探す為に棗が席を立った時、

「あ、あの……」

 真琴が声を掛けた。

「何ですか?」

「他に、部員は居ないんスか?」

 この部屋には、棗しか居ない。

 これでは、部として成り立たない筈だ。

 それとも、部長だけ別室で……と言う様な事なのだろうか。

 群れるタイプではなさそうなので、可能性は高い。

 しかし、

「名前丈の部員が殆どでしてね。部として成立させる為の、苦肉の策とでも云う可きでしょうか」

 棗の答えは、真琴の予想とは違うものだった。

 更に棗は続ける。

「私が、図書室で創作に打ち込む為に作った部ですから、部員なんてどうでも良いんです。

偶に、一年の堀さんが来ますけど、彼は読者として有り難い存在ですね。

実質、この部は私と堀さんの二人丈です」

 そう言うと、棗は本棚へ向かった。

 静かな図書室に、足音のみが響く。

「一人で、本当に良いんスか?」

 本を探している棗に、真琴は再び尋ねた。

 創作は一人の作業なのだろうが、やはり作家としての仲間は必要な筈だ。

 自分も、『一人で記事を全て書け』なんて言われたら、絶望するしか無い。

 棗は、少し間を置いた後、

「……私が現美研の副部長である事は、知っていますね?」

 質問で返した。

「は、はい……」

 新聞部部員たる者、流石にそれくらいは知っている。

 現代美術研究部、略して現美研。

 四年前にとある生徒が設立し、その厚い人望によって一気に有力な部になった。

 週に一回程集まって、現代の芸術について語り合うのが主な活動。

 ……と言うのは表向きで、『現代の芸術』と言うよりは『PCゲームやアニメ、漫画、ライトノベル』と言う方が正しい。

 それらを『現代美術』と言い張っている辺りが、人気の一つらしいが。

 真琴も、ロリータについて語り合う為に入部を視野に入れた事がある。

「で、それが何か……?」

「現美研の部員を統率する事は、思いの外骨が折れましてね。

其の分、文芸部では自由にやりたいんです。この前も、派閥の武力闘争を鎮めたばかりですし」

「そ、そうですか……。……え?」

 真琴が何かに引っ掛かった時、棗は目的の本を見付けた。



 資料を軽く読むと、棗は再びパソコンに向かう。

 真琴が来てから、かれこれ四十分は経ったであろうか。

 ふと、棗がパソコンの電源を切る。

 そして、鞄から魔法瓶と紙コップを二つ取り出した。

 魔法瓶の外蓋を開け、中蓋を開け、中身を紙コップに注ぐ。

 どうやら、中身はココアの様だ。

 注がれている最中にも、湯気が上がる。

「貴女も、如何ですか?」

 二つのうちの一つを、棗は真琴に差し出す。

「あ、ありがとうございまっス……」

 少し戸惑いつつも、真琴はそれを受け取った。

「勘違いしないで下さい。訪ねられた以上、それなりの対応をするのが迎える側の義務ですから」

 そう言うと、棗はココアを少し飲む。

 それに促される様に、真琴もココアを口に注いだ。

 ほんのり甘く、それでいてほろ苦い。

 一見矛盾した要素が、ミルクによって確かに両立していた。

「……美味しいっス」

「そこそこ高級なメーカーのココアを使っていますから」

 真琴の素直な賞賛に、棗は淡々と応じる。

 さっきまでの緊張感が、少し解れる時間だった。

「あの、棗先輩」

「何ですか?」

 ゆったりとココアを飲んでいる棗に、真琴は尋ねる。

「棗先輩は、どうして小説を書いているんですか?」

「そうですね……」

 真琴の問いに、棗は暫く考える。

 十秒程の静寂の後、

「書きたいから書いている、とでも言う可きでしょうか。私の総ては私の為に。其が、私の信条です」

 棗はやはり淡々と答えた。



「……さて、そろそろ帰って頂きましょうか」

 真琴がココアを飲み終えたのを見計らって、棗は静かに言った。

「だ、ダメっス! まだ私の用が済んでないっス!」

 ココアの余韻に浸っていた真琴は、少し遅れて反応する。

 机を両手で叩き、椅子から立って身を乗り出した。

 棗は、パソコンの電源を点けて溜め息を吐く。

「私も忙しいんです。本橋さんに頼まれた原稿を、早く仕上げなければなりませんし。

貴女に何時までも関わっていられません。帰って下さい」

 そして、淡々と言い放った。

 顔は、起動中のパソコンに向けられている。

 だが、真琴もこのまま黙って引き下がる訳にはいかなかった。

「そうはいかないっス! エッセーを書いて貰う約束をするまで帰れないっス!」

 溌剌を一向に失わない真琴に、棗は再び溜め息を吐いた。

 実は、真琴も内心は焦っている。

 まだ入部して日が浅い真琴には、粘り強さぐらいしか武器が無い。

 ――もう、根比べしか無いっスね……。

 しかし、こう言うタイプの人は、根気だの何だのでは、揺らがない事が多い。

 せめて、自分の人脈が広ければ、無理に正面から挑まずに済むのかも知れないが……。

「……如何しても、ですか?」

「はい。新聞部で初めての大仕事、おいそれと引き下がる訳にはいかないっス!」

 棗に問われ、真琴は自分に言い聞かせる様に言った。

 棗は暫く黙り込み、今日幾度目かの溜め息を吐く。

 そして、徐に学ランのボタンを上から二つ外し、右手を学ランの内側に入れた。

 怪訝な表情を浮かべる真琴を余所に、棗は学ランから手を抜く。

 その手には、黒い物体が握られていた。

 自分の眼前に突き付けられて初めて、それがエアガンである事が判った。

「……ど、どう言う事っスか?」

「話の通じない相手には、多少の暴力も止むを得ない、と云う事です」

 当然の様に述べる棗に、真琴は息を呑んだ。

 エアガンとは言え、威力を侮る訳にはいかない。

 改造エアガンによって、殺人事件が起きた事があるくらいなのだ。

 この距離で額を狙われたら、只では済まないかも知れない。

「部活動を著しく阻碍する者の排除……大義名分は此方に有ります。

此以上此処に留まると云うのでしたら、遠慮無く撃ちますよ」

 事務的な、それでいて激しい感情を無理に抑えているかの様な声。

 真琴は、首筋を冷たい汗が伝う感覚を覚えた。

 ココアを飲んだばかりの筈なのに、もう喉が乾いてしまっている。

 棗のエアガンは、真琴のすぐ前で構えられたまま、微動だにしない。

 彼が引き金を引けば、間違い無く自分に命中するだろう。

 だが、真琴は一歩も引かなかった。

「……て」

「…………?」

「どうして、そんな手段に訴えるっスか?」

 恐怖を振り切って、真琴は尋ねる。

 その声は、少し震えていた。

 答えようとしない棗に、真琴は更に続ける。

「話が通じないから暴力なんて、間違っているっス。

誰かを傷付ける方法は、最後の……本当の本当に最後の手段でないといけないっス」

「……代替案が有るなら、聞きましょう」

「そ、それは……」

 棗の言葉に、真琴は何も答えられなかった。

 そんな真琴を棗は冷笑し、

「愚かな。代わりの手段も無いのに止められるもの抔、然う然う在る訳が無い」

 見下した口調で言う。

 脆い部分を衝かれた感覚に陥り、真琴は心が痛んだ。

 確かに、棗の言う事は間違っていない。

 今の自分に、代替案は無い。

 だから、自分には何も言う資格が無いのかも知れない。

「でも……」

「……でも?」

「だからと言って、暴力を肯定する事が、正解とは思えないっス。

……いえ、正解であってはいけないっス。

出来る限り、お互いが傷付け合わずに済む方法を考えないと……。

こんな方法で物事を解決しても、お互いの亀裂が広がるだけっス」

 それでも、真琴は退かなかった。

 相変わらず、エアガンは自分に向けられている。

 しかし、それに屈する訳にはいかない。

 日が浅いとは言え、自分は新聞部員。

 ペンが剣に負ける事は、許されないのだ。

 そして、棗が引き金に添えている指に力を込める。

「それでも、私が此の手段を辞さない、と云ったら?」

「……本当にそのやり方が正しいと思えるのなら、撃てば良いっス」

 嘲笑を帯びた問いに、真琴ははっきりと答えた。

 棗は、小さく溜め息を吐く。

 そして、躊躇無く引き金を引いた。

 真琴は、反射的に目を強く瞑る。

恐らく初めての男性新キャラです。

こう言う見下した感じのキャラ、個人的には好きですね。

詳しい話は後半のあとがきにて。

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