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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
21/68

妹思いは姉の情 その三

 こうして、行きは二人だった買い物が、帰りは三人になった。

 藤原は米を抱え、明はその他の荷物を持ち、夕は自分の荷物を持って、明の側を歩く。

 誰がどう見ても嬉しそうな夕とは対照的に、明は気が気でない表情だ。

 それでもやはり、妹の生活の様子が気になるらしく、彼女の持っている袋を覗く。

 食材から察するに、どうやら和食が中心らしい。

 恐らく、何年も日本を離れていた反動なのだろう。

 ――もう、ちゃんと自炊出来るのですね……。

 明が覚えている夕は、握り飯一つ作る事さえ精一杯だった。

 勉強に費やす時間の合間を縫って、自分が何度も指導したことを覚えている。

 教えられた傍から淡々と飲み込んでいく学習風景とは対照的に、彼女は不器用だった。

 何度も失敗して、それでも練習を重ね、頭以上に身体で覚える。

 それらに取り組んでいる時の夕は、確かに輝いていた。

 そんな彼女に、自分の料理捌きを見せつけて、姉さん風を吹かせたりもした。

 ……もっとも、彼女に勉強を教わる度に、そんな物は無に帰したのだが。

 そんな思い出に浸っていた時、明の目に映ったのは、

 ――栄養補助食品、ですか。

 この年齢で一人暮らしなのだから、毎食自炊と言う訳にもいかないのだろう。

 やはり自然な食品が一番だが、仕方の無い事だ。

 だが……。

 ――少し、多過ぎる様な……。

 袋の半分を、栄養補助食品を占めているのだ。

 流石に、これは度を超している。

「あ、あの、夕……」

「何、姉さん?」

 明に声を掛けられ、夕は笑顔のまま顔を向けた。

「それ、どれくらいの割合で食べているのですか?」

 明に問われ、夕は少し沈黙する。

 質問の意味を理解すると、

「ああ、これ? 二日に一回くらい自炊して、後は全部これだよ。

最近は色々と忙しかったから、どうしても……ね」

 苦笑しながら答えた。

 ――これは重症ですね……。

 あくまで補助に過ぎない食品が、これ程の割合を占めているとは。

 仕事熱心なのは結構だが、それが身体を杜撰に扱う理由には成り得ない。

 妹の現状を垣間見て、姉は早くも心配で心が満たされる。

 ついさっきまで考えていた別の不安は、どこかへ飛んでいってしまった。



 丁度二十分で、三人は藤原宅に到着した。

 鍵を開け、ドアを開くと、

「お兄ちゃん、遅〜い!」

「幼女を焦らすとは……ふっ、お前もなかなかだな」

 幼女と変質者が、玄関で迎える。

「……何故?」

 色々な思いが交錯する中、藤原はそれだけを口にした。

 返答次第では、ここに犯罪者が二人出来る。

「ふっ……俺の情報網は、広いだけでなく速いのだ」

「留守を守るのは、妻の大事な役目だもん♪」

 答えにすらなっていない答えに、藤原は脱力した。

 後者に至っては、現実と妄想の区別すら出来ていない。

 電話を掛ける気力すら奪われてしまった。

 溜め息を吐きながら、藤原は夢想家の目を覚まさせるべく米を預ける。

 重さに耐えられず、彼女は尻餅をつき、そのまま押し倒された。

 四肢をばたつかせながら何かを叫ぶ彼女を無視して、藤原は靴を脱ぐ。

「秋原さん、望月さん、人の家に無断で上がり込んではいけません」

 アリスに伸し掛かる米を退かしながら、明はやんわりと二人を咎めた。

 被害者が加害者に接する時の口調とは思えない。

「ふっ……まあ、そう言うな明さん。俺達は最早、家族も同然ではないか」

「そうそう。ボクに至っては妻だしね」

 そして、加害者が被害者に接する時の口調とも思えなかった。

 藤原は無言で、アリスにリベンジのチャンスを与える。

 大方の予想通り、挑戦者の二連敗となった。

「あ、将棋部の秋原君と、侵入部員の望月さんだ。どうしたの、こんな時間に?」

 アリスに伸し掛かる米を退かしながら、夕は二人に尋ねる。

 どうやら、一度会った人の顔は忘れない畑の人らしい。

「この辺りで夕先生の目撃情報があってな。拠点としてここを選んだのだ」

「『旦那様を迎える新妻』を、一度やってみたかったんだ♪

お兄ちゃん、ご飯にする? それともお風呂? もちろん、ボ・クだよねー♪」

 どちらも相当身勝手な理由だった。

 藤原は、無言で三連戦を課す。

 結果は、大方の予想通りだ。

「折角ですし、少しゆっくりしていってはいかがですか?」

「ふむ、俺も色々聞きたいしな……そうさせて貰おう」

 明の寛容な提案に、秋原は賛同する。

 明に許可を請われ、藤原はやむを得ず了承した。

 明と夕と秋原が、先にリビングへ入っていく。

 藤原は、未だ格闘中のアリスの側に行き、しゃがみ込んで目を合わせる。

 ここぞとばかりに、アリスは潤んだ瞳で訴えた。

「……何か言う事は?」

「流産しちゃうよぉ……」

「…………」

 溜め息を吐きながら、藤原は次の対戦相手を探す。

 身の危機を察したアリスは、

「ご、ごめんなさい……」

「判ればよろしい」



「紅茶をお持ちしました」

 明は買い物の品を片付けると、紅茶を煎れ、四人が囲むテーブルに置いた。

 テーブルを囲む様に配置されている椅子には、藤原達が座っている。

 藤原の隣はアリスが占め、更にその隣には秋原、向かいに夕と言う位置関係だ。

 三人が並んで座るには少々厳しいが、アリスが藤原に密着する事によって解決している。

 明は四人に紅茶を配り終えると、、自分の紅茶を持って、夕の隣に座った。

「しかし、本当に夕先生が明さんの妹とはな……世間とは狭い物だ」

 秋原が、半ば独り言の様に、しみじみと呟く。

「私も、まさかこんな所で姉さんに会えるなんて、全然思わなかった。

だから……言葉では言い表せないくらいに嬉しい。本当に、只、嬉しい」

 そんな秋原に答える様に、夕は言う。

 言葉通り、心の奥底から喜びが溢れてきているかの様な、そんな声だった。

「おや、夕先生。今はタメ語で良いのか?」

「うん。プライベートまで堅苦しい言葉使ってたら、お互い息苦しいでしょ?

皆も、こう言う時は気を回さなくて良いから、楽にして」

 秋原の問いに、夕は優しい笑顔で答える。

 この辺りも、姉によく似ている様だ。

 只、姉よりも若干くだけた感じと言うべきか。

 それとも、公私をハッキリと分けるタイプと言う方が正しいであろうか。

「アカリンとゆーちゃんって、どれくらい会ってなかったの?」

 早速、アリスが軽い口調で尋ねる。

「姉さんが、中学卒業してすぐに実家離れたから、五年くらい。……ゆーちゃん?」

 その質問に答えた後、夕はアリスに尋ね返した。

「夕だからゆーちゃん。……ダメかな?」

「う、ううん。そう言う風に呼ばれた事、今まで無かったから」

 アリスに躊躇いがちに問われ、夕は少し焦って答える。

 おいおいいきなりか、と言わんばかりに、藤原は溜め息を吐いた。

「……それにしても、五年ぶりか。そりゃあ、スーパーの真ん中でも泣くよな」

「そ、そう言う意地悪な事言わないの!」

 後になって思い返すと恥ずかしいらしく、夕は藤原を咎める。

「まあ、アリスに至っては絞め殺そうとしたからな。ずいぶんマシな方だろ」

 アリスとの邂逅を思い出しながら、藤原は言った。

 八年ぶりなのだから普通の対応なのかも知れないが、受け身になる方はそうも言っていられない。

 もちろん、その後が大問題だったのだが、だからこそ今のアリスが在るとも言えるだろう。

「あの様子だと、別れる時とか壮絶だったんじゃないのか? アリスの時は半端じゃなかったからな……」

 八年前の事を思い浮かべながら、藤原は問う。

 昔の事だからこそ簡単に言えるが、もう二度とあの様な状況は御免だ。

 今思えば、初めて感極まった人の恐ろしさを知った日でもある。

「……うん、泣いたよ。号泣した」

 暫くの間の後、夕は沈んだ声で答えた。

 やはり、余り思い出したくない事らしい。

 だが、表情はすぐに元に戻る。

「……でもね、いつまでも泣いていられないなって、結構すぐに立ち直ったの。

いつまでもそんな状態なのは、只の我儘だから。だって、姉さんはその前に」

「夕!」

 ずっと黙っていた夕が、突然夕の言葉を遮る。

 唐突な出来事に、全員の心臓が跳ね上がった。

「……す、すみません」

 我に返ったのか、明はばつの悪そうな表情を浮かべる。

「夕、その事は無闇に口外しないで下さい」

 そして咎める様に言った。

 いつもとは様子が違う明に、三人は驚くばかりだ。

 夕が、果たして何を言おうとしたのか。

 三人共疑問に思ったが、三人共尋ねる事が出来なかった。

「ごめんなさい。でも……」

「確かに隠す様な事ではありませんけど、言う必要がある事でもありません。

当事者である私が拒む以上、貴女が勝手に口外する事は許されません」

 夕の発言を覆う様に、明は言い放つ。

 いつもの彼女からは想像出来ない程に、棘の有る声だ。

 その発言を受けて、夕の表情が一気に変わった。

「『当事者』……? そんな言い方無いよ! いくら姉さんでも!

辛かったのは姉さんだけじゃないんだよ!? 私だって、本当に、本当に……!」

 激しく抗言する途中で感極まったらしく、瞳に大粒の涙が浮かぶ。

 そんな状況を収めたのは、

「まあ、取り敢えず今は保留としようではないか。

身体が再会したところで、心が離れ離れになってしまっては無意味だ。

ここは、地雷を踏んだ藤原が謝罪して終わるとしよう」

 秋原だった。

「え、俺!? ……す、すみませんでした」

 色々とツッコみたいところだが、そう言う状況でもないので、取り敢えず頭を下げる。

「……すみません。熱くなり過ぎました」

「ごめんなさい。私が軽率だったよ」

 そんな藤原を見て、明と夕は我に返った。

 目の前で繰り広げられた修羅場の余波が、部屋に漂う。

 ピリピリとした重苦しい空気が、否応無しに感じられた。

「アカリンとゆーちゃんって、昔はどんな娘だったの?」

 それを振り払うべく、アリスは話の方向を変える。

 この空気を払拭したいのは、誰もが同じであった。

 故に、強張っていた明と夕の表情も、次第に元に戻る。

「姉さんは、小学生の頃から何でも出来る人だったよ。

スポーツは万能だし、料理も上手だし、人当たりが良いし、生徒会長にも抜擢されたし」

「そ、そんなに誉められる程では……」

「でも、全部事実だよ? ……まあ、そう言う控えめなのも良いところだけどね」

「ですが、学業は夕に適いませんでしたよ。テストの前は、よくお世話になりました」

 誇らしげに語る夕に、明は恥ずかしそうに謙遜する。

 そんな様子を見て、三人は胸を撫で下ろした。

 やはり、この二人は元々仲が良いのだ。

 でなければ、こうもすぐに相手の良いところを言えはしない。

 多少行き違うことはあるとしても、それは人が二人以上集まれば、自然現象だ。

 築き上げた関係に亀裂が入った時の、修復の速さこそ重要と言える。

「それにしても、夕が教師ですか……。年齢もそうですけど、大変ではないですか?」

 明がしみじみと呟き、夕に尋ねる。

「うん! 大丈夫!」

 夕は、元気な声で答えた。

 が、

「……本当は、少し不安だよ。

この年齢だから、教員免許を取り上げられるかも知れないし。

私の伝えたい事が、本当に生徒達に伝わるかも判らないし……。

……ダメだよね、いきなりこんな弱音吐いたら……」

 すぐに脆い部分を露見させる。

 学校での凛とした表情からは、とても想像出来なかった。

 だが、それだけ素の部分を見せているとも言える。

 大衆の面前では、必死に弱音を隠していたのだろう。

 それがとても上手だったから、仮面の裏側の表情に、誰一人として気付かなかったのだ。

「まあ、誰しも少なからず不安を抱えて生きているものだ。

社会での上手な生き方は、ググっても載っておらんからな。

自分なりのやり方を、実践で覚える以外に無かろう。

自分で決めた道なら、他者の心無い言葉など気にならん筈だ。

自分の人生は自分の物だ。自分を信じずに何を信じる事が出来ようか」

 そんな夕に、秋原が言う。

 一箇所怪しい部分があるが、それなりにシリアスな場面なので、誰も言及しない。

「秋原君……!」

 当の本人が感銘を受けているのだから、気にする必要も無さそうだ。

 明も秋原の意見に賛成らしく、うんうんと頷く。

「……要は、無い胸張って生きろと言う事だ」

 だが、それもこの一言で台無しだ。

 ある程度予想していたとは言え、藤原は溜め息を吐いた。

 夕は頬を紅くし、思わず両腕で胸を隠す。

「なに、心配せずとも、それはそれで十分に需要が在る。

一見、アリス嬢と被っている様にも見えるが、それは浅はかな考え!

夕嬢の『貧乳』と、アリス嬢の『ロリ系』や『つるぺた』は別物だ。

ロリ系とは、年齢に対して全体的な容姿が幼い者。

つるぺたとは、年齢やその他身体の成長度合いから考えて、もともと膨らんでいない者。

対して貧乳とは、年齢や身体的特徴を考慮した時、発育すべき胸だけが成長していない者の事を指す。

最近『微乳』と呼ぶ者も増えてきているが、小さい胸を愛する心が有れば、呼称など大した意味を持たん。

ギャップに魅せられた心こそ、漢にとって生涯の宝なのだ!

無論、明さんの様な『巨乳』の人気は絶大であり、それを否定する気は毛頭無い。

只、『大は小を兼ねる』は、胸に関してはその限りではない、と言う事だ。

大きい事は良い事であるし、小さい事もまた、良い事なのだ。

『十七歳の貧乳教師』……うむ、キャッチフレーズとしてはまあまあだな」

「お前……慰めたいのか? 止めを刺したいのか?」

 やたら『貧乳』と連呼する秋原に、藤原は呆れながらツッコんだ。

 秋原の言葉は、既に夕の心をグサッと貫いている。

「……会った時から判ってたんだよ、『更に差をつけられた』って……うん。

昔から、一緒にお風呂に入ったりする度に、追いつけそうも無いなって思ってたし。

……でもね、血が繋がっているんだから、私にも可能性は有るかな……って。

十五歳くらいまでは信じてたんだけどね。朝起きたら突然……って言うの。

判ってたけどね、そんな訳無いって。でも、やっぱり信じたいでしょ?

でも、これはこれで便利なんだよ? 邪魔にならないし、肩凝らないし、それに……」

 夕は、今までで一番暗い表情で、自虐的な口調で話し始めた。

 彼女から放たれる負のオーラが、部屋中を満たしていく。

「ゆーちゃんもそうなの……? じゃあ仲間だね……。

ボクも、毎年身体測定が怖いんだよ。……体重計じゃないよ? 全然増えないから。

結構努力したんだよ? ぶら下がったり、牛乳飲んだり……」

 更にアリスにも伝染した。

 彼女もまた、暗い表情で負のオーラを放つ。

 秀麗なボディラインを誇る明には当然伝染しないが、それ故に戸惑いを覚える。

「あ、あの……私はどうすれば……?」

「多分、何をやっても逆効果だと思う。明さんなら余計に」

萌えを理論的に語る秋原の台詞は、それなりに資料を漁って書いていたり。

自分も知らなかった事が判ったりするので、結構楽しいです。

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