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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
2/68

恐らくは仁義無き戦い その一

「ん……う〜ん……」

 掃除機の音がどこからか聞こえ、藤原は目を覚ました。

 今日は土曜日。時計は十時を指している。

 十分な睡眠をとれたので、二度寝する必要は無さそうだ。

 大きく伸びをして、私服に着替え、少し遅めの朝食を食べる為に階下へ向かった。

 リビングに通じるドアを開け、室内に入ると、

「あ……光様、おはようございます♪ 今日はよく眠りましたね」

 メイド服を身に纏った二十歳前後の女性が、リビングを掃除していた。

 朝一番から異様な光景を見てしまった藤原は、大急ぎで昨日の出来事を思い出す。

 藤原の両親は、仕事で突如海外へ飛び立った。

 その間、メイドとして住み込みで働くことになったのが、目の前にいる西口明である。

「明さん、おはよう」

 ここまで思い出すと、藤原は挨拶を返した。

「もしかして、起こしてしまいました?」

 明が、手に持っている掃除機の電源を止めてから訊く。

「いや、起きるには丁度良い時間だから」

 藤原が、壁に掛かっている時計を見ながら言った。

 いくら休みとは言え、これ以上寝ていては勿体無い。

「そうですね。……ちょっと待って頂けますか?

もう少しで掃除が終わりますから、その後で朝食を……」

「いいよ、朝食ぐらい自分で作るから」

「えっ……しかし……」

 藤原の申し出に、明は言葉を詰まらせる。

 自分の仕事を人にやらせるのは、社会人として躊躇ってしまう。

「いいからいいから。カップラーメンならお湯沸かすだけだし。

明さんは、他にも仕事があるんだろ?」

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」

 頭を深々と下げてから、明は掃除機の電源を点けた。

 藤原はキッチンに向かい、薬缶に水を入れる。

「……夢じゃ……ないんだな……」

 水が溜まるのを眺めながら、藤原は一人呟いた。

 こんな平凡な家にメイドがいるなど、普通では考えられない。

 洗濯機の使い方も判らない藤原の為に、両親がせめてもの気持ちで雇ったのだろう。

 しみじみと両親に感謝する藤原であった。



 薬缶をコンロの上に置き、火を点けた途端、

掃除機の作動音に満ちていた部屋に、チャイムが鳴り響いた。

「あら……お客様ですね」

 明がそれに気づき、掃除機を止める。

「私が出ますね」

 そう言うと、明は玄関へ向かった。

「宅配便かな……?」

 来訪者について考えを巡らせながら、藤原は薬缶をぼんやりと眺めていた。



「うおおおおぉぉっ! これが話に聞いたメイドかっ!」

 玄関から、異常に興奮している、聞き覚えのある声が聞こえた。

 嫌な予感がして、藤原が玄関へ向かう。

「初めましてっ! 秋原哲也と申しますっ!

早速ですが、写真を撮らせて頂けませんかっ!?」

 そこには、感動を露にしながら、高画質の最新デジタルカメラを構える秋原と、

「えっ……は、はい……構いませんけど……」

 よく解らないまま依頼を承諾した明と、

「……あ、藤原先輩。お邪魔します」

 誰よりも早く藤原に気付いた堀がいた。

「お前ら……何してんだ?」

 現状が飲み込めず、藤原が問う。

「おぉ、藤原! 昨日は私情で帰ってしまったが、今日は万端の準備で来させてもらった!

素晴らしい、実に素晴らしい逸材だぞ彼女は!

メイド服のフリフリ加減と言い、立ち振る舞いと言い、言葉遣いと言い、標準以上だ!

ヘッドドレスを忘れていないと言うのも、通には堪らん!

メイドカフェの店員やレイヤーでは決して及ばない何かが、彼女にはあるのだ!

……明さん、スカートを両手で摘んでポーズとってもらえますか?」

 秋原が簡単に答え、明に注文する。

「えっと……こう……ですか……?」

 戸惑いながら、明がぎこちなくポーズする。

「うおおおおぉっ! 素晴らしい!

カメラ慣れしていなくてポーズがぎこちないと言うのも、また魅力を引き出しているっ!」

 秋原は感嘆の雄叫びを上げながら、シャッターを連打した。

「明さん……こいつの言うことは無視して良いですよ……」

 藤原は溜め息を吐きながら、明に言った。

 美少女を目の前にした秋原を、まともに相手していてはキリがない。

 寧ろ、変につけ上がってしまうだけだ。

「しかし……頼まれた事を忠実にこなすのがメイドですし……」

「いや、何て言うか、その……」

 こう言うタイプの人間に抵抗が無いのか、明はあくまで言う事を聞こうとする。

 これ以上どう言えばいいのか判らず、藤原は言葉を詰まらせた。

「明さんっ! 次はここをこうして、ここをこう……」

 そんな遣り取りを気にも留めず、秋原は更に注文を加える。

「そ、それは……ちょっと恥ずかしいです……」

「は……恥じらいつつも、律儀にポーズをとってしまうのが素晴らしい……っ!

これは最早芸術、否、その域すらも既に逸脱してしまっているっ!」

「……秋原、いい加減にしてくれないか……」

 頭を抱えながら、藤原は投げ遣り気味に言った。



 秋原が青春を全力で謳歌している最中、再びチャイムが鳴った。

「今度は誰だよ……? 秋原、邪魔になるから上がってくれ」

 藤原が、明達の横を通って玄関を開ける。

「誰ですか?」

 藤原が言うのとほぼ同時に、

「お兄ちゃん、ただいま!」

 大きな声が聞こえ、同時に声の主が藤原に飛びついた。

「うわぁ!?」

 予期せぬ出来事に、藤原が後ろによろける。

「だ……誰……?」

 跳ね上がった心臓を抑えながら、声の主を確認する。

 見上げている二つの円らな瞳。

 若干ブラウンのかかったツインテール。

 抱きついたまま離れない華奢な腕。

 押しつけられている、二つのとても小さな膨らみ。

「あ……アリ……ス……?」

 ようやくそれだけを口にした。

「よかったぁ、覚えててくれたんだ! やっぱりボク達の愛は永遠だね♪」

「えっ……いや……えっ…………?」

 どうにか名前は思い出せたが、自分の置かれている状況がどうしても把握出来ない。

「あれから八年も経ったんだね……もう絶対離さないからね……!」

 アリスと呼ばれた少女が、藤原を抱く力を更に強める。

「あ……アリス……や……止め……苦しっ……」

 こうして、アリスの誓いは五秒で終わった。

 ようやく解放された藤原は、その場にへたり込んだ。

「やっと帰って来れたよ。これからはずっと一緒だね、お兄ちゃん♪」

 失った酸素を必死に補給している藤原に、アリスは満面の笑みで言った。



「あの、藤原先輩……その娘は……?」

 ずっと傍観していた堀が、ようやく藤原に声を掛ける。

「あぁ、こいつは……」

 藤原が答えようとすると、

「『お兄ちゃん』……『お兄ちゃん』だとぉっ!?」

 ほぼ同時に秋原が声を上げた。

「ま、まさか……妹!?

数多くの属性が存在する中、その中で最も強力だと言われている究極の属性、

大抵の学園物に必ず一人はいる、言わば人類の最終兵器!

恋人の如くベタベタなブラコンぶりは、妹がいない漢達の癒しであると同時に、

現実の妹に失望している漢達の憧れの的!

愛と世間体の間で揺れ動く心! 熱く燃え上がる禁断の恋!

これぞ正しく、萌えの妙味、心髄、真骨頂!」

「秋原……大丈夫か?」

 すっかり陶酔してしまった秋原に、藤原が声を掛ける。

 しかし、秋原はそれを無視して、アリスをじっくりと眺めた。

「童顔……ツインテール……つるぺた……ロリ系か。

先程の掛け合いから、控えめ型とは対を成す積極型である事も判る。

……藤原、まさかお前が、これ程の逸材を隠し持っていたとはな……」

 感嘆の声を漏らしながら、秋原が藤原の肩に手を置く。

「藤原……もしかしたら、お前を『お義兄さん』と呼ぶ日が来るかも知れん。

とは言え、明さんも捨て難い。何より、まだ二日目で誰のルートにも突入していない。

……まぁ、可能性は十分あるからな。その時はよろしく頼む」

「はぁ?」

 至って真面目に話す秋原に、藤原が心底呆れた。

「さて、話が少々逸れてしまったが……単刀直入に訊こう。その娘は誰だ?」

 散々回り道をした秋原が、ようやく本題に入る。

「俺が子供の頃に、近くに住んでいたんだ。

八年前に引っ越して行って、音信不通だったんだけど……」

「何ぃ!? 妹と八年も別居だとぉっ!?」

 今度は『別居』に反応したらしい。

 最早、何が地雷なのか判断出来ない。

「……アリス、後はお前に任せる」

「うん、分かった♪」

 頭を抱える藤原に対し、アリスが弾んだ声で答える。

「ボクは、お兄ちゃんのフィアンセ、望月アリス(もちづきありす)♪

八年前に引っ越したけど、また戻って来たんだよ」

「うむ。ボクっ娘に加え、堂々と『フィアンセ』と言ってのけたので、ポイント追加だ」

「……任せた俺が馬鹿だった……」

 何の躊躇いもなく爆弾発言をするアリスに、更に頭を痛める藤原であった。

「……あれ? どうして二人の名字が違うんですか?」

「誰も妹だなんて言ってないだろ。ただの幼馴染だよ」

 不思議そうに尋ねる堀に、藤原は当たり前の様に答える。

「ソフ倫に引っ掛からない為ではないのか?」

「全然違う」

 秋原の問いにも即答した。

「では、何故『お兄ちゃん』……?」

「俺の方が一つ年上だからって、勝手に呼んでただけだ」

 最後の問いには、溜め息混じりで答えた。

「そうそう。だから、あと何年か経てば、『光』とか『あなた』とか……

あ、でもやっぱり『ダーリン』も捨て難いな……う〜ん……どうしよう……?」

 相槌を打ったまま妄想へ旅立ったアリスに対し、

「……………」

 秋原が愕然とした表情を浮かべる。

「と言う訳で秋原、残念だが、こいつは妹じゃない」

「……何と言う事だ……何と言う事だ……っ!」

「おいおい、そんなに気を」

「何と言う事だ! 妹だけでなく幼馴染も標準装備しているとは!

幼馴染と言えば、妹と並ぶ最強の属性!

長い付き合いだからこそ、毎朝起こしてもらったり、一緒に登校したり、

宿題を見せてもらったりと言った様々なイベントを序盤から用意可能!

しかし、気さくに話せる仲故に、ギクシャクして恋仲になれないもどかしさ!

学園物なら妹と互角、もしくはそれ以上に渡り合える由緒ある属性!

そんな二大属性を両方とも装備しているとは……!」

 あまりの衝撃に、愕然とする秋原であった。更に秋原は続ける。

「普通、妹と幼馴染は相反するものだ。

幼馴染に焼き餅を焼く妹や、妹の気持ちを知りつつも主人公に近付く幼馴染は最早定番。

それを一人に纏めるとは、神のみに許された暴挙と言えよう!」

 一通り言い終えた秋原は、満足気味に一息吐いた。

「秋原……何を聞いてたんだ? 幼馴染はともかく、妹は……」

「ふっ……甘いな、藤原。

血縁関係が無ければ妹でなくなるような妹は、妹とは呼べん。

人目を憚ることのないブラコンと、容姿や仕草に感じられる若干の幼さ。

お約束イベントの数々にクオリティーの高いCG、そして練り込まれたシナリオ!

これらが全て揃って初めて、真の妹と呼べるのだ!

逆に、これらが揃ってさえいれば、誰でも妹になれる可能性を秘めている!

如何なる属性も、用意されていた設定に依存していては輝きはしないのだ!」

「秋原……いや、もういい……」

 止め処なく展開される秋原ワールドに、最早何も言う事が出来ない藤原であった。



「こいつが秋原。少なからず変な奴だが、悪い奴じゃない……筈だ。

こっちが後輩の堀。お前と同い年だ。頭はそこそこ良いけど、

それ以前に人間として間違っている部分があるから、洗脳されないように」

 さっきまでの流れは全て無視して、藤原は話を続ける。

「初めまして、よろしく」

「まずは友達から……だな」

 二人が、性格をよく表した挨拶をして、

「初めまして、よろしく♪」

 アリスが明るく返した。

「で、この人が明さん」

「初めまして。不束な者ですが、よろしくお願いします」

 秋原の剣幕に押されて暫く出る幕が無かった明が、丁寧に挨拶をする。

 が、

「お、お兄ちゃん……この人、誰……?」

 アリスの顔は、徐々に引きつっていった。

「えっ……あぁ、この人は、暫くの間」

「お兄ちゃんのバカ―――――ッ!!!」

 藤原が説明しようとするが、それを聞こうともせず、アリスは藤原の頬を思い切り叩く。

 その衝撃に、藤原は何歩か後退った。

「『お兄ちゃんのバカ』……一度聞いてみたかった……!」

 秋原の頬を、一筋が伝った。

「えっ……な、何が……?」

 予想外の出来事に、当の本人である藤原は、ただ頬を抑えるだけだった。

「ヒドいよお兄ちゃん……ボクがいなくて淋しいからって、

そんな鹿の肉と仲良くなってるなんて……しかもそんな服着せて……」

 勘違いと都合の良い解釈を混ぜたような発言をするアリス。

「……馬の骨? ……まぁ、それはいいとして。

お前、何か勘違いしてるだろ?

明さんは、メイドが仕事だから、メイド服来てるんだよ」

 ようやく回復した藤原が説明するが、

「まぁ、まだ二日目だ。ルートを定めるにはまだ早い」

 秋原が火に油を注いだ。

「もうそんな言い訳通じないよ! これでもボクは十六歳なんだから!

女の子にメイド服着せて、○○○したり×××させたりしてるんでしょ!?」

 理性を失い始めたアリスが、土曜日の昼前にはそぐわない発言をする。

 近所に聞こえる可能性と、これ以上の暴走の可能性を感じて、藤原の顔から血の気が引いていった。

「ふむ……確かにメイドと言えば×××だな。

『ご奉仕』の名の下に羞恥プレイをさせる快感は、漢にしか解るまい」

「便乗するな秋原! R指定になったら責任とれるのか!?」

 いちいちこの手の話題に反応する秋原を、藤原は必死で止めにかかる。

「とにかく! こんな娘が彼女だなんて、ボクは認めないからね!」

 その間に、、アリスが徹底抗戦を宣言した。

 このままでは、非常に面倒な事態は回避出来ない。

「だから違うって! 明さんは……」

「まぁ、待たないか藤原よ」

 抗論しようとした藤原を、秋原が止める。

 思いがけない出来事に、やむを得ず藤原は黙った。

「ところでアリス嬢、藤原の彼女だと言い張る以上、料理は出来て当然……だとは思わないか?」

「えっ……?」

 突然の問いかけに、熱くなっていたアリスも流石に戸惑う。

 確かに、好きな人に手料理を振舞うのは女の夢だが……。

「早い話が、ここはひとつ、料理対決で雌雄を決してはどうだ?」

「なっ……!?」

 藤原が慌てて秋原の口を塞いだ時には、既に手遅れだった。

「ボクは全然構わないよ! ボクが勝ったら、その娘には出ていってもらうからね!」

 目標が定まり、アリスの士気が一気に高まる。

「ちょ、ちょっと待てよアリス。もう少し冷静になれって。

第一、明さんが同意しないと、勝負にならないし……」

 そこまで言ってから、藤原が何かに気付く。

「……あっ……しまった……!」

 大急ぎで藤原がキッチンへ向かう。



 真っ白になった藤原が、重い足取りで戻ってくる。

 一勝負終えたかの様な状態で、どうにか立っている、と言ったところだ。

「どうかなされましたか、光様?」

 明の問いかけに、

「お湯が……無くなってた……」

 藤原が簡潔に答えた。

「では、光様の朝食を兼ねて……と言う事で、よろしいですか?」

「……お願いします……」

新キャラのアリスが加わり、賑やかになってきました。

明を敵視しているようですが、果たしてどうなるやら。

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