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暑さも寒さも彼岸まで  作者: ミスタ〜forest
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家政婦を見られた その三

 将棋部は、今日も緩る緩ると活動していた。

 部員は、藤原、秋原、堀の三人。

 藤原と堀は対局しているが、

「おい堀! 銀は横に行けないって何度言わせるんだ!?」

「始めから諦めていたら、何も出来ませんよ」

「…………」

 まともな対局になっていないのは言うまでもない。

 余っている秋原は、

「ふむ……シナリオがこの人なら、それだけでも十分買いだな。

しかしこの会社は、後でパッチ配れば良いと言わんばかりのバグが……」

 雑誌を読んでギャルゲーを吟味していた。

 こんな部が大会に出る度に賞を貰って帰るとは、俄には信じられないだろう。

 だからこそ、この人数で部が存続出来ているのだが。

「ちわっス―♪」

 そんな部室に、明るく弾んだ声が響く。

 三人が同時に声の方を向くと、そこには笑顔の似合うポニーテールの少女が居た。

「お、真琴か。そう言えば、インタビュー今日だったっけ」

「よく来てくれた真琴嬢。さあ、温めておいたから座るが良い」

 そう言って、秋原が真琴に席を譲ろうとする。

 もちろん、ついさっきまで自分が使っていた椅子だ。

「止めやがれ変態」

 一喝して、藤原は他の椅子を持って来た。

 真琴は会釈して、その椅子に座る。

 やむを得ず、秋原は再び自分の椅子に座った。

 対局は自然消滅し、三人が真琴と向かい合うように座る。

「今回も、大会前のインタビューか?」

 手慣れた口調で、藤原は言う。

 去年の三年生が引退してから、ずっと部長を務めているのだ。

 『前代未聞! 部長の座に着いた一年生!』の時のインタビューと比べれば、

その他のそれは肩の力を抜く事が出来る程である。

 真琴も頻繁にここに来ているので、それなりに仲が良い。

 つまり、緊張する要素が無いのだ。

「はい。聞き飽きたかも知れないっスけど、毎回賞を貰う部なんですから、

今回も注目されているんですよ。ですから、大会の度に来させて貰うっス!」

「やれやれ……。新入部員も来ないのに、注目されても嬉しくないぞ。

言っとくけど、必ず勝てる勝負なんて無いんだからな。

次は一回戦敗退、と言う可能性も低い訳じゃない」

「そ、それはそうかも知れないっスけど……」

 藤原の諭す様な言葉に、真琴は言葉を詰まらせた。

「まぁ、主人公は必ず勝つ、若しくはリベンジするからな。

ストーリー的に仕方が無いとは言え、そう思うと緊張感に欠ける」

「何の話だよ……。ま、折角来てくれたのに、説教するのも変な話だな」

 秋原に軽くツッコむと、藤原は真琴に優しく言った。

 真琴は頭を下げて、インタビューを始める。



 前もって用意しておいた質問を、真琴は次々と藤原に投げかける。

 藤原は、それら全てに的確に答えていった。

 真琴は質問を重ねながら、時に相槌を打ちながら、メモを字で埋めていく。

 秋原と堀も、最初は二人の遣り取りを見ていたが、いつの間にか山崩しを始めていた。

「それにしても、緩る緩るした雰囲気っスね」

「まあ、結構好き勝手してるからな……」

 真琴に言われ、藤原はばつの悪そうな表情を浮かべる。

「こう言うの、私は好きっス♪」

「俺が面倒くさがってるだけだけどな」

「いやいや、それだけじゃないと思うっス!

藤原先輩が部長として立派だからこそ、この雰囲気が可能だと思うっス!」

 謙遜する藤原に、真琴は強く言い切った。

 頑固にならない程度の我をしっかり持っていなければ、

この絶妙な雰囲気は到底成し得ないだろう。

 真琴は、この部の雰囲気が好きだった。

 他の部は、規律や礼節を重んじており、少々居辛い。

 だが、この部は違う。

 気合いに満ち満ちている訳でもなく、血反吐の出そうな猛特訓をしている訳でもない。

 只々緩る緩ると練習したりしなかったりしているだけ。

 三人しか居ないので上下関係が殆ど無く、ジャンケンに負ければ部長さえもパシリになる。

 しかし、決して部として瓦解している訳ではなく、適度なバランスを保っているのだ。

 まるで家の中に居る様な暖かい空気が、真琴は好きだった。

 だから、真琴はいつも、この部のインタビューを自ら申し出ているのだ。

「部長として、か……」

 真琴の言葉を、藤原は静かに繰り返す。

「去年の部長には、足元にすら及ばないよ。棋士としても、人間としても」

 そして、開いている窓を眺めながら、黄昏気味に言った。

 自然と、足が窓際へ動き出す。

 去年のあの時から、自分は成長しているだろうか。

 ほんの少しでも、彼女に近付いただろうか。

 そんな思いが、藤原の頭の中を巡る。

「あっ! お兄ちゃんだ〜!」

 しかし、聞き覚えのある声が聞こえると同時に飛び付かれて、それは中断させられた。

 動転する頭を抑えながら状況を確認すると、ブラウンのツインテールが見える。

 もう少し下を見ると、童顔の少女が、抱き付きながら自分を見上げていた。

「探したよ〜! もう離れないからね、お兄ちゃん♪」

「ば、馬鹿! 離れろ!」

 公私構わずベタベタしようとするアリスを、藤原は慌てて押し返した。

 が、既に手遅れだ。

「何!? アリス嬢がうちに転校してきただと!?

お約束と言ってしまえばそれまでだが、流石にこれは……」

 秋原は意外と冷静に処理してくれたが、

「えええええぇっ!? 藤原先輩と望月さんは兄妹なんスかっ!?」

 真琴はそう言う訳にはいかなかった。

 何も知らない人が見れば、間違いなく驚くであろう風景だ。

 真琴がパパラッチ的な行為を嫌う事は知っているが、そう言う問題ではない。

「苗字が違うって事は……両親が離婚したとかっスか!?」

「うちのは未だにバカップルだよ」

「じゃあ養子っスか!?」

「だったら苗字同じだろうが」

「それとも世を忍ぶ為の偽名!?」

「誰からだよ」

「お義兄さん、これからよろしくっス……」

「訳解んねえよ」

 平静を欠いた真琴の質問に、藤原は冷静に返した。

 だが、放置しておけば後々問題になりそうだ。

 仕方がないので、簡単に事情を説明する。

 当然、魔法云々は割愛して、だが。

 興奮している人に言って聞かせるのは容易ではなく、

かなりの労力と時間とツッコミを要する事になってしまった。

「へぇ〜、お二人は幼馴染なんスか」

 ようやく理解出来た真琴が、驚きながら言う。

 一度は引っ越した友達が帰って来るなど、そうそう無い話である。

「うん。お父さんの仕事次第で帰って来る予定だったんだけど、

ボクが思っていたより早く帰って来れて良かったよ……」

 そう言って、アリスは藤原の腕に縋る。

 藤原は、すぐに振り解いた。




「素晴らしい……実に素晴らしい……」

 そう呟きながら、秋原はアリスをジロジロと見つめていた。

 藤原が真琴に説明している間、ずっとである。

「おい秋原。変態染みた言動をするな」

 藤原が注意したが、それが秋原の点火薬になってしまった。

「変態だと!? 藤原、お前は解らんのか!?

帰ってきた幼馴染の、初めての制服姿なのだぞ!

ここは萌えるべきシチュエーションだろうが!」

「また始まったよ……」

 藤原は頭を抱えながら、重たい溜め息を吐いた。

 秋原が一度語り出せば、暫くは止まらないからだ。

「初めての制服と言えば、このだぼつき感と初々しさだ。

だが、それだけなら新入生でも出来る。

転校少女の真の魅力、他の追随を許さぬアイデンティティーは、

やはり『転校』と言う環境にこそあるのだ!

面識の無い連中の視線が気になっている時の、ちょっと緊張したあの表情!

ほぼ百%の確立で隣の席になるのはお約束!

そんな彼女を、ついつい横目で見てしまう、新しい出会い特有のあの感覚!

そして彼女の心髄と言えば、やはり初めての自己紹介!

……アリス嬢、実に素晴らしかった。こんな言葉すら野暮に聞こえる程だ。

あのガチガチの言動、演技では決して出来ん。

その上、黒板の上の方に手が届かぬとは……!

っはぁ! 思い出すだけでどうにかなってしまいそうだ!」

「……もう、なってるだろ」

 湯水の如く言葉を放出する秋原に、藤原は冷静にツッコんだ。

「え!? 何でアッキーが知ってるの!?」

 後半の秋原の台詞に、アリスが激しく反応する。

「ふっ……俺の人望と情報網をナメてもらっては困る」

 しかし、秋原はさらりと言った。

 どうやら、各所に同志が居るらしい。

 更に秋原は続ける。

「それにしても、実に良い眺めだ。

ニーソックスとスカートの間に、僅かに覗かせる肌……。

まさに、『絶対領域』と言う言葉が相応しい。

アリス嬢も、前回の敗北からレベルアップしたと言う事だな。

俺も、今のまま満足していてはいかんな……。

妹と幼馴染の相互干渉について原稿四百三十六枚の論文を書き上げた、

若かりし頃の熱意を大事にしなければなるまい」

 そう言って、秋原はしみじみと頷いた。

「……ところでアリス嬢、『アッキー』とは?」

「今頃気付いたのかよ……」

 話に熱中していた秋原が、ようやく尋ねる。

「秋原だからアッキーなんだけど……どうかな?」

 アリスはそれに答え、更に尋ねた。

「アッキー……アッキー……アッキー……」

 秋原はそれに応えず、呟くように連呼した。

 そして席を立ち、ゆっくりと窓へ移動する。

 窓の桟に手を置き、空を見上げた。

「アッキー……か……」

 味わう様に、ポツリと漏らす。

 新しい何かに目覚めた時の、とても爽やかな顔をしていた。

「お、お兄ちゃん……」

「心配するな。喜んでるから」



 暫くして、秋原が戻って来た。

 心なしか、全体的に雰囲気が軽くなった印象を受ける。

「ふっ……今日は調子が良い。もう一つ話をしてやろう」

「いや、頼むから止めてくれ」

 藤原が制止するが、秋原の耳には一切届いていない。

 もう誰も止められはしない。

 それ以前に、藤原以外に止めようとする人が居ない。

「真琴嬢とアリス嬢が居るのだ……『後輩』の話には打って付けの状況だな。

アリス嬢が『妹』と『幼馴染』である事は周知の事実だ。

一方の真琴嬢は、『後輩』と位置付ける事が出来る。

二人共同じ年齢、学年だ。身体的特徴は……まぁ、今回は無視しよう。

こうして見ていると、『妹』と『後輩』は同じ様なキャラに見える。

どちらも年下である故、致し方ない話だ」

 そこまで言って、秋原は一息吐く。

 そして、両手で机をバンッと叩き、身を乗り出した。

「しかし、『妹』と『後輩』は、それぞれ全く違う個性を持っている!

その差は不変的な物であり、決して埋められはしない!」

「……それで?」

 ツッコむ気力さえ失せた藤原が、半ば開き直りながら続きを促す。

「ふっ……まぁ慌てるな。論より証拠だ。

アリス嬢、普段、藤原を何と呼んでいる?」

 秋原の突然の振りに、アリス少し戸惑うが、

「えっ? お、『お兄ちゃん』だけど……」

 素直に答える。

「これが『妹』だ。次は真琴嬢、頼む」

 続く真琴は、

「藤原先輩♪」

 軽快に答えた。

 真琴は、自分の趣味の関係上、秋原の思想に共感する部分がある。

 彼の熱の入った語りも、彼女の楽しみの一つなのだ。

「解るか!? これが『妹』と『後輩』の違いだ!

主人公を『先輩』と呼ぶのは、後輩のみに許された特権!

そして『先輩』と言う言葉には、形容し難い力が込められているのだ!

……だが、『先輩』は誰でも使える言葉ではない。

基本的に、他の属性との相乗効果で絶大な破壊力を発揮する為だ。

真琴嬢の場合は、『元気系』との組み合わせだな。

非常にオーソドックスな組み合わせだが、それだけに強力だ。

明るい気さくな声で『セーンパイ♪』なんて言われれば、それだけで滅入ってしまうであろう!

即ち! 『後輩』とは、他の属性を力強く支える、上級者向けの名実兼ね揃えた属性なのだ!

……これ程の属性を使いこなす美少女がすぐ傍に居るとは、俺達も恵まれたものだ……」

 秋原が一気に語り、荒くなった息を整える。

「あ、あの……」

 そんな秋原に、堀が遠慮しながらも声を掛ける。

「僕はどうなんですか、『秋原先輩』?」

 ふと疑問に思い、尋ねるが、

「…………」

「…………」

「…………」

「……すいませんでした……」

 沈黙と冷たい視線に耐えられなくなり、堀は引っ込んだ。

「さて……そろそろ帰るか……」

 藤原は相手にする事無く、さっさと帰宅の準備を始めた。

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