ダモクレス
ダモクレスは人間のように二本の足で地上に立つ。
人間のような柔らかな皮膚やしなやかな肢体や筋肉はない。鋼のボディの下にはいくつもの配線やパイプがある。もちろんチューブも隠されており、赤い血液の変わりに黒いオイルを機体にめぐらせる。
しかし、その鋼鉄の身体をダモクレスは自分で動かすことはできずに沈黙したままだ。
もし、楢崎がダモクレスの心臓部に乗り込めば、騎士を模したかのような頭部のアイカメラがひかり、楢崎の命令した通りにその身体が動くだろう。
パイロットスーツに身を包ませた楢崎は、ダモクレスを見上げていた。
いつも思うのは、ダモクレスにどうして乗ることになったのかということ。何がきっかけで、何がはじまりなのか。楢崎は、自分が生きてきた17年間を振り返ってもさっぱり分かりはしなかった。きっかけもはじまりも不明慮なのに、楢崎はダモクレスに乗ることになっている。楢崎の意思とは反対に。
しかし終わりは明確だ。ダモクレスから生きて降りるか、死んで消えるか。
「楢崎」と呼ばれて振り返る。
エンジンオイルを飛び散らせた青い作業服に工事用のヘルメットをかぶった男、篠原がレンチを持ちながらやってきた。
「今日の調子はどうだ?」
「最低」
いつだって調子がいい時なんてない。ダモクレスに乗ることを考えると憂鬱になる。ここに来るまでに何度、家に引き返そうかと思ったことか。篠原にじっくり訴えたところで、何が変わるということはない。
篠原はダモクレスの体調を管理することを仕事にしていて、楢崎の体調を管理するのを仕事にしているわけではないのだから。いまだって、お世辞程度の挨拶だろう。と、こんなことを考える楢崎がひねくれているのか。
「朝メシは食ったか?顔色が悪いぞ」
「いつもと同じくらいなら問題ない」
そう、問題なんてない。今日も問題なく医者には健康だと太鼓判を押してもらえたのだから。
タラップへの足取りが重たい。歩くことに一歩を踏み出す力がいるなんて、ダモクレスに搭乗するまで楢崎は知らなかった。
階段を登りきると、そこにはダモクレスの心臓がある。スライド式の扉が開いて、大きな口をあけている。中は球体になっており、ディスプレイが白く光っており『Welcom』と表示されていた。