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氷の城の公爵様は、身代わり花嫁の「痛み」だけを愛せない ~魔力を持たない私が、あなたの孤独を溶かすまで~  作者: 伝福 翠人


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第16話『もう、あの鳥籠には戻らない』

「エルマ! ああ、わかってくれるんだね!」


 私が前に出たことを同意と受け取ったのか、カイル様は表情を明るくし、さらに手を伸ばしてきた。


「こんな怪物の城にいて、幸せなはずがない! 寒いだろう? 怖いだろう? 僕なら君を救ってやれる!」


 彼の声は、熱に浮かれたように高揚していた。


「父上にお願いして、君を正式な側室として迎える手筈を整える。ソフィアには文句は言わせない。君には日当たりの良い部屋と、静かな時間を与えてやる。だから……」


 救ってやる。


 側室。


 日当たりの良い部屋。


 その言葉の一つ一つが、かつての私なら喉から手が出るほど欲しかったものだ。


 ほんの数ヶ月前までの私なら、涙を流して感謝し、彼の手を取っていただろう。


 誰かに「救われる」ことを待ち望んでいた。


 日陰の身であることに安心し、誰かの付属物として生きることに疑問を持っていなかった。


 けれど、今は違う。


 私はギルバート様と出会い、灰色の雪の中で「自分の足で立つ」ことを知った。


 与えられる温かさではなく、分かち合う温かさを知ったのだ。


「……カイル様」


 私は、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。


 震えそうになる声を、腹の底で抑え込む。


「お断りいたします」


 静かな部屋に、私の声が響いた。


 カイル様は、ぽかんと口を開けたまま凍りついた。


 意味がわからない、という顔だ。


「……え? 何を言っているんだ? 断る? 王族である僕の申し出を?」


「はい。私は王都へは戻りません。側室のお話も、日当たりの良いお部屋も、今の私には必要ありません」


「な……なぜだ!?」


 彼は悲鳴のような声を上げた。


「ここは地獄じゃないか! 一年中雪が降り、魔獣が徘徊し、領主は呪われた怪物だ! 君のような、何の力もない弱い女が生きていける場所じゃない!」


 彼は周囲を見回し、豪華だが冷ややかな調度品や、窓の外の雪景色を指差して喚いた。


 彼の目には、この城はただの「牢獄」にしか映っていないのだ。


 ここで私たちが積み重ねてきた、ささやかで温かい日々のことなど、想像すらできないのだろう。


「地獄ではありません」


 私は静かに、けれどはっきりと告げた。


「ここは、私の家です。そしてギルバート様は、怪物などではありません。私にとって、世界で一番優しい方です」


 背後で、ギルバート様が息を呑む気配がした。


 彼が見守ってくれている。その安心感だけで、私はどこまでも強くなれた。


「優しい? そいつが?」


 カイル様は嘲笑った。


「騙されているんだ、エルマ。そいつは君を利用しているだけだ。君を盾にして、自分の穢れを誤魔化そうとしているだけだろう!」


「利用しているのは、カイル様、あなたの方ではありませんか」


 私の言葉に、カイル様の喉がひくりと鳴った。


「あなたは、私を『日陰』だと言いました。私が何も言わず、都合よくあなたのストレスを吸い取ってくれるから、心地よかったのだと」


「そ、それは……君への愛ゆえの言葉だ!」


「愛ではありません。それは依存です」


 私は一歩、彼に近づいた。


 もう、あの頃の、俯いてばかりいた私ではない。


「あなたは私の心を見てはいませんでした。私が何を考え、何に傷つき、何を望んでいるか、一度でも聞いてくださったことがありますか?」


「……」


「ソフィアお姉様の輝きに疲れ、私という『闇』に逃げ込んだだけ。……私がどんなに寒くて、寂しくて、誰かの温もりを求めていたか、あなたは気づきもしなかった」


 カイル様は後ずさった。


 私の言葉が図星だったからではない。


 いつも大人しく、自分の影のように付き従っていた「あのエルマ」が、意志を持って反論してきたことに恐怖したのだ。


「でも、ギルバート様は違います」


 私は振り返り、愛する人の姿を見た。


 彼は、痛ましいほど真剣な表情で、私だけを見ていた。


「彼は、私の痛みに気づいてくれました。私が何もできなくても、ただ笑っているだけでいいと言ってくださいました。……私が凍えている時、自分の体温を分けてくれたのは、この方だけです」


 私は再びカイル様に向き直り、きっぱりと告げた。


「だから私は、この方の傍にいます。たとえここが氷の城であろうと、あなたのご用意くださる黄金の鳥籠より、ずっと温かくて幸せですから」


 カイル様の顔が歪んだ。


 理解できない。


 王族である自分、富も名声も、日当たりの良い未来も約束された自分を、なぜこんな陰気な女が拒絶するのか。


 彼のプライドは粉々に砕け散り、残ったのは幼稚な逆恨みだけだった。


「……狂っている」


 彼は低い声で呻いた。


「そうだ、穢れに当てられて頭がおかしくなったんだ。可哀想なエルマ。正常な判断ができなくなっているんだね」


 その瞳に、危うい光が宿る。


 彼はもはや、私の言葉を聞いていない。


 「エルマは病気だ」「だから僕が救ってやらなければならない」という、歪んだ正義感に酔いしれている。


「僕が連れ帰って、治療してやる。浄化の儀式を受けさせれば、きっと元に戻るはずだ。そうだ、そうに決まっている!」


 カイル様が、乱暴に私に手を伸ばした。


 その手は、私を愛撫するためではなく、捕獲するための形をしていた。


「おいで、エルマ! 僕が正しい世界へ戻してやる!」

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