婚約者が浮気したのでこの国の加護を剥奪しておきますね!いえいえ、私からの破滅するだろう浮気者たちへの祝言ですから気にしないでください!そんなに涙を流すなんて私も嬉しいですよ
「ラルティ様、大変です!」
朝食の席で侍女のシシリーが、青い顔で駆け込んできた。
「どうしたの、シシリー?そんなに慌てて」
紅茶を一口飲みながらできるだけ冷静に尋ねた。婚約者のダキース王子が浮気した、なんて報告だったら、今すぐこのティーカップを叩き割ってやる。
「ダキース王子が……学園で、新しい恋人を見つけられたそうです!」
やっぱり。予想はいつも当たるんだから。
「ふうん、そう」
特に驚いた様子も見せずに答えた。だって、知ってたもん。最近、ダキースがやけにそわそわしているとは思っていたのよ。学園の創立記念パーティーの後から、様子がおかしかった。
「ラルティ様、そんなに落ち着いていらっしゃって……皆、ラルティ様がとてもお気の毒だと……!」
シシリーは心配そうな顔で私を見つめてくる。気の毒?ふざけないで。こっちは内心、ざまあみろって思ってるんだから。
「別に。ダキース王子にはダキース王子の自由があるでしょう?それに、この国の人間じゃないし」
あっけらかんと答えた。そう、転生してきた人間なのでこの国のことなんてどうでもいいのだ。ダキース王子のことだって、顔が良いだけのナルシストだと思っていたし。婚約なんて、形式的なもの。
「でも、ラルティ様は王太子妃になるお方であります」
「あら、そうだった?」
わざとらしく、首を傾げてみせた。
「ラルティ様」
シシリーは、困ったように眉をひそめた。
「まあ、いいじゃない。それより、ちょっと面白いことを思いついたの」
にやりと笑った日の午後。王宮の庭園で一人、花の手入れをしていたそこに噂のダキース王子が新しい恋人とされる可愛らしい子爵令嬢を、連れて現れた。暇なのだろう。
「やあ、ラルティ。君も知っているだろう?僕の新しい恋人のヨリスだよ」
得意げにヨリスの手を取り、見せつけるように宣う。ヨリスは恥ずかしそうに微笑んでいる。別に誰も尋ねてもいないのに。見ていて無関心に思う。
「ええ、噂は聞いています。お似合いのお二人でいらっしゃいますね」
にっこりと微笑み返した。内心では「ふん、どうでもいいわ」と思っていたけれど。
「皆、君のことを気の毒がっているよ。まさか、婚約者がこんな早くに他の女性に心を奪われるなんて、と」
ダキースは優越感に浸ったように言った。そのセリフは浮気をする人が言うことではないが?
「あらあら、それはご心配をおかけしました。ふふふ」
言いながら手のひらを空に向け、心の中で国に与えられている加護を断ち切るイメージを強く思い描いた。この国には古くから異世界から来た特別な力を持つ者が国を守る加護を与える、という言い伝えがある。自身が、実はその力を持つ者だったりするけれど。
この国の人間じゃないからそんな加護なんて、くれてやる義理はない。くすりと笑う。次の瞬間、庭園の空気がほんの少しだけ揺らぐ。ダキースもヨリスも、何も気づいていないようだったけれど。人生を変えるというのに呑気な二人である、
「まあ、私には私の故郷がありますから」
ああ、楽しみ。ダキースとヨリスに背を向け、庭園を後にした数日後。
王宮ではちょっとした騒ぎが起きていた。国を守る結界の力が弱まっているというのだ。神官たちが必死に原因を調べているけれど皆目見当がつかないらしい。
あてがわれている自分の部屋で、静かにその騒ぎを聞いていた。ふん、当然。失ったんだから。そして、さらに数日後。ダキース王子とヨリス令嬢の婚約が正式に発表された。
学園での一件以来、二人は急速に仲を深めたらしい。王室は何がしたいのかよくわからないことをする。
「ラルティ様、ダキース王子がヨリス様と婚約なさいました!」
シシリーがまた慌てた様子で報告に来た。
「そう。おめでとうございます、とでも言っておきましょう」
冷ややかに笑った。
「ラルティ様」
シシリーは心配そうな顔をしているけれど、もう、国のことも彼らのことも、どうでもよかった。だって、もうすぐ故郷に帰るための準備が整うのだから。
国からの加護なんて、興味がないし未練もない。こんな最低な仕打ちをしてくれたこの国には、何の恩も感じていないし。窓の外を見上げた。
遠い空の向こうには、生まれた世界が広がっている。
さようなら、自分を見捨てた国。さようなら、元婚約者。選んだ道が、あなたにとって最良のものであるといいわね?加護がなくなった国と、結界で。
故郷へ帰るための船の手配が進む中、ラルティは王宮でのわずかながらも残された日々を、静かに過ごしていた。
騒がしい婚約発表から数週間。ダキース王子はヨリス令嬢と連日楽しそうに過ごしているようで、ラルティの元にはほとんど音沙汰なし。
この国の王もこちらになんの根回しもせずに婚約という契約を一方的に破ったことを伝えそびれているし。
ラルティは王宮の図書室で見慣れない男性と出会う。背が高く落ち着いた雰囲気を持つ男性は、熱心に古文書を読み込んでいた。
「あの……何かお探しですか?」
ラルティが声をかけると男性は顔を上げ、少し驚いたように目を丸くした。
「ああ、すみません。少し見慣れない顔でしたので」
穏やかな声で答えた。深い青色の瞳が知的な光を湛えている。
「ラルティと申します。近々、国を離れる予定です」
「そうですか。ブレッドと言います。この国の歴史を研究しておりまして」
ブレッドと呼ばれた男性はにこりと微笑んだ笑顔はどこか憂いを帯びていて、小さな引っかかりを残す。それからというもの、ラルティは図書室へ行くたびにブレッドと顔を合わせるようになった。二人は言葉を交わすうちに互いの境遇や考えに共感するようになる。
ブレッドは、国の古いしきたりや、それに縛られる人々の苦悩を静かに語った。
戸惑いや故郷への想いを打ち明ける。そんなことを言ったからか、ブレッドはラルティに一冊の古い詩集を見せてくれた。
「この詩は、遠い故郷を想う歌だそうです。あなたの気持ちとどこか重なる気がして」
優しい眼差しにラルティは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。ダキース王子のような華やかさはないけれど、深い優しさに心惹かれる。
「ありがとうございます、ブレッド様」
照れたように微笑んだ。故郷へ帰る日が近づくにつれて、ラルティはブレッドと過ごす時間を大切にする。
二人で庭園を散歩したり、図書室で静かに本を読んだりする時間がラルティにとっては、何よりも安らぎを与えてくれるもの。
夕暮れ、二人は王宮のテラスで言葉を交わす。
「いなくなられると、少し寂しくなりますね」
ブレッドは、夕焼けに染まる空を見つめながら言うので、ラルティはドキッとした。単なる別れを惜しむ以上の感情が、込められているように感じられたのだ。
「ブレッド様とお会いできなくなるのは、寂しいです」
素直な気持ちを伝えた。ブレッドはラルティの方を向き、優しく微笑む。
「もし、許されるなら……あなたの故郷について、もっと教えていただけませんか?」
心は大きく揺れた。遠い故郷を想う寂しさと、目の前にいる男性への想いが入り混じって、胸を満たしていく。
「ええ、いくらでも。故郷にはここにはない、たくさんの面白いものがあるんですよ」
少し頬を赤らめながら答えた。船が出航する前日、ブレッドはラルティを人目の少ない庭の隅に呼び出す。
「ラルティ様」
少し緊張した面持ちで、ラルティの手をそっと握る。頬がカッと赤くなった。
「あなたと出会って、初めて幸福があると思えるようになりました。強さ、優しさやしがらみに囚われない自由な心に」
ブレッドの真剣な眼差しに、息をのむ。
「ブレッド……様」
「もし、あなたが残ることを少しでも考えてくださるなら……あなたのそばにいたい」
深く響いた。故郷への強い想いは変わらないけれど、目の前の存在も、かけがえのないものになりつつあると、自分の胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じる。
遠い故郷の風景と、ブレッドの優しい笑顔が交互に浮かんでは消えていく。淡い。
「ブレッド様……わたしは……」
ラルティが言葉を続けようとした時、遠くから船の出航を知らせる鐘の音が聞こえてきて二人の間には、言葉にならない静かな時間が流れる。そして、手をポンと叩く音。
「あ!なら、ブレッド様が我が国へ婿入りしてください!」
「ええ!?」
そうすれば、解決ね!と笑った。
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