特別編:リリアーナの独白
王都を追放されたあの日、私の心はまるで粉々に砕け散ったガラスのようだった。
愛する故郷を、そして愛した人たちを失った絶望が、私の全身を蝕んでいた。
足元に広がる石畳が、かつて私が走っていた場所であることに、胸が張り裂けそうになる。
「リリアーナ様、本当にご無実なのですか?」
追放の道中、私を護衛してくれた騎士が、哀れむような眼差しで尋ねてきた。
彼は、私の無実を信じてくれているようだった。
私は、ただ静かに首を横に振った。
「私は、罪人です。そうでしょう?」
そう答えることしかできなかった。
もはや、無実を訴える気力すら、残っていなかった。
信じてくれる人がいることは、心に温かさをもたらしてくれたが、同時に、その優しさが、私をさらに苦しめた。
なぜなら、その優しさを、私は裏切ってしまったのだから。
追放された私は、まず、以前から世話になっていた隣国の修道院に身を寄せた。
修道院のシスターたちは、私を温かく迎え入れてくれた。
「リリアーナ様、あなたは何も悪くありません。ここにいれば、いつか心の傷も癒えますよ」
彼女たちは、私を慰めてくれたが、私の心は癒えることはなかった。
夜、一人になると、いつも思い出してしまう。
アルフレッド様の冷たい眼差し、エリーズ様の高慢な笑み。
そして、私が追放された後、二人が幸せに暮らしているであろう光景を想像しては、胸が締め付けられるような痛みに苛まれるのだ。
彼らを憎むことができれば、どれほど楽だっただろうか。
だが、私は、彼らを憎むことができなかった。
なぜなら、私は彼らを心から愛していたからだ。
私は、このままではいけないと思った。
彼らを憎み、過去に囚われて生きる人生は、あまりにも虚しい。
そして、彼らが私のことを忘れて幸せに暮らしているのなら、私もまた、彼らのことを忘れ、新しい人生を歩まなければならない。
何よりも、私が愛したこの国を、そして人々のことを、私は忘れることはできなかった。
私は、修道院のシスターたちに別れを告げ、再び旅に出ることにした。
今度は、誰かに頼るためではなく、私自身が、私の力で生きていくための旅だ。
旅の途中、私は様々な人々と出会った。
病に苦しむ人々、飢えに喘ぐ人々、魔物の脅威に怯える人々。
私は、かつて王宮で学んだ魔法と、聖女としての力を使い、彼らを救った。
「聖女様、ありがとうございます!」
人々の感謝の言葉が、私の凍てついた心を少しずつ溶かしていく。
それは、王都で得ていた「聖女」という称号とは、全く違うものだった。
そこには、純粋な感謝と、尊敬の念だけがあった。
私は、この力は、誰かを憎むためではなく、誰かを救うためにあるのだと、改めて心に刻んだ。
私ができることは、過去を嘆くことではなく、未来を創ることなのだと。
やがて、私は、とある街の孤児院にたどり着いた。
そこでは、多くの子供たちが、親を失い、孤独に暮らしていた。
彼らの瞳は、かつての私のように、悲しみに満ちていた。
私は、子供たちの無垢な笑顔に、心を奪われた。
そして、ここで、私の人生を捧げようと決意した。
私は、孤児院の教師として、子供たちに読み書きを教え、魔法の力で彼らを助けた。
子供たちは、私を「先生」と呼び、懐いてくれた。
彼らの小さな手が、私の冷えた手を握るたびに、私の心は温かい光に満たされていく。
王都を追放されたあの日、私の人生は終わったと思っていた。
だが、そうではなかった。
私は、何もかも失ったことで、本当に大切なものが何であるかを知ることができた。
それは、権力でも、名誉でもない。
ただ、誰かのために尽くすこと。
誰かを愛し、誰かに愛されること。
この孤児院の子供たちとの日々が、私にそれを教えてくれた。
私は、もう過去に囚われてはいない。
私は、私の力で、幸せを掴んだのだ。
もし、アルフレッド様やエリーズ様と再び会うことがあったとしても、私はもう、彼らに許しを請うことも、彼らを憎むこともないだろう。
ただ、「どうか、あなたたちの道を生きて」と、そう願うだけだ。
それは、私自身が、新しい道を歩み始めたように、彼らもまた、彼らの人生を歩んでほしいという、心からの願いだった。