表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第七話:隣国への潜入とリリアーナの今

リリアーナを狙う新たな敵の存在を知ったアルフレッドとエリーズは、もはや躊躇することはなかった。


自分たちの罪が、彼女を再び危険に晒すことになってしまった。

その事実に打ちのめされながらも、二人は、今度こそ彼女を守ることを誓った。


リリアーナが遺した記録や、過去の噂話、そして王都で得たわずかな情報から、彼女が隣国へと渡ったことを突き止めた二人は、身分を偽り、国境を越えた。


アルフレッドは、貴族の身分を捨て、一介の旅人として。

エリーズもまた、村で身につけた質素な旅装で、彼と共に歩いた。


隣国は、アルフレッドたちの故郷とは全く異なる雰囲気を持っていた。


王都は活気に満ち、人々は明るく、不安な影はどこにも見られない。

行き交う人々の顔には笑顔が溢れ、市場には活気があり、通りには子供たちの元気な声が響いていた。


「この国には、魔物の脅威や不作はないのかしら……」


エリーズが呟くと、アルフレッドは静かに首を振った。


「いや、そんなはずはない。

この国も、かつては魔物の脅威に晒されていた。

記録によれば、大規模な魔物の侵攻が幾度となくあったらしい。

だが、ある時を境に、そうした災厄がぱったりとなくなったと聞いている」


それは、リリアーナがこの国に渡った時期と、見事に一致していた。

彼らは、彼女がこの隣国でも、故郷と同じように、人知れず人々のために尽くしていたことを確信した。


二人は、リリアーナの足跡を辿るように、隣国の街を歩き回った。


「この街にある大きな孤児院に、白い髪の女性が勤めていると噂されています」


アルフレッドが、密かに収集した情報をエリーズに伝えた。

彼の情報網は、国王という立場上、今もなお機能している。


孤児院。

リリアーナが、権力とは無縁の場所で、誰にも知られずに暮らしているとしたら、そこ以外にないだろう。

王宮の生活を嫌い、静かで穏やかな生活を望んでいた彼女にとって、子供たちに囲まれる孤児院は、まさに理想の場所だったのかもしれない。


二人は、孤児院へと急いだ。


孤児院は、街の中心から少し離れた、丘の上に建っていた。

古いが、手入れの行き届いた建物で、庭には色とりどりの花が咲き誇っている。

子供たちの楽しそうな声が、遠くから聞こえてきた。


二人は、孤児院の門の前で立ち止まった。

胸が高鳴るのを感じる。それは、恐怖でも、期待でもない。

ただ、長年の後悔と、彼女への想いが混じり合った、複雑な感情だった。


「もし、本当にリリアーナ様がいたら……

私、どんな顔をすればいいのかしら」


エリーズは、不安そうにアルフレッドを見つめた。

かつて彼女にした仕打ちを思えば、顔を合わせる資格などないと思っていた。


「大丈夫だ。

僕たちがここにいるのは、彼女に許しを請うためではない。

ただ、彼女が安全に、平和に暮らせるように、見守るためだ」


アルフレッドは、エリーズの手をそっと握った。

その手は、冷たかったが、彼の言葉は、エリーズの心を少しだけ温かくした。


門をくぐると、子供たちが無邪気に遊んでいる庭が広がっていた。

そして、その中央で、一人の女性が子供たちに囲まれていた。


白い髪。穏やかな眼差し。


「リリアーナ……」


アルフレッドは、思わず呟いた。


彼女は、かつて王宮にいた頃とは全く違う顔をしていた。

豪華なドレスではなく、簡素なワンピース。

悲しげな瞳ではなく、子供たちに向けられる、優しい笑顔。

その笑顔は、まるで春の陽だまりのように暖かかった。


彼女は、子供たちに読み書きを教えているようだった。

小さな石版に文字を書き、それを子供たちに見せる。


「この文字は、こう書くのよ。みんな、一緒に」


彼女の声は、かつての控えめな声ではなく、暖かく、そして力強かった。

まるで、この孤児院の母親のような存在になっていた。


二人は、物陰に隠れ、リリアーナの様子を静かに見守った。

彼女は、もはや過去に囚われていなかった。

追放されたことへの憎しみも、自分たちへの怒りも、そこには微塵もなかった。

ただ、子供たちに愛を注ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。


彼女は、追放という絶望の淵から、自分自身の力で、新たな幸せを掴んでいたのだ。


その姿を見た二人は、胸が締め付けられるような感情を抱いた。

それは、彼女の幸福を喜ぶ気持ちと、自分たちが彼女にしたことへの後悔が混じり合った、複雑な感情だった。


「彼女は……私たちがいなくても、幸せだったんだ」


エリーズは、涙をこぼした。

自分たちが彼女の幸福を奪ったと思っていたが、それは間違いだった。

彼女は、自分たちの手から離れたからこそ、本当の幸福を手に入れたのかもしれない。


アルフレッドもまた、言葉を失っていた。

彼が国王として国を立て直すために奔走している間、彼女は、こんなにも静かに、そして力強く生きていた。


自分たちは、何のために彼女を追放したのだろう。

彼女の幸福を奪うためだったのか。


いや、そうではない。

彼女は、自分たちの手から離れたからこそ、本当の幸福を手に入れたのかもしれない。


二人は、もはや彼女に謝罪することすら、躊躇してしまう。

謝罪の言葉が、彼女の穏やかな日々を、再び壊してしまうのではないかと。


夜。

孤児院の窓から漏れる光を、二人は静かに見つめていた。


「私たちは、彼女のために何ができるだろうか……」


アルフレッドが、静かに呟いた。

彼の声は、これまでの孤独な王のそれとは違い、どこか切なげで、だが決意に満ちていた。


エリーズは、アルフレッドの言葉に頷いた。


リリアーナを狙う敵がいる。

この穏やかな日々を、悪しき者たちの手から守らなければならない。


二人は、もはや彼女に許しを請うためではない。

彼女が、この場所で、いつまでも平和に暮らせる世界を守るために、行動することを決意した。


それは、自分たちの罪を、自分たちで償うための、新たな決意だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ