第六話:敵の影と失われた聖女の力
エリーズとアルフレッドは、リリアーナが遺した古文書を手に、旅を再開した。
二人の間に、かつてのような気まずさや傲慢さはなかった。
互いが過去の罪と向き合い、変わろうとしていることを知ったからだろう。
言葉を交わすことは少なくとも、その視線には、かつての憎しみではなく、共通の目的を負う者同士の、静かな信頼が宿っていた。
「この魔法陣、リリアーナ様は、この街にある古い遺跡で研究していたようです。他の記録にも、たびたびこの遺跡のことが書かれていました」
古文書を読み解きながら、エリーズが言った。
彼女の声は、かつての高慢な響きを失い、どこか慎重な響きを帯びていた。
「古い遺跡……そこには、まだ彼女の足跡が残っているかもしれない。
あるいは、この国の危機を乗り越えるための、最後のヒントが隠されているかもしれない」
アルフレッドは、かすかな希望を抱いた。
彼は、この旅が単なる贖罪ではなく、未来を切り開くための旅でもあることを、心の中で強く願っていた。
二人は、古文書に記された古い遺跡へと向かった。
鬱蒼とした森の奥深く、獣道も途絶えた場所に、苔むした石柱がひっそりと立ち並んでいた。
その場所は、時間の流れから取り残されたかのような静けさに包まれていた。
空気はひんやりと冷たく、どこか神聖な気配が漂っている。
遺跡の中央には、ひび割れた大きな魔法陣が地面に描かれていた。
それは、リリアーナが遺した古文書に描かれていたものと、酷似していた。
「この魔法陣……やはり、ここにリリアーナ様はいたのね。
きっと、この場所で一人、研究をされていたんだわ」
エリーズは、感慨深げにその魔法陣を見つめた。
彼女がいた場所の空気を吸い込む。それだけで、彼女の心が少しだけ穏やかになるのを感じた。
だが、その時、突如として周囲の空気が一変した。
静けさを引き裂くように、殺気に満ちた気配が彼らを包み込んだ。
「見つけたぞ、聖女の記録を盗んだ者たちよ」
暗闇の中から、フードを深く被った数人の男たちが現れた。
彼らの手には、不気味な光を放つ魔法具が握られている。
その光は、王宮の魔法研究会で使われているものとは異なり、どこか不吉な響きを帯びていた。
「何者だ!」
アルフレッドは、咄嗟にエリーズを庇うように前に出た。
彼の手は、自然と腰の剣に伸びる。
だが、彼がこの旅で持っているのは、ただの護身用の剣だ。
王族としての威厳を纏ってはいるが、強力な魔力を持つ相手には、到底敵わない。
男たちは、アルフレッドの問いには答えず、不気味な魔法を放ってきた。
アルフレッドとエリーズは、辛うじて魔法を避けるが、男たちの魔法は強力だった。
地面がえぐられ、石柱が粉々に砕け散る。
「この魔力……ただの盗賊ではないわ。
この魔力の流れ、王宮で使われている魔法に似ているけど、より歪んだ使い方をしている……」
エリーズは、かつて王宮で学んだ知識から、男たちが王族の血を引く者たちではないかと推測した。
あるいは、彼らが、リリアーナの追放を裏で画策した者たちの仲間なのではないか。
「あなたたちの狙いは、何だ!」
アルフレッドが叫ぶと、男たちのリーダーらしき人物が、フードの奥で不敵な笑みを浮かべた。
「狙いは、聖女の力だ。お前たちが持っているその記録と、聖女の居場所を教えてもらおうか」
その言葉に、アルフレッドとエリーズは凍りついた。
彼らの目的は、リリアーナが遺した知識だけではなかった。
リリアーナ自身を捕らえ、その聖女の力を悪用しようとしているのだ。
「聖女の力は、王家の私物だ。平民のために無駄に使うなど、愚の骨頂!」
リーダーは、嘲笑しながら言葉を続けた。
「無能な王に、この国を任せてはおけない。
我々が、聖女の力を手にし、この国を再び強大な力を持つ国へと導くのだ!」
その言葉に、アルフレッドは衝撃を受けた。
彼らは、リリアーナの力を利用して、自らの野望を達成しようとしている。
そして、自分たちを「無能な王」と見なし、排除しようとしているのだ。
「追放の裏にいたのは、やはり……」
アルフレッドは、ジェラルドから聞いた言葉を思い出した。
おそらく、この男たちこそが、その「大きな力」の一端なのだろう。
自分たちがリリアーナを追放したことで、彼女が命を削って守っていた封印は弱まり、
この男たちに、彼女の力を悪用する機会を与えてしまった。
自分たちの罪が、さらなる悲劇を生もうとしているのだ。
エリーズもまた、その事実に気づき、顔を青ざめさせた。
「私たちが、リリアーナ様を追放したから……」
彼女の声は、震えていた。
彼女たちの行動が、結果的にリリアーナを危険に晒すことになってしまった。
その事実は、彼女の心に重くのしかかった。
男たちは、容赦なく魔法を放ってくる。
アルフレッドは、王族として騎士団の訓練を受けていたが、魔力を持たない彼では、強力な魔法には敵わない。
「エリーズ、逃げろ! 僕はここで時間を稼ぐ!」
アルフレッドが叫ぶが、エリーズは動かない。
「逃げないわ! リリアーナ様の記録を、渡してたまるものですか!」
彼女は、古文書を胸に抱きしめた。
その瞳には、かつての臆病さはなく、強い決意が宿っていた。
その時、アルフレッドの頭に、リリアーナが遺した記録の言葉が蘇った。
「魔物を封じる魔法陣は、悪しき魔力を吸収し、それを光の力に変える」
アルフレッドは、男たちの放つ魔法を吸収し、光の力に変える魔法陣を、瞬時に脳内で組み立てた。
それは、彼がリリアーナの記録を読み解く中で、無意識のうちに身につけていた知識だった。
「エリーズ、僕の合図で、魔法陣の中心に飛び込め! 僕の言葉を信じてくれ!」
「えっ……でも、そんな危険な……」
「信じてくれ!」
アルフレッドは、男たちの注意を引くために、囮になることを選んだ。
彼は剣を構え、男たちに向かって突進した。
そして、彼が合図を送ると、エリーズは躊躇なく魔法陣の中心に飛び込んだ。
男たちの放った魔法は、エリーズを包むようにして魔法陣に吸い込まれていく。
そして、魔法陣は、悪しき魔力を吸収し、眩い光を放ち始めた。
「なっ、何だと!?」
男たちは、驚愕の声を上げた。
彼らが放った魔法が、自分たちを縛りつけている。
その隙に、アルフレッドは男たちを制圧した。
森の中を、二人は無我夢中で駆け抜けた。
追っ手の気配がなくなったところで、二人は足を止めた。
「大丈夫か、エリーズ」
アルフレッドが、心配そうにエリーズの顔を覗き込む。
「ええ、なんとか……」
エリーズは、疲労困憊でその場に座り込んだ。
アルフレッドもまた、壁にもたれかかるようにして、静かに息を整える。
「追放の裏にいたのは、やはり……」
「ええ。リリアーナ様の聖女の力を、悪用しようとしている者たちです」
二人は、改めて自分たちの犯した罪の重さを痛感した。
リリアーナを追放したことで、彼女が命を削って守っていた封印は弱まり、
彼女の力は悪しき者たちの手に渡ろうとしている。
自分たちの罪に終止符を打つには、リリアーナの安全を守り、そして、この国を救うことしかない。
二人は、互いの顔を見つめ、静かに頷き合った。
「リリアーナ様を、探しましょう。
そして、彼女が平和に暮らせる世界を、今度こそ、私たちが守りましょう」
エリーズの言葉に、アルフレッドは深く頷いた。
彼らの戦いは、今、始まったばかりだった。