第五話:二つの贖罪が交差する時
エリーズの旅は、リリアーナの足跡を追うように続いていた。
彼女が歩んだ道は、決して平坦なものではなかったが、その一歩一歩が、過去の自分を清算するための大切な時間だった。
リリアーナがかつて病を癒やしたという村、魔物を討伐したという鉱山町、そして不作の土地を蘇らせたという平原。
彼女が訪れたどの場所でも、人々はリリアーナを「聖女様」と呼び、その功績を称えていた。
「聖女様が、この村に水の恵みを与えてくださったんだ」
「聖女様が教えてくれた薬草のおかげで、病で死ぬ子供がいなくなった」
その度に、エリーズは胸が締め付けられるような痛みを感じる。
自分が、どれほど愚かな行いをしていたのかを、身をもって知る日々だった。
リリアーナが与え続けた慈愛と、自分が与え続けた傲慢。
そのあまりにも大きな隔たりを、彼女はひしひしと感じていた。
そんなある日、エリーズは、立ち寄った地方都市の古びた図書館で一冊の古文書を見つけた。
それは、リリアーナが残したとされる、魔物に関する研究記録だった。
その記述は、王宮にあるものと同じで、緻密で、情熱に満ちていた。
「この記録……やはり、リリアーナ様が残したものだわ」
エリーズは、古文書を手に取り、埃を払いながら夢中になって読み始めた。
そして、その記録の隅に、ある魔法陣の設計図が描かれているのを見つけた。
それは、魔物の動きを封じるための、強力な魔法陣だった。
「この魔法陣を使えば、村を襲う魔物から人々を守れるかもしれない」
エリーズは、その魔法陣の存在を、人々に伝えようと決意した。
リリアーナが残した知識を、彼女の代わりに、人々のために役立てること。
それが、今の自分にできる唯一の償いだと思った。
一方、アルフレッドは、リリアーナが遺した研究記録を解析するため、日々、騎士団や魔法研究会の者たちと議論を重ねていた。
「陛下、この魔法陣は、どうやらリリアーナ様が、封印が弱まった時のために、備えていたもののようです」
「しかし、この魔法陣を起動させるには、膨大な魔力が必要となります。リリアーナ様がいなくなった今、我々の力だけでは……」
研究者たちの報告に、アルフレッドは眉をひそめた。
リリアーナの知識だけでは、この国の危機を完全に乗り越えることはできない。
新たな解決策を、自分たちの力で見つけ出すしかない。
そう考えていたアルフレッドは、ある地方都市の図書館で、リリアーナが残した新たな記録があるという噂を耳にした。
その記録には、封印が破られた後の対処法が記されている可能性がある、と。
エリーズとアルフレッドは、期せずして、同じ場所を目指していた。
古びた図書館の奥。埃まみれの書架の間で、二人は再会した。
「……エリーズ?」
「アルフレッド様……」
互いの姿を見て、二人は息をのんだ。
かつて、豪華なドレスを纏い、高慢な笑みを浮かべていたエリーズは、粗末な旅装に身を包み、その顔には疲労と、そして深い悲しみが浮かんでいた。
手には、彼女が探していた古文書が握られている。
一方、王太子の威厳に満ちていたアルフレッドは、王の証である豪華な衣装ではなく、簡素な旅の服装に身を包み、その顔には国王としての重圧と、後悔の色がにじみ出ていた。
「なぜ、君がここに……」
アルフレッドは、驚きを隠せない。
「リリアーナ様の、記録を探していたの。……私、知ったのよ。あの人が、この国のために、どれほどのことをしてくれていたのかを」
エリーズは、震える声で告白した。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
二人は、図書館の隅にある小さなテーブルで、静かに互いの旅路を語り合った。
エリーズは、村の子供たちから聞いた真実と、ミアとの出会いを語った。
過去の自分を省み、人々の優しさに触れた経験を、包み隠さず話した。
アルフレッドは、国王としての孤独と、リリアーナが遺した記録から知った彼女の偉大さを語った。
ジェラルドとの再会で知った、彼女の慈愛と孤独についても話した。
二人の言葉には、かつての傲慢さや驕りは微塵もなかった。
そこにあったのは、ただひたすらに、自分たちの罪を償いたいという、切実な思いだけだった。
「君も……贖罪の旅をしていたのか」
「ええ。アルフレッド様も、そうでいらしたのですね」
二人は、互いの変容した姿に驚きながらも、どこか安堵したような表情を浮かべた。
かつては、リリアーナの幸福を奪おうとした二人が、今では同じ罪と向き合い、異なる道で償おうとしていることを、互いに確認し合った。
「リリアーナ様の残した記録には、まだ続きがあるはずだわ」
エリーズは、手に持っていた古文書をアルフレッドに見せた。
そこには、魔物を封じるための魔法陣の設計図が描かれていた。
「これは……我々が探していたものだ」
アルフレッドは、目を輝かせた。
「エリーズ、君も協力してくれないか? リリアーナが遺した知識を、共に解析し、この国の危機を乗り越えるために」
アルフレッドは、エリーズの手を握りしめた。
その手は、かつての温かさを失い、ひどく冷たかった。
だが、その瞳には、かつてのような傲慢さはなく、ただひたすらに、国を救おうとする強い意志が宿っていた。
エリーズは、静かに頷いた。
「ええ。私も……リリアーナ様が平和に暮らせる世界を守りたい」
二人の贖罪の旅は、ここで交差した。
もはや、リリアーナを再び手に入れるためではない。
彼女が望んだ平和な世界を守るために、二人は協力することを誓い合った。
彼らが向かうべき道は、もはや過去を嘆くことではなく、未来を創造することなのだと、二人は確信した。