第九話:それぞれの道と新たな決意
隣国の孤児院を後にしたアルフレッドとエリーズは、来た道を戻るように、それぞれの故郷へと向かっていた。
二人の間に言葉はなかった。
リリアーナとの別れは、彼らの心に深く刻まれていた。
彼女の言葉、「あなたたちは、あなたたちの道を生きてください」という静かな声が、今でも二人の耳の奥で響いていた。
彼女は、もう自分たちを許すことも、憎むこともない。
ただ、自分たちの道を生きることを願ってくれた。
その言葉が、二人の心を縛っていた罪悪感から、少しだけ解放してくれたようだった。
だが、罪が消えたわけではない。
その罪を背負いながら、どう生きていくか。
それが、二人に課せられた新たな課題だった。
「私、村に戻ります」
国境を越え、故郷の国に戻る道すがら、エリーズが静かに言った。
その瞳には、かつての絶望の影はなかった。
「村で、また子供たちに読み書きを教えるわ。
そして、リリアーナ様が残してくださった知識を、村の人々のために役立てたい。
あの村は、リリアーナ様が最初に見つけた希望の場所だった。
今度は私が、その希望を守りたい」
エリーズの瞳には、迷いがなかった。
かつて、貴族としての地位を失い、絶望に打ちひしがれていた彼女ではない。
贖罪の旅と、リリアーナとの再会が、彼女を強く、そして優しく変えていた。
「そうか……」
アルフレッドは、静かに頷いた。
「君なら、きっと素晴らしい教師になれる。
そして、村を、いや、この国を支える大切な存在になるだろう」
アルフレッドの言葉に、エリーズは微笑んだ。
彼女は、もはや国王の言葉に恐縮するのではなく、一人の人間として、彼の言葉を受け止めていた。
王都への分かれ道。
二人は、そこで立ち止まった。
それぞれの道が、目の前に広がっている。
「アルフレッド様……お元気で。
そして、どうか、陛下として、この国を立派に導いてください」
エリーズが、深々と頭を下げた。
その言葉は、もはや社交辞令ではなく、心からの願いだった。
「エリーズも、どうか元気で。
そして、何か困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってほしい。
もう、僕たちは一人ではないのだから」
アルフレッドは、エリーズの手を優しく握った。
その手は、かつての傲慢な王太子の手ではなく、国を背負う王の手だった。
「僕たちは、これから、それぞれの道で、リリアーナ様が望んだ平和な世界を築き上げていこう。
彼女が私たちに残してくれたものを、今度こそ、大切にしなければならない」
その言葉に、エリーズは再び頷いた。
二人は、そこで別れた。
エリーズは村へと続く道を、アルフレッドは王都へと続く道を、それぞれが歩み始めた。
その背中は、かつての孤独な背中ではなかった。
王都に戻ったアルフレッドは、国王として、本格的な改革に身を捧げることを決意した。
まず、彼はリリアーナが遺した記録を、全ての国民が共有できるよう、王都の図書館に公開した。
「彼女の知識は、一握りの貴族や王族のものではない。
この国の全ての民が、共有すべきものだ」
彼は、そう言って、リリアーナが遺した理念を、国の根幹に据えることを誓った。
それは、国民が自らの力で未来を築くための、大きな一歩だった。
不作に苦しむ農民には、彼女が考案した魔法具の技術を伝え、
魔物の脅威に晒される村には、彼女が遺した魔法陣の知識を教えた。
それは、リリアーナが追放された後、故郷のために尽くし続けた、彼女の魂を継ぐ行為だった。
一方、エリーズは、村に戻ると、再び子供たちに読み書きを教え始めた。
彼女の顔には、もう過去の影はなかった。
「先生、これは何て読むの?」
子供たちの無邪気な声に、エリーズは優しく微笑む。
彼女は、リリアーナが遺した薬草の知識を活かし、村人たちの病気を治し、畑を豊かにする方法を教えた。
かつて傲慢だった元侯爵令嬢は、今では村の人々に慕われる、心優しい教師になっていた。
二人は、それぞれの道で、自立した人生を歩み始めた。
たまに、アルフレッドからエリーズの村に、食糧や物資が送られてくる。
それは、国王からの施しではなく、故郷の村を想う一人の男の配慮だった。
そして、エリーズからアルフレッドに、村の子供たちの様子や、
彼女の教えた魔法陣が役立ったという手紙が届いた。
二人は、直接会うことはなかったが、手紙を通じて、互いの安否と、
それぞれの道で奮闘していることを知り、静かに励まし合った。
それは、かつての恋人や婚約者としての関係ではない。
罪を背負い、それを償うために、共に歩む同志のような、特別な絆だった。
二人は、それぞれの場所で、リリアーナが望んだ平和な世界を、少しずつ、着実に築き上げていくのだった。
その生き様こそが、彼らにとっての、新しい形の償いだった。