春のあとに来る町
誰かの幸せを祝う笑い声は、時に残酷に響く。
城下町レーテは、春祭りを迎えていた。カラフルな布で飾られた家々、花の冠をかぶった子どもたち。恋人たちは手を取り合い、踊り、語り合う。まるで世界中が「今が一番幸せだ」と言っているようだった。
だけど、リオナにはそれが眩しすぎた。
丘の上のモレンダの木を遠くに見ながら、彼女はそっと町を後にした。荷物は小さな袋ひとつだけ。地図にはない道を歩いて、風の向こう側へ行くように。
目指したのは、ヴェンデルという小さな町。山と森に囲まれ、外から人が来ることも少ない静かな場所だった。
「ここでなら……誰の影にもならずに、生きていけるかもしれない」
リオナはそう思っていた。だけど、現実は少し違った。
ヴェンデルの人々は親切だった。宿屋の女主人は温かいスープをくれたし、近くの雑貨屋の青年は野菜の並べ方を教えてくれた。働く場所もすぐに見つかって、薬草店の助手として雇ってもらえた。
それでも、何かが足りなかった。
「ここには過去がない。けど……自分もない気がする」
夜、ベッドの上で天井を見ながら、そう思った。あの町での恋、勘違い、あの春の空気。すべてを置いてきたつもりなのに、心の中に小さな空洞のように残っていた。
ある日、花を仕分けながら、薬草店の店主リスベルがぽつりと言った。
「リオナ、あなた……本当は何をしにこの町に来たの?」
その問いに、リオナは答えられなかった。
ただ、「誰かの隣ではなく、自分の場所を探したかった」とだけ、心の中でつぶやいた。