火花から、灯火へ
それから数日間、ゼルとリオナの間には沈黙が流れた。
町の空気はいつも通りだったのに、薬草店の中だけが季節外れの冬のようだった。
ゼルは最低限のことしか話さず、リオナもそれに応えるように距離を保った。
だけど、心の中はちっとも冷えていなかった。むしろ、逆だった。
「なんであんなこと言ったの……」
「あいつ、怒ってるくせに、何も言い返してこないのかよ……」
ふたりとも、別々の場所で同じように苛立ち、後悔していた。
そんなある夜。
リオナが一人で薬草の整理をしていると、店の裏口がバン、と音を立てて開いた。
ゼルだった。
目はいつもより少し鋭く、そして、どこか必死だった。
「もう、いい加減にしろよ、リオナ」
「……何が」
「こっちが距離とってると、それで安心して黙ってんのか。言いたいことがあるなら、言えよ。俺は……ずっと、言ってほしかったんだ」
リオナは唇を噛んだ。
「あなたこそ。好きなようにして、いつでも消える準備してるじゃない……。わたし、それが怖くて……でも、そう言ったら負けた気がして……」
ゼルは、一歩、近づいた。
「負けていいだろ。感情ってのは、言ったもん勝ちだ」
リオナは目を見開いた。
こんなに真っすぐな言葉。どこまでも臆病な自分に、まっすぐ飛んでくるなんて思ってもみなかった。
「わたし……本当は……怖かった。
また勘違いだったらって。
あなたがセイルに似てるから、また同じことを繰り返すのかと思って……でも……」
そこまで言って、声が詰まった。
「でも、もう……あなただから、好きになりかけてるの」
ゼルは無言のまま、リオナの腕を取った。
その手は、あたたかくて、震えていた。
それは怒りの震えではなく、ようやく届いた想いをどう扱えばいいか分からない、不器用な誠実さの震えだった。
「“なりかけてる”じゃなくて、もうなっちまえばいいじゃん」
そう言って、ふたりの間にあった空気が弾けたように、リオナは泣きながら笑った。
ぶつかり合った言葉の破片が、二人の距離を一気に縮めた。
火花が、焚き火に変わった瞬間だった。