春色の勘違い
花曇りの空の下、リオナは城下町の南門を見下ろす丘の上に立っていた。淡いピンクの花を咲かせるモレンダの木が風に揺れ、舞い落ちる花びらが彼女の髪に絡まる。今日こそ伝えよう。そう決めたはずなのに、胸の奥がそわそわして言葉が出てこなかった。
「……あのさ、セイル。あたしの気持ち、聞いてくれる?」
相手の少年――セイルは、森の薬師見習いだ。どこか影のある表情をしていて、でも優しくて、リオナが怪我をした時にも何も言わずに手当てをしてくれた。そのとき、恋に落ちたのだ。
セイルはいつもの無表情で、けれど拒絶もしなかった。リオナはそれに希望を感じた。
「ありがとう、リオナ。君のこと、大切に思ってるよ」
その一言で、リオナの世界は一瞬だけ春になった。
次の日から、彼と一緒に花の手入れをしたり、薬草を集めに行ったり、今まで以上に近くにいる時間が増えた。まるで恋人同士みたいだった。リオナは思った。「ああ、わたしたち、もう付き合ってるんだ」と。
だが数週間後――
彼の口から出た言葉は、リオナの心を凍らせた。
「実はさ、この前、お世話になってる薬師様に紹介された婚約者がいて……」
風の音が急に大きくなった気がした。モレンダの木が揺れ、リオナの髪に花びらがまた舞い込む。でも今は、それすら痛かった。
「でも、君のことは……大事な友達だと思ってるよ」
――付き合ってなかったんだ。
あれは、全部、リオナの思い込みだった。
「……そっか。うん、そっか」
そう言って笑ったけれど、声が少し震えていた。丘の上から見える町並みは、まるで変わらない日常を送っていた。けれど、リオナの春は、音もなく終わった。