ここは恋文代筆所
フィクションです。登場人物や団体名は実在しません。
ーーさぁさぁ今日も、お立ち合い。
華の大江戸、咲くは桜か、恋の華。
そちらの恋も、こちらの恋も
筆を走らせ、咲かせましょう…!
ここの長屋はいつもやかましい。
夫婦喧嘩をする向かいの夫婦、話が詰まったと叫ぶ男。連れ込む男が毎度変わる隣の女に、目の前の通路は子供が走り回り、井戸の側では井戸端会議が止まらない…。
私はこのやかましい長屋のひとつに暮らす、文子という年頃の女だ。父と共に暮らしていたが、病に侵されこの世を去った。そんな父が残してくれたもの…この筆と、文字の書き方。
父は、代筆業を営んでいた。男でひとつで育てた父の横で、暇があれば手習を教わり、
「いつか私も父上のような文字を書きたい!」
そう無邪気に過ごしていた。
ーーー
父が病に伏せる前、私は父に頼み込んだ。
この代筆業を継がせてほしいと…だが、父はあまり良い顔をしてくれなかった。
「いいかい、この仕事は一筋縄ではいかないんだ…時には危ない仕事もあるからね…お前には苦労を…させたくない」
その後も何度も答えを聞いても、否。
私は父からの許しをもらえないまま、自分のやりたい道を歩むことを決めた。
「文子ちゃん、今日もやってるかい?」
「辰巳の兄さん…またなの?」
「いやぁ〜、ハハッ…こないだの女は…ちぃとばかし血の気が強くて…いい女だったんだがなぁ〜…」
「ハァ…私はお代をもらうから良いけど…それだけフラれて…もう諦めたら?」
「嫌だ!!!俺は!!!俺がほしいと思った女としか夫婦になりたくないんだッ!!!」
この男は辰巳。それなりのボンボン。ボンボンが故に放蕩を極めるろくでなし。「親からの縁談で決まる女とは夫婦にならん!自分で嫁を探すまで帰らないからな!」と見栄を切って出てきたらしい…。ひとり息子だから許されるのか…親御さんの苦労が目に浮かんだ。
「それで?今日はどのようなご依頼で?」
「おぉ、そうだそうだ!恋文を代筆してほしいんだ!いつものようにな!」
「…今回はどんな人に?」
「それがなぁ〜とんでもなく美人でなぁ〜」
デレデレと目尻を下げながら、恋した女性を話出す。
「今回はひと味違うぞ!なんと…!相手は花魁だ!」
「…はぁ?花魁って…あの花魁?」
「そうだ!花魁だ!」
「そんな…会う為のお金、一体どこから出してるのよ…」
「フッ…俺の金じゃない…俺のツレが店に行くのについて行くのよ…!そしてコッソリと恋文を渡せば…!」
「無理だよ。座敷に登らなきゃ会えないし…というか、花魁は部屋から基本出ないでしょ…」
「でも!道中があるから…!」
「あれは他の客のところへ迎えに行くだけ」
「くぅ…!でも…!あの品と美しさを兼ね備えた花魁…!俺はあの人を嫁にしたい〜!」
「ハイハイ…無理だと思うけどね」
「やってみないと分からんだろう!頼むから書いてくれ!」
「…お代はいつも通りもらうからね」
きっと無理だと分かっていても、伝えたくなるのは人の性。
辰巳の中の女性の話を詳しく聞き出し、私はいつものように筆を取る。
擦った炭の香りが立つ。花魁への恋文なら、紙はこれを使いたい。手触りも滑らか。読んでもらえるかどうかは、お客次第。私が書くのは、最高の恋文だけ。
スルスルと紙に筆を走らせる。
男手と分かるよう、少し無骨な文字を書く。
(「俺の男らしさを伝えてくれ!」と言うからだ)
私は、父の文字で男の手を習った。それだけでは…と女手も習ったので、男としても女としても。私はどちらの文字も書く。これは今の私にとって、とてもありがたい事だった。
簡潔に、でもロマンチックに。
情熱的に、辰巳の中の恋心を炭に溶かして。
一文字一文字、私は辰巳になった気持ちで筆を走らせる。
あまり長くなると飽きがくる…
『続きは今度、お会いできたら。貴女に直接伝えたい』
筆を置き、ふぅ…と濡れた炭にひと息。
「こんなもんじゃない?」
まだ乾ききる前の紙を覗き込み、辰巳は目を輝かせる。
「あぁ…!いい!最高だ!やっぱりお前の恋文は心を揺さぶるなぁ〜!」
背中をバシバシと叩かれ息が詰まる。
「さ、お代を貰うよ」
いつものようにお代をもらい、常連さんだけのオマケをつける。詰んだ花を一輪。花は好意を伝える必須アイテムだ。
「うぉーーー!いけそうな気がしてきた!ありがな、文子!」
「ハイハイ…上手くいきますように」
勇足で駆け出して行く辰巳を背中で見送って、ふっと息を吐き、私は天井を見上げる。
私は文子。この江戸で恋文代筆業を営む年頃の女。
これから先、どのような恋文を代筆するのか…。
それは是非とも、どうか一緒に見守って頂ければと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
拙い文章や甘い部分も多いかと思いますが、書きたい気持ちを優先して書かせていただいてます。
またお時間ある際に読んでくだされば嬉しいです。