第1章 殺戮同居 - 4
「あれ、燃えちゃったね?」
少女が何事もなかったように冷ややかに笑って手に持っていた使い捨てライターを見た。
「じゃこれで用はおしまいだな?」
とドアを閉めた。
ピンポーン〜
またベルが鳴った。凍りついたように明宏が玄関を睨んだ。ノブをぐっと掴んで開けた。
「なんだよ?」
「あのね……行くところがないのよ」
少女の態度がまた変わった。愛らしく目がウルウルしている。
「疲れてるの。ね、泊めてよ」
「なんで俺がそうしなくちゃならないんだ?」
少女がにんまりと笑った。
「だっからさー、おもしろいでしょ?」
「要するに、それが本音かよ?」
「演技するつもりはなかったけど、結構面白くてさ。あんたが気になって」
「俺が?なんでだ?」
「のこのこ山荘に来てさ、私の計画を台無しにした太っ腹な奴が誰か知りたかった。それで試しにあんたが通る道に死体を置いといたってわけ……。予想以上にあんたは死体を見てもなんとも思わなかった」
「だからそれがどうだっていうんだ?」
「こいつだったらあたしを楽しませてくれると思って」
明宏が腕組みをした。
「楽しみたいのか?だったら人を殺せばいい。悪いけど俺はおまえに関心がないんだ」
「じゃ関心を持てばいいじゃん?」
少女が悲しい表情になって明宏に向かって走ってきた。明宏は後ろに押し倒された。目は少女をじっと見ている。玄関にひっくり返った明宏に蝉のようにくっついて、少女はすすり泣くふりをした。
「どうか。追い出さないで。お願い……」
「どけよ」
「ね、お願い、外はとっても怖いんだから……」
「だったらそのカッターをしまってから話せよな」
少女の手にはカッターが握られていた。今までこんな風に多くの人をだましてきたのだ。体を密着させた少女は明宏の隙だらけの胸に顎を当ててほくそ笑んだ。
「ちょっと無防備じゃないの?あたしにその気があればとっくにあの世に行ってるよ」
「さあ?…どうかな、それはお互い様だ?」
「え?」
少女が首を左に向けた。眼のすぐ真ん前には青光するナイフの先が待ち構えていた。
「へえ~なんだ、いつから持ってた?裸でナイフを取り出すマジックってわけ?」
「腕組みした時から脇に隠してたさ」
「ふん、そっか?あ、なんだあたしの勝ちだと思ったのに…。じゃ引き分けだね?」
少女がさも惜しそうに言うと力を抜いて明宏の体に頬を当てた。しばしの間静けさが漂った。開いている玄関から雨音が聞こえてきた。
「おい、いつまでこうしてるんだ?」
「さあね。疲れてるのはホントなんだから。待ち伏せしてて外で雨に当たってたから」
「出て行けよ」
「じゃあね、決めたの。今日からここで住むから」
「俺の意見は聞かないのかよ?」
「っていうか、あんたには選択権がないっていうの、あんたがよくわかってるでしょ?」
これ見よがしに明宏が通る道に捨てられた死体。路地での演技。4階の明宏の家まで上がってきた少女。焼けてしまった偽の遺書。少女は明宏のすべてを見抜いていた。それは思い立ったらいつでも彼を思い通りにできるという事でもあった。
「一本やられたか?」
「あたしに狙われても生きてるんだから、ありがたく思わなくちゃね」
少女は機嫌よく話を続けた。
「あんたはマンネリ化した毎日に飽き飽きしないの?少なくても一緒の間はスリルを味わえる。どう?興奮しない?」
「興奮だって?怖くないのか?」
「怖いけど。今だってあんたが握ってるナイフがいつ私の喉を差すか…。めちゃ怖くてちびりそう」
「ちびるなよ」
「怖いけど面白いの。あんただって退屈だから遺書を盗んだんじゃん」
「まあな、おまえがどうやったのかも知りたかった。でも直に訪ねてくるとはな。話しのついでだが山荘に行く方法も同じなのはわかってただろ?」
「山荘近くの宅配センターから出発する貨物車の時刻表はすでにここに入ってたし」
そう言って少女は頭を指でつついた。
「あたしがお台場公園のそばの宅配センターに行くのはどうやってわかったの?」
「おまえが山荘を抜け出て約30分後に宅配センターに向かう貨物車があったからな、それでわかった」
「あたしが違う時間に貨物車に乗るとは思わなかったの?」
少女がさも面白いと言わんばかりに笑った。
「おまえは俺と似てるな。ということは、時間厳守は徹底してるってことじゃないか」
明宏は負けたといわんばかりにナイフを下ろした。そして両手で降参という風に手を上げた。
「計画を徹底的に立てたからわかったっていうことか?そうだな俺の負けだな」
少女はカッターナイフをしまった。
「じゃ、ここで住んでもいいの?そうじゃなくてもそろそろ次の住処を探すつもりだったんだ……」
少女が明宏の腹の上に座って部屋を眺めた。ちゃんと整頓された部屋をみて満足気に微笑んだ。
「ただ、いつ死ぬかわからないけどね」
「それはお互い様だよ?でもめちゃ楽しいかもね?」
いつの間にか明宏もにっと笑っていた。
「そんでさ…さっきから気になってたんだけど、なんで素っ裸なの?」
「家の中で裸なのが可笑しいのか?」
少女は水気が残っている明宏の体を撫でた。
「まあね、構わないけど。シャワーしてたの?」
少女は明宏の腹の上に立った。少女は明宏が片手で持ち上げるほど軽かった。今すぐにでも窓の外に放り投げることもできた。もちろんそうしている間に少女のカッターナイフがじっとしてないだろうけど……。
少女は着ていたワンピースと下着を用心深く脱いだ。素っ裸の一糸もまとわない裸だ。か弱い腕だけ見てわからなかったが、よくよくみると少女の体には数多くの傷跡が刻まれていた。その中でもちょっと変わった傷跡が明宏の目に留まった。少女が明宏を見下ろした。
「この傷が気になる?気にしないでよ」
「気にしないさ。それより何するんだ?」
「見てもわからないの?シャワーするの。服がずぶぬれなんだから。お風呂場はどこ?」
少女が玄関を通り過ぎて風呂場に向かった。ため息をついて上体を起こした明宏は怒りに満ちて、蛇の抜け殻のように脱ぎ捨てた少女のワンピースをナイフで突き刺した。刃が床まで付き刺さった。
「くそっ……」
今まで生きてきてこんな屈辱は初めてだった。もう逃げられないといわれたのも同じじゃないか。明宏は体の中に不純物が入り込んだような気味悪さに唇を噛んだ。
「ねえ、ところで泥棒。名前はなんていうの?」
シャワーする音と一緒に少女の声が聞こえた。
「斉木明宏、名前は呼ばなくていいさ、おまえは?」
「でもこの先同居するから……この名前を口に出すのは何年ぶりかな?月乃咲花」
「ツキノハナ……」
明宏はオウムのように呟きながら風呂場をのぞいた。