第1章 殺戮同居 - 1
斉木明宏は水溜まりを踏みながらじゃぼじゃぼと公園に向かった。午後から降り出した雨は下校後も続いた。
ポケットにある紙幣にそっと触った。10万円ではそんなにもたないから、早く次のターゲットを探さないとだめだ。ちょっと前に山荘まで遠征したから、今回は都市でターゲットを決めるのがいいだろう。行動範囲が広いほど思いもよらない証拠を残すことになる。遠出しないで、学校で盗むのも悪くないかもしれない。たまに1万円以上持ち歩く生徒もいるし……。
公園の反対側の出入り口に向かうと、公園の後ろ側に黒い何かが目に留まった。すました表情でその何かに向かって歩いて行った。公園の滑り台に隠れていたのが見えてきた。
地面にはずっぽりと赤い血の窪みがあった。雨水の流れるままに血が広がっていった。倒れている男は会社員のようでスーツを着ていた。血の広がり具合を見ると死んでからあまり時間が経っていないようだ。
明宏が腕時計を見た。午後6時17分。仕事帰りにやられたようだ。周囲を見廻した。雨が降っていて公園には誰も見当たらなかった。おまけに明宏が歩いてきた所は公園内でも防犯カメラの死角地帯だ。
〈金目当ての殺人ではないな?〉
じっくりと死体を探って死因になった刺し傷を探した。左首の付け根が深く切られていた。会社員は後ろに接近した犯人に気が付かなかっだのだろう。
〈一気に大動脈を刺したのだろうか?犯人は右利きか…それとも両方使いか。使われた凶器は刃物だな〉
男の背は大体175センチぐらいだろう。この角度の傷ができるには、少なくても男と同じぐらいかもっと背が高くなければならない。
因縁関係の殺人ではなさそうだ。通り魔か?それとも逆に考えれば警察捜査を混乱させるという犯人の企みがあるのかもしれない。思ったより犯人は頭が回るようだ。
死体を眺めていた明宏はすぐに飽き飽きしてしゃがり込んでいた膝を伸ばした。その時死体の横に落ちていたスマホを見つけた。いつも持ち歩いている手袋をはめてスマホを拾った。メイン画面の家族写真で死んだ会社員のスマホだとわかった。人差し指で頬を当てながらスマホの通話記録をざっと見た。するとわずか10分前に110番しようとしていたようだ。
明宏は眉をひそめた。どうせ自分とは関係ないことだ。誰が死んだって死体が発見されても自分と関わっていなければそれまでだ。スマホを元あった場所に置いて死体から遠ざかった。
公園を横切って家に向かう最後の路地の角を曲がった。すると又倒れている人を見つけて足を止めた。今度は小学生ぐらいの少女だった。少女が倒れているところに行ってみた。家に帰るにはどうせここを通らなければならない。近寄って少女を見下ろした。
艶の良い髪に色白の、ワンピース姿の少女は意識が無いようだ。胸の部分が上下するのが見えた。普通の人ならこんな倒れている少女を見過ごすわけがない。誰でも駆け寄って少女の様子をうかがうのが一般的だ。いろんな考えが脳裏をかすめた。たった今みた死体と関連があるのかもしれない。
〈あきれたもんだな〉
ちょっと考えれば簡単なトリックじゃないか?逆にこんなトリックに引っかかるのが間抜けだろう。もちろん面白くはあるが。
でも……
〈でも俺には関係ないさ〉
明宏は少女を無視してそのまま先を急いだ。彼が姿を消すと、息を殺してつぶっていた目が丸く開いた。そして明宏の向かった方向にくるっと目を向けった。
「ふーん……なかやるじゃん?」
少女はシャドウだった。
「かくれんぼはおしまい。……泥棒み〜つけた」