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プロローグ - 1

【プロローグ】


「あァァーァーあ」


 あくびをする声で男が身をひるめた。男の口は猿轡がかまされていて手と足はガムテープでぐるぐる巻きにされている。つまるところ身動きが取れない。目もテープでふさがれて自分がどんな状況にいるのか全くわからない。一つだけ確かなことは、命に関わるほどの運が悪い事故に巻き込まれたって事。手足が縛られているから誘拐されたのには間違いない。


 なぜ誘拐されたのだろう?何か自分が悪い事でも?あるいは、ただの身代金の為なのか?かといって大の大人を誘拐するものだろうか?いやそうじゃないな。こういう場合は恨みを買った可能性が高いし。恨まれると言ってもだ、周囲を思い浮かべて見ても誰なのか見当もつかない。


「ああーまたその夢か?胸糞悪いな」


 今まで男に膝枕して寝ていた正体不明の誘拐犯が目をこすりながら起きてきた。


「よく寝れたか?」


 誘拐犯が男の顔を撫でながら訊いた。男が怯えをこらえられず嗚咽した。


「泣くなよな、うちも泣きたいところだが我慢してるんだ、だからお前も我慢しなよ」


 男の耳にカチカチと音が聞こえた。本能的にカッターナイフの音だとわかって身もだえした。男はなんとなく分かった感じがした。これは金目当ての誘拐じゃないという事が……。


「怖がるな、お前を殺すのはあとだ。まずこの女から……」


 誘拐犯は男と同じようにぶるぶる震えている女を引きずりだした。女の悲鳴が鼻声と呻き声になって漏れた。それだけで彼女が誰か男はわかった。男は言葉の代わりに身もだえして彼女を助けてくれと哀願した。何故なら彼女は男の愛する恋人だったからだ。自分だけでなく彼女も一緒に拉致されたのだった。男は女のうめき声の聞こえる方に動いた。とても動ける状態ではなかったが死に物狂いで這いつくばった。それはまるで芋虫のような姿だった。


 誘拐犯はその光景をさも面白そうに眺めていた。この絶望的な状況で果たして男はどんな行動をとるのか?しかし誘拐犯の期待とは裏腹に這いつくばっている男は何の抵抗もなく荒い息を吐きながらぶつぶつと叫んでいるだけだった。彼女を助けて欲しいとか、要求どおりにするから殺さないでくれとか、殺される直前に追い込まれた人間の、ごく典型的なケースを見せた。誘拐犯はたちまち興味を失ってしまった。


「ちぇ、つまんねえな」


 何かが引き裂かれる音。

 何かが巻き散らばる音。

 ふうっと漂う生臭さと床に広がる生ぬるいねっとりした粘膜質。

 そしてバタッと倒れる音と入れ替わりに、もう聞こえてこない彼女のうめき声。

 男は絶叫した。彼女を助けなくてはという思いは怒りに呑みこまれた。到底人間の肉声とは思えない奇声を絞り出した。誘拐犯は今度は男の前に近寄って足を止めた。


「何でこんなめにあったのか知りたい?……暇だったからだよ」


 男の怒りが背筋を貫いた。ミミズのようにバタバタする男を見て誘拐犯はやれやれという表情でカッターナイフを向けた。


「そんなに動くとめちゃ痛い目にあって死ぬぞ……まぁな、関係ないか?」


 カッターナイフが男の首に触れた時、誘拐犯があらかじめセットして置いた腕時計のアラームが鳴った。


「もうこんな時間?」


 誘拐犯はゆっくりとカッターナイフをしまった。男が絶望感に襲われるのをもう少し見たくて彼の首を切るのをしばらく保留することにした。その方がずっと面白いと思ったからだ……。


「おとなしく待ってな、他の用事を済ましてくるから」


 誘拐犯はそう一言だけ残してどこかへ向かった。足音がギィーッと木のドア特有の蝶番の音と共に遠ざかるのを聞いて、男は震えながら息を吐いた。


 沈黙が流れる中、男は倒れている女の方へ這って行った。後ろ向きに縛られた手で女の冷たくなった顔を撫でた。守ってあげられなかった思いに涙を流した。一体なんでこんなことになったのか?覚えているのは、深夜に東京お台場公園で彼女とデートをしていたということだ。そこからの記憶が途切れている。


 ふと手の先にぬるっとしたゼリーのような感触が感じられた。


 これ肉片?


 気が付くと生臭さが体中を覆っているのを感じた。息の詰まるような静けさが男の恐怖心を掻き立てた。死人に気を使ってる場合ではない。恋人の復讐は二の次だ。ここを脱出しなくては。でなければ次は自分の番なのだ。


 生きたい、生きたい、生きたい、生きたい、生きたい。


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