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捨てられた王女は月に覚醒する  作者: 玄冬 朱夏
2/2

海都の王女は甘く囁く

内海に面するメルルーサはワールダーリ王国一の港湾都市で内海貿易の拠点である。

港湾沿いの街路には諸外国の商人達が壮麗な商館を構え、各国の政府の出先機関も軒を並べる。

行き交う人々も様々な人種が入り混じりその風俗も雑多である。内海を挟んだ国々はもちろん北の海洋国家や東の国の服装を纏った人々が何の躊躇もなく通りを足早に行き来している。

商業港と並んだ漁港との間の通りには市が開かれ威勢のいい声が飛び交っている。

水産物だけでなく、野菜や手工芸、屋台では旨そうな匂いの肉や汁物、そして酒が売られている。


「にいさん、娘ちゃんにカカリナのジュースはどうだい。

甘くて美味いよ。うちは氷魔法で冷やしてあるから」

屋台から声のかかった長身の若者はチラリと腕の中の女の子を見る。

「一つくれ」

フードを深く被った少女は、店の主人の差し出したカカリナの実をそのまま使った器に入ったジュースを大事そうに両手で受け取った。カカリナの実は殻が硬く、上部を開き汁気たっぷりの果肉を取り出せばちょうど幼子の手に収まる器となる。

その器に甘いカカリナの果肉を絞り入れ、氷魔法で冷やしたジュースは爽やかで美味しい。

娘に甘い父親と見たのか、周囲の屋台からも次々に声がかかる。

「嬢ちゃん、甘い甘いファルミのジャムを入れたクレープだよ!」

「こっちはポムの実を皮で包んだ揚げものだ。砂糖がたっぷりかかってるよ!」

少女は興味深そうに身を乗り出すが、若者は渋い顔で首を振る。「なんだい、ケチな父ちゃんだね。可愛い娘が欲しがっているじゃないか」

周りの店からかかるヤジに表情を動かさず若者は市場を抜けて市街地へと步を進める。

腕の中では、少女がくつくつと笑っている。

「この年齢差だと親子に見えるのね」

思い切り渋い顔でジロリと少女を見る。

「姫様、笑い過ぎです。」

「だって………」

チラリとアルファライドを見て、またエスメラルダは彼の肩に顔を伏せて笑い出す。

ゴホンと咳払いをして、アルファライドが前方へと注意を促した。

「あれが、義伯父様のおうちね」

港湾部から市街地に抜ける目抜き通りの一番奥、通りの正面に建つ壮麗な城を見上げてエスメラルダはにっと笑った。



現王妃タレイアの母はこのメルルーサを含むアライアの領主、バルサザード大公の娘で現在の当主ヤンスガールはタレイアの兄にあたる。

バルサザード家は王都から海都メルルーサまでの大半を占める街道の運営や海運業者たちの統括、内海に関する国土防衛にまで関わっている。

準王族の家格であり、血脈が薄まったり途切れた場合は王家から養子という形で当主が入る。

現当主ヤンスガールとタレイア王妃の母の母、いわゆる祖母も王家から降下した女性である。

当主ヤンスガールはタレイア王妃とよく似た壮齢の美丈夫で一年の大半をこのメルルーサの城ではなく、王城で過ごしている。ヤンスガールがこの時期にメルルーサに必ず帰るのは、メルルーサに寄港するガラダ帝国の商船団を迎えるためである。

内海を挟み対峙するガラダ帝国は新興の国で近年若き皇帝アルハラルのもと勢力を拡大している。

資源に富み、珍しい文物も多く、ワールダーリ王国の主要な貿易相手国である。

そのガラダ帝国から一年に一度、皇帝の親書を携えた使節団を乗せて商船団がこのメルルーサを訪れる。

海上貿易に関して半鎖国状態の帝国から一年に一度だけ許された直接の海上通商。その他は陸路を他国を経過しての通商となる。



街の広場

エスメラルダは噴水の淵に腰掛け足をぶらぶらさせながらアルファライドを待っている。あどけない子供のフリをして大人達の会話に耳を澄ます。

「今年はやけに船団の規模がでかいな」

「ガラダの皇帝の気が内陸に向いててくれるうちに良い関係を結びたいもんだ」

「内陸側の制覇が終わったら海を超えて………」

「縁起でもねぇ!」

「だから、今のうちにうちとこの王様は皇帝と縁続きになりたいそうだぜ」

「今、未婚の王族の姫って言ったら、先代王の何だっけ一番下の姫か?」

「まだ赤ん坊だろ?」

「後はうちの殿様のところのエリルシア様か………」


「分かりやす過ぎますわ。義伯父様、庶民の方まで情報がダダ漏れ………」

「お待たせいたしました」

アルファライドがエスメラルダの泣き落としに負けて購入した屋台のポム飴を右手に戻ってくる。

「ありがと」

ポム飴を受け取って、アルファライドに抱き上げられる。

「何かありましたか?」

「ううん。何でもないわ」


ふっと陽光が翳り、アルファライドとエスメラルダは頭上を見上げる。

広場に切り裂くような悲鳴が上がった。

「竜だ!」

「うわぁ、降りてくる!」

隊列を組んだ竜騎兵が広場の中央に降りようとしていた。

人々は逃げ惑い、屋台の幌は羽風に巻き上げられ飛ばされる。

「姫様、こちらへ」

アルファライドは己の体で庇いながらエスメラルダを物陰へと導いた。

「あのこ………………」

訝しげな声を飲み込んでエスメラルダは大人しくアルファライドのマントの影にすっぽりと収まる。

竜達は騒がしい広場の様子にも動じる事なくジッと背の主人と共に不動の状態で号令の降るのを待っている。


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