9 折衝②
バーコードンがワタルの方を向いて困った顔をした。ワタルはニャムニャに尋ねた。
「ニャムニャム商会さんの帳簿では、どのように処理されるのでしょうか」
「そうですな。最初の代金受け取りを『預かり金』として処理して、後日別途納入する物品代と相殺するのが一つの手ですな。あとは、最初の消耗品調達の契約後に一筆いただいて、契約上の調達物品を別の物に変更するという方法もありそうですな」
「承知しました。ちなみに、徴税官吏は、そのような処理をした場合、役所側の会計処理に疑問を持ちそうでしょうか」
「うーん、まだ帝国の徴税は1回しか経験してませんが、その時の雰囲気だと、金や物の流れが正しければ、その背景は問わないという感じでしたな」
ニャムニャは、肉球のある可愛い手をこめかみに当てて、思い出しながら話す。
「実際、うちの商会は占領初期の統制経済下で闇物資の売買を行っていましたが、徴税官吏から闇売買自体を咎められることはありませんでした。まあ、そういった態度はミャウミャウ共和国時代の徴税官吏と同じかな。あ、失礼、この国名を言うのは御法度でしたな。忘れてください」
良かった。この世界の税務当局も、納税額に影響がなければ、納税者の契約相手側である役所の会計処理には口を出さないらしい。
ワタルは笑顔でニャムニャに言った。
「承知しました。それであれば、ニャムニャム商会さんの帳簿で先ほど仰られた処理をしていただいても、こちらとしては問題ございません。一筆お渡しする場合は、担当者レベルのメモになってしまうかもしれませんが」
「まあ、それでも一筆もらえるんであれば、ありがたいですな。そうしますと、先ほどのご提案について、我々ニャムニャム商会としては特に問題ありません。ですが、一つだけ教えてください」
ニャムニャが鋭い目でワタルたちを見て聞いてきた。
「ここまで慎重な手を使って、調達する予定の物は医薬品や食料品に衣類、あと玩具でしたっけ……一体何をされるおつもりなんですか。こちらとしてもリスクのある取引に手を出すんです。正直に教えていただけませんかな」
少しの静寂の後、バーコードンが答えた。
「……この街で困っている子どもたちに、何か少しでも援助できないかと考えている」
それを聞いたニャムニャは立ち上がり、全身の毛を逆立てて怒った。指先の鋭い爪が剥き出しになる。
「この街を、この国を破壊した帝国の手先が、子どもたちに援助したいだと? ふ、ふざけるな……偽善にもほどがある! 帰ってくれ!」
バーコードンもセミロンも何も言わない。ニャムニャの気持ちを考えると、何も言えなかった。それを見て居たたまれなくなったワタルは、立ち上がってニャムニャに話した。
「ま、待ってください。確かに偽善かもしれません。ですが、この2人の気持ちに偽りはありません!」
ワタルは、バーコードンの顔を見た。
「バーコードン補佐は、子どもの頃、帝国によって家族を、そして祖国を失いました」
ワタルはセミロンの顔を見た。
「セミロン係長も、戦争でお兄様を失っています」
ワタルは、ニャムニャの目をまっすぐ見つめた。
「帝国職員という立場上、表立って動けませんが、文字どおり命を、魂を賭けて、この街の子どもたちに少しでも何かしてあげたいと思って、今回のご相談をさせていただいたんです。どうか、どうか、引き受けてもらえないでしょうか」
そう言って、ワタルは深々と頭を下げた。