8 折衝①
翌日、バーコードンとワタルは一緒に出勤した。セミロンは寝坊したのか、始業のチャイムと同時に部屋に滑り込んできた。バーコードン曰く、よくあることらしい。
3人は午前中に急ぎの雑務を手分けして処理することにした。
ワタルは、翻訳石のおかげで言葉は分かるが、文字が読めないし、書けない。業務は、紙の書類のほか、タブレットのようなものを使って行っているようだ。
どうしようかと考えていると、セミロンが青色のメガネと、ヘッドセットのようなものを持ってきてくれた。
「ごめんなさい。忘れてました。この翻訳水晶と声換石を使ってください」
ワタルが翻訳水晶と呼ばれた青色のメガネをかけると、この世界の文字が日本語に見えた。
また、声換石と呼ばれたヘッドセットのようなものを頭につけて、マイク部分の青色の石に話すと、タブレットのようなものに自動で文字が入力された。これは便利だ。どういう仕組みなんだろう。
ワタルは、これらの道具を使って簡単な入力作業を手伝うことができた。
午後、庁舎内の食堂で食事をとった3人は、荒廃した街に出た。ミャウ族の大多数は、ワタルたちを気にしていない様子だったが、遠目に睨んでくる者もいた。
「ここだ。ニャムニャム商会だ」
大通りから一本裏手の路地の掘っ立て小屋。バーコードンの案内で小屋の中に入った。間口は狭いものの、奥行きはかなり広い。
小屋の中では、応接セットにグレーの毛並みのミャウ族が1人座っていた。3人に気づき立ち上がる。
「バーコードンの旦那、急にどうしたんですか?」
「ニャムニャさん久しぶり。ちょっと相談したいことがあってな。いいかな?」
「どうぞどうぞ、皆さんお掛けください」
3人は、奥からセミロン、バーコードン、ワタルの順にソファーに座った。向かいにニャムニャと呼ばれたミャウ族が座る。
ネコが服を着てしゃべっている。ワタルにはおとぎ話のように感じてしまい、興味津々でニャムニャを見てしてしまった。向こうがそれに気づいたようで、ワタルに話しかけてきた。
「その服装は、もしや帝国の召喚職員ですか? 初めてお会いしましたよ。私の姿は珍しいですかな?」
「い、いえ、ジロジロ見てすみません。ミャウ族は皆さんとても可愛らしく見えてしまいまして」
「ははは、そんなもんですかな。私から見ると、あなたさんの魂が顕現した姿も相当可愛らしいですよ。別世界ではさぞ心の美しい方だったのでしょうな。ところで今日はどうされたのですか?」
ニャムニャが話を変えて聞いてきた。バーコードンが周りを見回し、誰もいないことを確認してから小声で説明し始めた。
「実は、折り入って一つお願いがあってな。ニャムニャム商会には、いつも急な物品調達でお世話になっているところだが、こっそり調達したい物があってね」
「はあ、どういった物で?」
ニャムニャは、「こっそり」という言葉を聞いて警戒しているようだ。バーコードンが続ける。
「今のところ、医薬品や食料品の他、衣類、玩具等を想定しているんだが、色々あって正規の手続では調達できなくてね。そこで、他の消耗品を調達する体で契約して、代金を支払うんで、その代金で別途それらを調達してもらえないかと考えていてね」
ニャムニャは腕組みをして考えている。真剣なはずだが、どうしてもワタルにはその姿が微笑ましく感じてしまう。ニャムニャが口を開いた。
「……なるほど。ただ、こちらの帳簿上は、徴税の関係で金や物の流れに嘘はつけませんが、よろしいのですかな?」
ニャムニャの質問を聞いて、バーコードンがワタルの方を向いた。