4 初登庁
部屋に窓がなかったため時間はよく分からなかったが、ワタルは目が覚めた。
部屋の照明をつけると、昨晩に用意してくれていたサンドイッチのようなものとオレンジジュースのようなもので朝食をとった。どちらも美味しい。
シャワーを浴びた後、新しく用意されていた下着と燕尾服のようなものに着替え、翻訳石とやらをポケットに入れる。
部屋の入り口は外から鍵が掛けられているようで、開けてもらうのを待つしかない。退屈だ。
しばらくすると、ドアが開き、女性が迎えに来てくれた。
部屋を出る前に、女性から一つ注意された。
「昨日お聞きになった内容については、決して誰にも話さないでください。この庁舎内は敵でいっぱいです。バレれば殺されます」
恐ろしい話だ。ワタルは女性に何度も頷いた。
女性の案内で廊下を進む。かなり大規模な建物のようだ。歩きながら、ワタルはちょっと気になっていたことを聞いた。
「あの、すみません、あなたや、あの男性のお名前は何というのですか。あと、どういったお仕事をされているのですか」
女性が歩きながらにこやかに答えた。
「あ、すみません。自己紹介していませんでしたね。私は第36区長官官房会計課の庶務係長をしています、セミロンと言います。あの男性は、同じ庶務担当のバーコードン課長補佐ですね」
セミロングの髪型でセミロン、バーコード頭でバーコードン。偶然の一致なのだろうか。ワタルは思わず吹き出しそうになった。セミロンが不思議そうな顔をした。
廊下ですれ違う人々を観察する。白人、黒人、アジア人のような様々な肌の色の者の他に、緑やピンク、漫画で見たエルフやドワーフのような人もいる。帝国には様々な種族がいるらしい。
職員と思われる者は、基本的にスーツを着ていて、一部の職員が様々な色のマントを着けている。おそらく管理職が階級別に身に着けることになっているのだろう。
ワタルのような燕尾服姿の者は見かけなかった。通り過ぎる職員からの視線を感じる。どうやら任期付召喚職員は珍しい存在らしい。
「ここが会計課の部屋です。どうぞ」
セミロンの先導で、ワタルは執務室に入った。大部屋で、30人ほどが忙しそうに働いている。はじめに、会計課長の席へ挨拶に行った。
会計課長は、黒人の大男だ。赤色のマントを着けている。セミロンがワタルを紹介した。
「こちらが任期付召喚職員のワタル会計指導官です。今日から庶務係の会計業務改善プログラムの指導助言を行ってもらいます。召喚後の採用手続は、当方で処理しておきます」
「うむ。会計課長のノッポリンだ。キミの会計事務スキルには期待しているよ。よろしくね」
どうも公式には「高度な裏金作りのスキル」ではなく「高度な会計事務のスキル」で召喚されたことになっているらしい。
って言うか、大男だからノッポリン? 翻訳石の調子が悪いのだろうか。笑いを堪えるのに必死だ。
ワタルは何とか会計課長のほか各係に挨拶を済ませると、セミロンに連れられて庶務係の隣にある小さな会議室に移動した。会議室では、バーコードンが待っていた。
「お疲れ様でした。ワタルさん。それでは例の件について、さっそく打ち合わせしましょうか」
会議室のドアを閉めるとセミロンが笑顔で言った。