12 裏金の使途
魂砕刑を目の当たりにしてから3か月が経ったある日、ワタルたちはニャムニャム商会を訪れていた。
「無事、全額が帝国銀行から振り込まれていましたよ」
掘っ立て小屋のソファー。ニャムニャが帳簿を指差しながら説明した。ワタルが翻訳水晶をかけて見る。確かに予定どおりの額が振り込まれていた。
「何とかここまで漕ぎ着けられました。ありがとうございます! まだ少額ですが、少しずつ進めていきたいと思います」
ワタルは、頭を下げようとしたが、慌てて止めた。ニャムニャを見てニッコリと笑った。
ワタルたちは、慎重に慎重を期すため、消耗品全額を架空発注して裏金にするのではなく、消耗品の調達数量を一部増やす形で契約して、実際の納入数量との差分に相当する金額を裏金として預けることにした。
もはや『預け』と言えるか怪しいが、背に腹は代えられない。
「いきなりニャムニャム商会との取引額が増加したり、理由なく消耗品の調達数量が大幅に増加するとマズいですので、庶務係の会計業務改善プログラムを理由にして、少しずつ増やしていく予定です」
ワタルはそう説明した。庶務係の会計業務改善プログラムの一環で、第36区の業界団体とのヒアリングや各種会議、実態調査を行うことにしたのだ。
会議や調査に使用する消耗品の数量を多めに見積もって発注するなどして、その一部を裏金に回す予定だ。塵も積もれば何とやらだ。
今後の大まかな方針を確認した後、今度はニャムニャがワタルたちに説明し始めた。
「うちの商会から直接物資を援助すると色々厄介ですので、今回、新たに人的・資本的関係が分からないように設立したミャムミャム財団を使って援助を始めています」
「旦那方の指示でその財団に納入し、その財団が子どもたちへの援助を行うという体裁にできればと考えていましてね」
そう言うと、ニャムニャが2枚の紙をテーブルに広げた。「支援物資の援助に係る協定書」と「納入先指示書」という題名だ。
「こちらは庶務係と財団との間の協定書で、こちらが当商会から財団への納品を庶務係が指示する書類となっています。サインをお願いできますでしょうか?」
ニャムニャの求めに応じて、セミロンが署名し、持参していた職印を押した。本当は公印を使いたいところだが、公印の管理は厳しい。次善の策だ。
「ありがとうございます。それでは、まだ時間もありますし、援助の現場を見に行きませんか? まだ始まったばかりですがね」
「是非とも!」
ニャムニャの提案に、ワタルたちは即答した。
† † †
街はずれの元学校、今は単なる広場になっている場所に着いた。ミャウ族を刺激しないよう、遠目で広場内を見る。
広場の手間では、ミャウ族の子どもたちがネズミのような生き物を描いたボールを追いかけて遊んでいる。
広場の奥では、炊き出しが行われていた。冷製スープのようなものが希望者に配られていた。ミャウ族はやはり猫舌なんだろうか。
広場の右端には掘っ立て小屋が建てられていて、中で診察や治療が行われていた。ベッドも何床か備えられていた。少ないながら医薬品もあるようだ。
また、その隣には、いくつかテントが設置されていて、子どもたちが何人か暮らしているようだった。
その光景を見て、バーコードンは目頭をハンカチで押さえていた。セミロンは、笑顔で何度も頷いていた。
ただ、この規模を見ると、どう見ても現時点の裏金では足りないような気がする。貨幣価値がだいぶ違うのだろうか。ワタルがニャムニャに聞いた。
「すみません、私はまだこの世界の貨幣価値がよくわかっていないのですが、捻出した資金以上のお金がかかっているような気がしまして……」
ニャムニャが笑いながら答える。
「旦那の仰るとおり、受け取った資金では到底足りませんな。ですが、ミャムミャム財団の活動に賛同して、多くの人々から資金提供を受けることが出来ました。旦那方の資金・物資が呼び水になったんですよ」
ワタルの足下に、ボールが転がってきた。ミャウ族の子どもたちは、帝国職員、しかも珍しい任期付召喚職員の燕尾服のような服装を見て、怖がって近づいて来ない。ワタルはボールを拾うと、子どもたちの所に歩いて行った。近くにいた小さな子どもの前に行くと、しゃがんでボールを渡した。
「はい、どうぞ。みんなで仲良く遊んでね」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
小さな子どもがニッコリ笑った。よく見ると、左の手首から先が無かった。その子は、ボールを右手と左腕で受け取ると、他の子どもたちと遊びに戻った。
ワタルは立ち上がり、バーコードンたちの方へ振り返った。我慢しようと思ったが、あふれる涙を抑えられなかった。
「僕、この子たちのために、もっともっと頑張ります」
バーコードン、セミロン、ニャムニャが同時に頷いた。3人とも目に涙を浮かべていた。
続きは明日投稿予定です。




