10 一生のお願い
ワタルはニャムニャに頭を下げた後、この世界には「お辞儀」がないことを思い出したが、誠意は通じるだろうと思い、頭を下げ続けた。
ワタルが深々と頭を下げたのを見て、ニャムニャの毛の逆立ちがなくなった。鋭い爪も見えなくなった。かなり動揺しているようだ。
ニャムニャがワタルに聞いた。
「お、お前、その意味が分かっているのか?」
「ご無理を承知でお願いしています!」
ワタルは「その意味」という趣旨がよく分からなかったが、とにかく誠意を伝えようと、そう言った。
ニャムニャは、少し考えて、ため息をつくと、ワタルに言った。
「顔を上げてくれ。まさか帝国職員、しかも召喚職員に『授命』されるなんて思ってもなかったよ……」
ワタルはゆっくりと頭を上げた。ニャムニャの顔を見る。ニャムニャはもう怒っておらず、苦笑していた。
ニャムニャは勢いよくソファーに座った。ニャムニャに促され、ワタルもソファーに座った。
ニャムニャは、ネコが顔を洗うポーズに似た動作を何回かした後、笑顔でワタルたちに言った。
「旦那方が本気だということは、良く分かった。まあ、考えれてみれば、帝国の金で街の皆の手助けができ、かつ商売にもなるっていうのは、痛快かもな……交渉成立だ」
そういってニャムニャは笑った。立ち上がり、ワタルに右手を差し出した。ワタルは両手でニャムニャの手を握った。ニャムニャの手は肉球がプニプニしていて、幸せな気持ちになった。
† † †
「ワタル君、フォローありがとう。助かったよ」
ニャムニャム商会からの帰り道。バーコードンがワタルにお礼を言った。ワタルは恐縮しながら答える。
「いえ、すみません。出過ぎた真似をしてしまいました」
「いや、ワタル君のあの言葉がなかったら、計画が頓挫するところだったよ……そういえば、ニャムニャさんが言ってた『授命』って結局何だったんだ? ワタル君の世界にも頭を下げる文化があるようだが、ミャウ族の間では何か特別な意味があるのかな」
バーコードンの疑問にセミロンが笑顔で答える。
「あれ、ご存じなかったのですか? あの頭を深々と下げるポーズは、ミャウ族の間では『授命』と呼ばれていて、いわゆる『一生のお願い』の最も強いバージョンですね」
「首を差し出してお願いするという趣旨でして、相手がお願いを断ったら、自ら首を切って死ななければなりません。ミャウ族の間では非常に強力な規範でして、一種のタブーになっています」
「へ?」
ワタルは、思わず変な声を出してしまった。セミロンが続ける。
「もし、ニャムニャさんがワタルさんのお願いを受け入れることができなければ、我々はあの場で自ら首を切らなければなりませんでした。それができなければ、3人ともニャムニャさんの鋭い爪で首を切られて殺されていたはずです」
セミロンがキラキラした目でワタルを見た。
「私はワタルさんの度胸に感服しました」
「は、はは……」
セミロンの尊敬の眼差しを受けながら、ワタルは笑うことしかできなかった。ニャムニャさんがお願いを受け入れてくれて本当に良かった。
† † †
その晩、バーコードンの居宅のダイニング。ワタルはバーコードンが作ってくれたゲルングルンとパンのようなもの、あとリンゴのような果物を頂いた。
バーコードンのゲルングルンは、スパイスが効いていて、カレーのようだった。
確かセミロンがゲルングと呼んでいた肉は、この前食べたものと違ってホロホロとした食感だ。美味しい。
「これで業者のめどは立った。あとはどうやって契約手続を進めるかだな」
バーコードンがパンのようなものをゲルングルンに浸しながら言った。ワタルが応じる。
「そうですね……そういえば、こちらの世界では入札が原則なのでしょうか。随意契約の場合も、複数の見積もりを徴取する必要があるのでしょうか」
ワタルの問いに、バーコードンがパンを食べながら答えた。
「そうだな。原則は入札で、随意契約の場合も複数見積が要求されている。ただ、第36区は占領後1年程度なんで、暫定的に随意契約の上限額が引き上げられている。また、見積もりもやむを得ない場合は1者でいいことになっている」
「それは有り難いですね。ただ、あまりやり過ぎると監査で目立ってしまいます。最初はソロリソロリと進めることになりそうですね」
「そうだな。まあ、明日また皆で相談するか」
「承知しました。ところで、このゲルングルンに入っているゲルングって、どういうものなのですか」
「ああ、今日のはゲルングじゃなくて、ゲルンゲにしてみたんだよ。美味しいだろ」
「は、はい。とても美味しいです」
さらに謎は深まったが、ワタルは疲れていたので、それ以上聞かなかった。
続きは明日投稿予定です。




