1 夢か現か幻か
某役所の会計課に勤務する松本渉は、元来の真面目さと優しさが災いして、上司から様々な不正経理を強要されていた。
不正経理で捻出した裏金は、幹部の懇親会等に使われた。
世のため人のために仕事ができると思い公務員になったのに、どうしてこんな私利私欲のために仕事をしないといけないのか……ワタルの心身は日に日に蝕まれていった。
ある晩、ワタルがふと目を覚ますと、自宅寝室の宙に浮いていた。
不思議な夢だなあと思いつつ、辺りを見回す。真下のベッドには、自分が布団の中で寝ていた。少し顔色が悪い。そうだよな、この年度末、心身ともに疲れ切っている。
ベッド横の窓の外を見ると、とても暖かい、気持ちが落ち着く光が見えた。なんとなくそちらへ行こうという気になった。
その時、窓の反対側にあるドアの向こうから男女の声が聞こえた。
「お願いだ、助けてくれ!」
「どうか、お願い、あなたしかいないの。こっちへ来て!」
声だけなのではっきり分からないが、男性は年配のようで、女性はかなり若そうだ。
ワタルは最初その声を無視して窓の外の光に向かって行こうとしたが、優しい性格が災いし、ついつい答えてしまった。
「どうしたんですか? 何かの助けになるなら、そちらへ行きますけど」
ワタルが答えた途端、ドアが開き、ドアの向こうに吸い込まれてしまった。
† † †
ワタルは、男女の声で目を覚ました。外国語で話しているようで、何を言っているか分からないが、その雰囲気からして大層喜んでいるように思えた。
辺りに白煙が充満していてよく見えないが、漫画で出てくるような魔方陣の中心の祭壇に寝かされているようだ。黒色の布を体に掛けられている。
白煙が落ち着くと、50代後半と思われる男性と、20代くらいの女性が祭壇の脇に立っていた。
男性は大柄でバーコード頭の丸顔。スーツに何故か白いマントを着けている。女性は小柄でセミロングの髪型にスカートのスーツ姿。こちらはマントを着けていない。
男性は日本人のようで、女性は白人のように見える。
女性がワタルに丸く青い宝石を見せた。手に取るようジェスチャーで促される。ワタルは祭壇から上半身を起き上がらせて、青い宝石を受け取った。
「私の言葉は分かりますか?」
突然、女性が日本語で話し始めた。
「は、はい、分かります。あ、あの、ここは一体……」
ワタルは女性に聞いた。女性が笑顔で答えた。
「詳しい説明は後ほど。先ずは服を用意しますね」
ワタルは黒色の布を持ち上げて自分の体を見た。裸だった。しかも、いつもより明らかに華奢だ。慌てて周りを見回すと、向こうの壁に鏡があった。そこには見たこともない少年が映っていた。
† † †
ワタルは、女性が用意した燕尾服のようなものに着替えた。鏡に映るのは大層な美少年で、服も似合っている。自分が自分でないようで不思議な感じだ。
その後、女性に促されて、祭壇のある部屋の隣の小部屋に移動した。部屋の中央には長机と椅子があり、ワタルは手前に座る。向かいには、先ほどの男女が座った。
ワタルが尋ねた。
「あ、あの、一体何が起きてるのか分からなくて。ここはどこなんですか? あと、私がいつの間にか知らない子どもの身体になっているのですが」
「混乱されるのも仕方ありません。これから順を追って説明しますね」
そう言って女性はニッコリと笑った。