孤独の小匣
夢のまにまに
常世の唄が海鳴りとなって…
昼なお暗し昼行燈
腐りかけの木の匂い
かびの香り
今度はどんな魔術に罹るんですか?
遠い國から来た旅人は
外灯の下で煙草を吸って
風の匂いを嗅いでいる
格子戸の間から
血まみれの包帯が垂れている
美しいお嬢さんの焼けただれた横顔もまた
悲しかろ
宿場町には
孤独が涙を流しながら歩いている
旅人も立ち止まっては
乙女に寺山修司の本を手渡している
宿場町は郷愁が詰まっている瓶底の街
外灯の灯りが灯るまで
人の気配のしない死んだような宿場町には
年寄だけが町の秘密を語り継いでいる
小鬼が窓から桜の花びらを撒くのは
何時の事でしょう
冬の路地では
子猫が丸くなって
世界の哲学を説いている
ありのまま
シュルレアリズムの蔵では
時計の針はさかさまに廻って
人が天井を歩く
怪人赤マントが女子トイレの中で
夢や希望を説いている
そんな夢があってもいい
旅人は夢人に世界の秘密を
小匣に入れて渡した
小さな獏の人形が入ってゐる
孤独を感じる風景が好きです
クラスの作文にそう書きこんだのは
どうやら僕だけだったようで
戀の甘酸っぱさや
切なさは
まだ知らない蕾の頃
旅人になる頃には
心にぽっかりと深い穴が開いていて
孤独とは
自由になることだよと
宿場町の辻占婆に教えてもらった
沖合ではきらきらと
夕陽が煌めいている
秋のかたまりは
ただ侘し気に夏を想う
恋なんて忘れていて
貧民街には懐かしさが匂う
洗い立ての洗濯物からは
シャボンの香り秘密の麝香
懐かしい通りは
いつも迷宮の残り香
どの家からも線香の香りが漂う
旅人は紙風船を
小さな女の子にあげて
少女を攫おうとして
旅人の正体は
怪人黒マントなのだ
ただ旅をせよと
秋は夏の首をただ優しく絞めるだけ
暖簾の様に
部屋には首をくくる紐だけが
つるさがっていた
警察よりも早く鬼やらいがやってきて
奥の座敷に何か居ると
規制線の内側に入って行く
夜はただ遠くの犬の遠吠え
あの格子窓から寂しげが顔を覗かせて
あの草原に行けば
人生を知るだろう
赤の他人の夕飯の匂い
いつまでノスタルジックな夢に溺れているのですか
気が付くと風呂場でおぼれかけていた
いい夢を見ていた
時計が逆さに廻って
世の中の不条理がまことになるように
壁にはヒトデが這っていて
通りの向こうには
アメフラシが
のそのそと
人の魂を求めて歩いている
古い家の木の匂い
夏は夕立で家は軋み揺れる
遠雷、朝顔、陽炎、入道雲
雲水さんが幼子から托鉢を貰っている
カキ氷屋さんの店主は野球中継ばかり見ている
故郷はゆっくりとした刻が流れている
木に覆われた家では幽かな線香の香り盂蘭盆会
もうそんな季節になりましたか
夏は亡くなった人の似あう季節
黒猫はこの町を歩む
夏になると雨の匂いを鼻で感じている
旅人はコートの中から
小さなお地蔵様を取り出して
小さな子を亡くして泣いている家の前に置いてゆく
雲水様が入道雲を追いかけて歩いている
もしも君が大事ななにかを失くさないように
旅人はいつだって運命論から輪廻を外す準備は
できている
明日は何処へ行こう
旅人の気分は風見鶏みたいに気ままなもので
夢の後みたいに星屑がキラキラと昭和硝子越しに
近くの神社では船町を守る伊弉諾尊が
闇に近づいてはいけないよと
子供達の遊ぶ通りに赤い紅葉を散らす
夢人は屋根の上で獏の胎を撫でている
青い空に明日を托して雲水さんも歩いている
古い町が僕を呼んでいる
背中を押す黒い影は
懐かしい神社で逢ったあの狐面の…
風が人を呼び宿場町の片隅に旅人が
マッチを擦ると懐かしい人を想い出す
夢人は枕元に立って
いい香りの金木犀を置いていきました
洗面台に落とした目玉を探して
今日もさめざめと泣いております
私は此処だよと
夢の後先
船町にお祭りのお知らせ
日本家屋の影も
因果論を唱えながら
酒を楽しみにしている
風が哭く海が騒ぐ
押し入れの中の真っ白な貝殻が
娘の小指を抱きながら
今年も鎮魂歌を唄う季節になったと泣いている
切なくも悲しい魑魅魍魎たちが
ベンガラ提灯の裏で
運命の儚さを嘆いている
亡骸を弔う祈りを
旅人におなりなさい
凡てを知る辻占の御婆が云っている
夢は凡ての旅人のコートの中に帽子の中に
小鬼は宿場町の闇に潜み
日本家屋の影はいつも闇の運命論を説いている
賽の目は弌
巳年の女は辛酉の生まれ年
墓場に入ってから新しく産まれ直した揺籃
あの子守歌はいつまでも海辺の貝殻が唄っている
夢の後先
ポケットの中の蛍石が
夢幻を説いている
やがて君もと
お風呂場に転がった蛍石の隣の恒久が
老婆の皺を褒めそやかす
夢みたいに
いつまでも
星々が堕ちてきて
母の胎から産まれたみたいに
揺り籠で揺れるその横顔に
石は囁く
旅人になりなさいと
夢と浪漫は
あの夢灯籠の黒い影の心理の中に
夢のまにまに
常世の唄が海鳴りとなって…
昼なお暗し昼行燈
腐りかけの木の匂い
かびの香り
今度はどんな魔術に罹るんですか?
遠い國から来た旅人は
外灯の下で煙草を吸って
風の匂いを嗅いでいる
格子戸の間から
血まみれの包帯が垂れている
美しいお嬢さんの焼けただれた横顔もまた
悲しかろ
祖父の蔵の中の写真の中
顔を黒く塗りつぶしされた人がいる
蒸発した叔父
物書きをしていたという叔父
部屋中の原稿用紙に血糊をまき散らし
病を抱えたまま何処かへと影くらまし
丁度桜の頃
部屋は鮮血と櫻の花びらで凄惨な有様だった
お元気ですか
貴方の影がぼんやりと佇む部屋に
今では甥が立ちます
この蔵の中で神隠しの子が見つかった
随分昔に酒蔵に使われていた古びた蔵の中で
酒蔵息子が世を儚んで首を括ったといういにしへの…
お祭りになると蔵には雪洞が下がり
人々の大漁の舞い
今ではその面影は薄いけれども
まだ踊っています
まだ踊っています
風と共に
過去と共に
いつまでも
旅人も笑う
古い舟町に闇潜む
年寄は古い呪文を唱え
家と家のすき間には常世の者が棲む
近くの神社には人の言葉を分かる鬼がいて
人間の愚かな矛盾を問うている
此処は刻が立つのが遅い
柱時計はゆっくりと時を刻み
船町の海鳴りは唄う
ベランダに干してある洗濯物の中に
黒い影が混ざって至って妙ではないだろ?
ひたひた足音が廊下に聞こえる
此処は誰もゐない宿場町という迷宮
懐かしい唄が聞こえてくる
でも振り返っちゃいけない
過去という名の鬼が追いかけてくるから
秋風に乗って空を巡る旅人は
ひたひたこの古家の廊下をはだしで歩く
踝のところが見えたと
ぱっと虹色のコートをひるがえして
消えてしまう
祭りの夜には神様とタップダンス
お遊戯会の操り人形には藁人形を
小指に巻いてある赤い糸を切ってほくそ笑む老婆
竹藪の中の家には包帯だらけの娘
全部、学校の教科書には載ってないこと
今日も音楽室ではベートーベンが泣いている
永遠に夏が終わらないように願って
提灯の裏の狐に挨拶をするのだ
神社で遊ぶ子は神隠しに
そして祭りの夜にひょっこり帰ってくる
夏の呪文はラムネの瓶の中に
空は何処までも青くて夢は幻
泡沫の唄を唄う頃
あなたは蔵の裏の人魚と逢瀬を重ねている
糸をつむぐ指に絡みつく輪廻の赤い糸
曼殊沙華を赤いヒールに一輪挿し
古匣の中に隠した骨は
夜になると海の唄を唄う
夕べ見た夢
菓子折りの中の和菓子が仄かに輝いていた
丁度友引の日だった気がする
喪服の人々が列を作って映画館に入って行く
寺山修司の田園に死すが上映されるらしい
私は宿場町の朝の道を歩みながら
朝帰りというものがしてみたい
と思っていた
すると
小人の父親が袖を引っ張って
首を横に振るのだ
風が吹けば旅人はやってくる
夢見がちな気分のままで
コートの中に隠していた風をびゅうびゅう吹かせると
街は凍えるようにため息をつく
あそこの墓場で黒猫が鳴いている
秋は寂しんぼ
夕暮れ時を待って
あめふらしが人の魂を盗んでゆく
タケヤブヤケタ
謎の暗号文が電柱に貼ってあるから
私は布団の中
夢の後先
ポケットの中の蛍石が
夢幻を説いている
やがて君もと
お風呂場に転がった蛍石の隣の恒久が
老婆の皺を褒めそやかす
夢みたいに
いつまでも
星々が堕ちてきて
母の胎から産まれたみたいに
揺り籠で揺れるその横顔に
石は囁く
旅人になりなさいと
夢と浪漫は
あの夢灯籠の黒い影の心理の中に