7 エルとウリケル
続きです。
宜しくお願い致します。
ウリケルが新たに杖で指し示した土の中からエルが取り出したのは、半透明の綺麗な石?だった。いや、石では無いだろう。それは半透明の綺麗に磨き上げられた球体で、光の当たり方により様々な色に輝く不思議な物体だった。
重さや手触りは冷たくまるで石の様で有りながらそうでは無い不思議な質感で、石の一種とも思えるのだが如何せんここはど田舎の辺境だ、エルは宝石や鉱石など見た事も聞いた事も無いしその様な存在も知らないし興味も無かった、なので綺麗な石としか表現がする事しか出来ないので有った。
「わー綺麗ー!」
エルが石を持ち上げると太陽の光の反射により色が変化して見える不思議な石だった。表面は丁寧に球状に磨き上げられているが、その内部には様々な形状の幾何学模様が有り、その模様が太陽の光を反射させていたのだった。
「石の中に何か有ってそれが光っているのかな?」
例えるなら宝石をより見映え良くするために施すカット技術を半透明の球体の中に施したとしか思えない、とても高度な技術を更に超越した技術力で有ったのだがエルは綺麗な丸い石としか思っていなかった。
「不思議な丸い石?」
太陽に翳しながら石の向きを変えると次から次へと反射する光の色が変わる。それはエルの髪の毛の色と相まってエルの回りには様々な色の光が乱舞していて、そこだけがどこが別の世界の様に光が舞踊っていた。
「……」
「師匠何ですか?」
ウリケルが何か言ったのだが、エルは光る石に見惚れていたので聞き逃してしまっていた。
「……」
「≪叡知の結晶≫?」
また難しい言葉が出てきたと少し顔をしかめるエル、だが幼児が取る行動なので可愛い仕草でしか無い事に本人は気が付いていなかった。
「……」
「≪理の実≫?でもこれって石ですよ。実ってベリーとか果物の事ですよね?」
しかも師匠が可怪しな事を言い出した。石なのに実とは…師匠はお年寄りだから目が悪いのかなと、少し…いや大変失礼な事を思っていた。
「……」
「そう言う名前で果物じゃ無いって事ですか?」
食べられないのに実と呼ぶ事には、違和感しかない。ど田舎の辺境では食事を食べられる事が非常に重要になってくる。その中でも甘味は贅沢品で、森や草原で採れる果物類は老人から子供まで村人全員の大好物だ。
「……」
「何だ食べられない実なのか…」
見た目や手触りは石なのに実と呼ばれるので実と言うので有れば食べられるのかと少し期待をしていたのだが、食べられないみたいなのでその落胆の度合いは大きい。
「……」
「えっ…食べられるの?でもこれって石ですよ!」
しかし何とこの実?は食べられるのだとか…。でも、やはり見た目も手触りも石のそれに近くどう見ても石の一種では有るのだが…。
「……」
「えっ、口で食べるんじゃ無くて、身体で吸収する?」
口では食べない…身体で吸収するとは?身体には物を食べられる様に口とかは無い筈なのだけど…?師匠はお年寄りだから少しボケているのかな?そんな失礼な事を再び思うエルで有ったが、口には出さない。
「……」
「この≪理の実≫を胸の前で持って吸収する様に念じる?師匠、吸収する様に念じるって何ですか?」
今日は難しい言葉を沢山使う日だな、もう疲れたよ…。エルは内心そう思ってはいたのだが、何やら変わった事を始めるみたいなので好奇心の方が勝ってしまっていた。
「……」
「吸収は身体に栄養として取り込まれる?念じるがそうなる様に強く思う事?解った様な解らない様な…とにかくやって見れば良いですね!」
エルは悩む素振りも見せずウリケルに言われた通りに、行動しようとする。ウリケルはそんなエルを見て少しは疑う事の必要性を説いてみたのだが、師匠が弟子を騙す筈は無いと言われてしまっては返す言葉も無い。
「……」
「この石を胸の前で持って、吸収する様に念じる……」
エルは不思議な石を胸の前で持ちながら静かに目を閉じて、理解はしていなかったが師匠になったウリケルの言う通りに理の実を吸収する様にと心の中で強く思ってみた。
「………」
するとエルが持っていた筈の理の実はエルの手を離れフワフワと宙に浮きながら、エルの胸にゆっくりと吸い込まれる様にして消えていった。
そしてエルは突然その場に倒れ込んでしまった。当然エルの記憶もそこまでしか無く、その後の事は全く覚えてはいなかった。
「エルッ!」
少し離れた所でエルの様子を窺っていたエルの兄リスターは、慌ててエルの元へと駆け寄った。突然倒れ込んでしまったエルの頭を抱き抱えた所で、リスターは一瞬意識が遠退く感覚に襲われたがそれはほんの一瞬の事だったので、気が付いた時にはエルの頭を自分の膝の上に載せてエルの名前を何度も呼んで居たのだった。
「エルッ!エルッ!目を覚まして!エルッ!」
普段大人しく落ち着いた雰囲気で余り大声を出す事の無いリスターの挙げる切羽詰まった様な声を聞いた事で、初めて回りの村人達は異変に気が付いた。それこそ比較的エルの近くに居た筈のエルと歳の近い子供達は全くこの状況には気が付いていなかったので有る。
「エルッ、リスター!」
騒ぎを聞き付けた村人が呼んだのだろう、母エリーナと姉のジゼルが駆け付けてきた。先程までリスターに膝枕をされていたエルはエリーナに抱き抱えられている。
「エルッ、エルッ!」
顔色は良くないが呼吸も安定しているし、体温も幼児特有で少し高めだが高過ぎる事は無い。一見顔色が悪いだけで眠っている様にしか見えない。しかし意識は無く、呼んでも反応が全く無い。
「リスター何が有ったの?何故エルが倒れたの?」
エリーナは五人の子供を産んだ母親だからだろうか多少焦った様子は有るが理性的で話が出来るが、ジゼルはそうでは無かった。エルの名前を呼びながら、大泣きしている。自分が可愛がっている末っ子に起こった突然の異変に、とてもではないが冷静ではいられない。
「解りません、気付いた時にはエルが倒れていました」
リスターは有のままをエリーナに伝えたのだが何か違和感を覚えた。何かが有った筈なのにその事を思い出そうとすると、記憶に靄が掛かった様にその何かが思い出せないのだ。
エルの近くで作業をしていてエルの行動に違和感が有ったので、自分の作業をしながらエルを観察していたのにも関わらず、その時の記憶が抜け落ちてしまっていたのだ。しかし本人の記憶が抜け落ちてしまっているために、違和感に気が付けどもその違和感が何なのかが解らないので、奇妙な感覚の説明のしようが無かった。
「解りました今はこの子を連れて帰って休ませてあげましょう。皆さん済みませんが今日はお先に失礼させて頂きます」
「奥様、エル坊っちゃんお大事に」
「早くエル坊っちゃんを休ませてあげて下さい」
エルを抱いたエリーナはジゼルとリスターを連れて村の館へと帰って行った。
館に戻ったエリーナ達は、お手伝いのミケルナと共にエルを着替えさせてベッドに寝かせたが、エルの様子に変化は無かった。ジゼルがエルから離れるのを嫌がったために、リスターが村で一番薬草に詳しい村人の家へと走った。
もっと人口の多い村や町ならば医者が居たり教会が有るので医療の心得を持った者が居るのだが、ここは辺境のど田舎だ薬草の知識に長けた者が居るだけでもましな方なのである。そして薬草の知識が有ると言う事は、薬草を処方する必要が有るので民間療法程度の知識だか怪我や病気を診察する事が出来る。
殆どの村人は皆仕事のために留守にしているのだが、この村で一番薬草に詳しいフィスカ婆さんなら、薬草摘みは息子夫婦や孫達に任せて自分は家で薬草の下ごしらえや調合をしているので家に居る筈だ。そう思うとリスターの足取も、いくらかは落ち着き取り戻してフィスカ婆さんの家まで駆ける事が出来た。
リスターに連れられて館に来たフィスカ婆さんにエルを看て貰ったが、どこにも異常は見当たらない。
「フィスカさん、エルの様子はどうでしょうか?」
「奥様、エル坊っちゃんの呼吸も脈も正常、外傷も認められず体温も至って正常でどこも悪い所は無さそうさね」
「そうですか…」
いや、全てが正常過ぎるので逆にその事がより事態の異常さを物語っていたのだったが、フィスカはこの事をエリーナには伝えなかった。
もし、エルの置かれた状況を知らない者が今のエルの姿を見たなのら、エルがただ寝ているとしか思わないだろう。顔色の悪さを除くとエルの表情は穏やかでそして安らかそうな寝顔で有った。
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