32・エルとモルダルシェリュース
続きです。
宜しくお願い致します。
皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。
「………(あまり苦しめるのも可哀想だから、止めを刺してあげなさい)」
「はい、師匠!」
ウリケルさんに言われて、小剣を構えた僕は慎重にモルダルシェリュースに近付いて行く。モルダルシェリュースは角での攻撃を避けられたのが余程悔しかったのかな?死んだフリは止めて、恨みのこもった様な目で僕の姿を追っている。
もしもその目が魔眼だったら、魔力が込められた目で見られた時点で僕は死ぬなり呪いに罹るなりしていのかな?
「グルルルル!」
でも、モルダルシェリュースが魔眼持ちじゃ無くて、本当に良かったよ!もしも、本当に魔眼持ちだったら、出会った時には既に僕とルウスは狩られていたのかな?そう思うと、この森の魔獣がとても恐ろしい存在に思えて来た。
って今更だよね?
「グルルルル!」
そうだよね、悔しいよね!モルダルシェリュースが怨嗟を込めた唸り声をあげるけど、それは虚しく静かな森の中に溶け込み消えて行く。
「止めか…どうしよう?」
「………(エルのお手並みを、拝見させて貰うよ)」
「グルルルル!」
そこで一つ問題が有ったんだ。止めを刺すのなら首に通る頸動脈を、切れば血抜きもし易くなるのだけどモルダルシェリュースはルウスを咥え込んでいるので、切る深さを間違えてしまうと僕が持っているウリケルさん製の小剣だとルウスを傷付けてしまう可能性がある。
例え僕が≪身体強化≫の魔法を掛けているとしても魔法を掛けた僕本人が言うのも何だけど…ウリケルさん製の小剣の刃にとても耐えられるとは思えない。
「どうしよう…」
ルウスがウリケルさん製の服を着ていたら、話は別なのかも知れないよね…何だっけ…そう、あれだ!?矛と盾?だったかな?まさにそう言う事になるのかも?この場合は、最強の小剣?と最強の服?になるけどね…。
「…だけど、近付かないと何も出来ないよね…」
「………」
「グルルルル!」
何はともあれ小剣が届かないと物理的には何も出来ないので、僕はモルダルシェリュースに近付いて行く。僕が近付いて行くと先程と同様に、頭を振って角で攻撃をしてくる。
「予想通りかな?そうするしか無いよね…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
呼吸が出来ず苦しそうな筈なのに、必死になって首を振り鋭い角で攻撃を繰り出して来るモルダルシェリュース。目と口から血が流れ、物語りに出て来る呪われた魔獣とか動く死体みたい…。最近では自分で狩った獲物を解体するので血とか内蔵を見るのには慣れて来たけれど…これはまた違う物だよね…。
「ここまで抵抗されると何だか、虐めているみたいです…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
相手の方が圧倒的強者だった筈だったのがウリケルさんのとんでも無い方法で、今ではその立場が逆転してしまいそれでも諦めずに抵抗を続けている。強い者が生き残り弱い者は淘汰される、この森の現実を表しているみたいだね?
「でも、やらなきゃ!ここで見逃すと、明日には僕があっちの立場になっているかも知れないから…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
この森で生まれて、そして生きてきたモルダルシェリュースはその事を一番良く知っているのかも知れないよね。だって毎日が食うか食われるかの世界で生きて来たのだから。そこに現れた僕達みたいな異分子に狩られてしまうって、それってきっと悔しいよね。
「美味しいお肉のために、狩らせて貰うね…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
だけどねそれは僕達も同じだよ。僕達にはウリケルさんって言う伝説の賢者が後ろから見守ってくれて居るから今は安心だけれど、それもいつまでもって事にはならないと思うんだ。いつの日かぼくがウリケルさんから巣立つ時が来ると思うんだ!筈だよね?
とは、思って居るよ…それがいつになるのかは解らないけどね!
「でも、なかなか近付けない…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
モルダルシェリュースの抵抗は止まない…いや違うかな?最後の抵抗かも知れない。このまま放置してても時間が経てばモルダルシェリュースは死んでしまうと思うけど…お肉って血抜きをする前に暴れたり沢山ストレス?を与えるとお肉が美味しくなくなるって確かウリケルさんの知識で有った様な気が…それってお魚の話だったっけ…?
「…えーと、何だったっけ?風前の灯火だっけ?」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
近付くためにはあの長く枝分かれをした鋭く尖った角を、何とかしなければいけない。何とかって…切り落とすくらいしか思い付かないのだけれど…でも、僕は≪身体強化≫をしているのでその素早さと力そしてウリケルさん製の小剣の性能を活かして、モルダルシェリュースの懐に潜り込む鹿しか無いよね?
「でも、動ける範囲が少ないから、なんとかなるかな?」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
僕が近付くと角での攻撃が一段と激しくなって近付き難いけれど、それだけモルダルシェリュースが最後の足掻きをしているって事だよね?≪身体強化≫で動体視力?も強化されているから落ち着いて見てみれば目で追える速さだけど、問題はその速さに身体が付いて行けるかでこの勝負?狩りの決着が付く。
「僕の≪身体強化≫次第って事かな?」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
少しずつ近付いて行って角が当たるか当たらないかギリギリの距離まで少しずつ詰めて行くと、そこで小剣を前に付き出してみた。
「師匠の小剣が負けるとは思えないけど…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
「キンッ」そんな澄んだ音と共にモルダルシェリュースの角の一部が、回転しながら飛んで行きそして狙いすましたかの様に見事に地面に突き刺さった。でも、僕はそれを見る余裕なんて無かった。
「何とかなりそうだけど…うわっ!ちょっ!…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
だってモルダルシェリュースの角が次から次へと小剣に当たっては角の一部が切り飛んで行っているから、僕に当たりそうな角を避けないといけなくなった。
ウリケルさん製の服と≪身体強化≫の魔法の効果で大丈夫とは思うけれど、顔や頭は防具を着けていないから鋭い角が当たれば怪我をするかも?ウリケルさん製のヘルムとか帽子って有るのかな?もし、有るのなら貸して貰えないかな?後で聞いてみよう!
それに、安全第一って言葉も有るからご安全に!
「うわっ、ちょっ、ううっ!」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
更に激しく襲い掛かるモルダルシェリュースの角は僕が持った小剣に当たる度に、澄んだ音を残して切れ飛んで行く。そして角は切り飛ぶ度に短くなって行くので、それに合わせる様に僕は一歩づつゆっくりと前へと進んで行く。
「んんっ!くっ!わわっ!」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
長く鋭かった角が短くなったと言う事は、それだけ僕とモルダルシェリュースの距離が縮まったって事なので、後もうニ歩で僕が手に持つ小剣が角の付け根の頭に届くのだけれど、急所に届くまでには更にもう一歩かな?
だけど≪身体強化≫していた筈の僕の腕と握力は限界に近付いていた。だってあんなに激しい角での攻撃をずっと受けていたんだよ…いくら≪身体強化≫したからって、元々の体力が大した事が無かったので、流石にもう無理かな…。
どうしよう…。後三歩の処で手詰まりになっちゃった…。
「…不味いかも…」
「………」
「グッ!ググッ!ググッ!…」
モルダルシェリュースの角はほぼ無くなってしまったから、後は止めを刺せればって時に僕の体力の限界がやって来た。そしてその一瞬の考えや迷いが隙になったんだよね…。
「あっ!えっ!…」
「………(エル!)」
「グルルルル!」
モルダルシェリュースの頭に残された太く短い角の一撃で、僕の手から小剣が弾き飛ばされてしまった…。それは本当に…本当に一瞬の出来事だった。
強敵を前に目を離すなんて、本来有ってはいけない事なんだけど、僕は無意識に手から弾き飛ばされた小剣を目で追ってしまっていた。
「…」
「………」
「グッグルル!」
それはモルダルシェリュースに取っては大きな隙でしかなく、最後の最後までこの時のために体力を温存していたのか、僕に向かって大きな頭を上から叩き付けようとしたのか、首をもたげたその時に目が合った。
その目からは僕への殺意と自分の勝利への確信からか、それとも恨みから本当の意味でも僕を見下した物へと変わっていた。
そして僕の全身を襲って来る、衝撃に僕はその場に倒れ込んでしまった。
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