2 エルの日常
続きです。
宜しくお願い致します。
エルの家にお手伝いとして来ている老婆は村のお年寄りの一人で、肉体的に畑仕事が厳しくなった村の年寄りを家事手伝いや、子供達への教育等の為に雇い少ないながらも給金を支払うのも、ど田舎に有る村の弱小領主の仕事の一つだ。もう少し人手や資金に余裕が有れば村の子供達全員に教育を施したいのだが、辺境のど田舎では領主家や村の主だった者達の子供達に教育をするだけで手一杯なのだ。
この老婆も村人達に最低限の教育を施す事が出来る数少ない教育を受けた者の一人で、簡単な礼儀作法や読み書きや計算などをエルやエルの兄や姉達に教えている。
将来このど田舎の村を運営する事になるで有ろう側の最低限の人数に、読み書きや簡単な計算など最低限の教育を施す事がこの村で出来る限界で有り、その他は労働力として働いて貰わねば村を維持する事だけで手一杯になってしまい、開墾して畑を広げたり新たな入植者の受け入れなど村の発展に必要な事が先延ばしにされてしまうのだった。
「モグモグモグ、ゴクン…」
粗末ながら食べられる事が出来るだけでもましな食事をようやく食べ終える事が出来た。しかし朝御飯を食べ終えたと言う事は畑に行ってお手伝いをしなければいけない。遊びたいけれど、お手伝いをサボるとご飯を減らされる可能性が有る。お手伝いをしなくても大丈夫な方法は何か無いのかな?
エルはそんな事を考えて居たが、お手伝いの老婆が居るので朝御飯を食べ終わったのなら畑に行くように言われるのがいつもの事なので、そんな都合の良い事は有り得ないと幼いながらも気が付いていた。
「ゴクゴクゴクゴク…ごちそうさまでした」
木のコップに入っていた水を飲み干すとコップをテーブルに置いて、両手を合わせて食後に感謝のお祈りをするのも忘れない。誰も居なかったら特に気にもしないが今はお手伝い兼先生の老婆が居るので、お利口さんのふりをする事を忘れない。
「お粗末様でした」
エルは勢い良く椅子から降りると、テーブルに置いていた草臥れた帽子を手に取った。
この帽子もだが、基本的にエルが身に付ける物や持ち物は兄や姉のお下がりだ。辺境のど田舎では布はとても貴重品なので、衣類はボロボロになるまで修繕を繰り返して使用される。もしかすると兄や姉のお下がりではなく父親の子供時代からのお下がりの可能性も有るのかも知れない。
それにに数少ない玩具の類いも、祖父母や父母や村人の手造りでこれも兄や姉達のお下がりで有る。
エルは手に取った帽子を目深に被る、この帽子は姉のお下がりでどちらかと言うと女の子用の物なのだが幼いエルが被ると男の子にも関わらず似合いすぎているので誰もその事を指摘せず何も言う事はなかった。ただ単に可愛いものを愛でたいと言う思惑も、無きにしろ非ずなのだが…。
「ミケルナさん行ってきます」
そう言うとエルは食堂から出ていった。
「エル坊ちゃん行ってらっしゃいませ、今日もお手伝いを頑張って下さいね」
食堂から出ていくエルの背中には、老婆のそんな声が掛けられる。小さな子供が朝から畑の手伝いをする事はこの村では当たり前で自分達や自分達の子供達や孫達も通って来た道なのだか、やはりこんなに小さな子供が畑の手伝いをする事に少し抵抗が有りもするのだった。
このエルと呼ばれる子供の家が周りの家よりも大きくさらには石積の壁で囲われている理由は、この家が辺境のしかもど田舎なのだがここがこの辺りの領主の館だからである。領主の館とは言え、建てられた建物は周りに建てられた農家の家々と同じ外観と造りで、建物が大きい以外は見た目はただの大きな農家の家なので有った。領主の館と言うよりは、豪農の住まいと言った方が当てはまるだろう。
サーレストラ大陸に数多有る国々の中でも、五大国と呼ばれる国の一角に挙げられるカレディア王国。サーレストラ大陸の南東部に在り主に農業を主産業としている、自然豊かな国である。
そのカレディア王国でも北東部の端に位置する山と森に囲まれた見渡す限り緑しか無い広大な大自然の中の土地を、何世代にも渡り少しずつ開墾して作られたのがエルの家が有るここヴァルロッティー騎士爵領で有り、ヴァルロッティー村なので有る。
エルは自宅である領主の館を囲った石積の壁の正門を抜けると、壁に沿って造られた道を拙い記憶を頼りに最近農作業をしている畑に向かって歩いて行く。畑に向かう途中に虫や蜥蜴や小動物を見付けると後を付いて行ったり、おもむろに捕まえると服のポケットに突っ込んだりして過ごし少しでも畑に着く時間が遅くなるようにのんびりと向かっていた。
畑仕事が出来る者達は畑に出払っているので、近所の農家には殆ど人気は無く居ても家事をしているお年寄りばかりで、そんなお年寄りと挨拶を交わしながら今日の成果を見せびらかすので有った。
領主の館が有る村の中心部から暫く歩いて行くと、村を囲う木で造られた柵と塀が有る。塀には東西南北に門と物見櫓が建てられ、常に外敵や異変を警戒して二人一組で門番が常駐している。
「おはようございます」
エルが塀の内側から声を掛けると、塀の外側を警戒していた門番の老人が振り向いてエルに声を掛ける。
「おお、エル坊っちゃんおはようございます、今から畑にお出かけかい?」
老人はいかにも門番と言わんばかりに革製の防具を身に付け、剣を佩き弓と盾を背負い完全武装の出で立ちだ。エルも男の子なので、老人とは言え完全武装の姿を羨望の目差して見ている。
「うん、母様のお手伝いです」
特に隠す事でも無いのでエルは素直に答える。門番の老人もエルの仕事が母親や姉の手伝いと言う事なのは理解しているが、それでもエルの得意そうな顔見たさに毎回エルに聞いてしまう。それに子供は煽てると一生懸命になって働いてくれる、働き者でも有るのだ。
「そうですかい、それは頑張って下さい。今日、奥様達はあの辺りにいる筈です」
そう言って門番の老人は畑の一角に数人の人影らしき者が見える辺りをエルに指差して教えてくれた。
「ありがとう、行ってきます」
エルにも人影が見えたのだろう。それにエルの母親は色合いが鮮やかな衣服を身に付けているので、母親を見付けたのかも知れない。
「行ってらっしゃいエル坊っちゃん、頑張って下さいな」
塀の門を潜るとそこには一面緑の畑が姿を表す。その一面緑の畑は大人の膝位までに成長した麦で主に納税用の作物として作られていた。その麦畑には所々人が居り草取りや立ち枯れや虫に喰われた麦を取り除いたりしている。この辺りで作業をしているのその殆どは女子供達で、男達や一部の女達は畑に隣接する森で木を斬り倒したり岩を掘り出したりと開墾作業をしているので有る。
畑で作業をしている女子供達の中で一人だけ衣服の色合いが派手では無いものの鮮やかな人物が目に入った。
エルの母親のエリーナである。エリーナの近くにはもう一人鮮やかな色合いの衣服を身に付けた女の子が作業をしている。その女の子を見付けたエルは、女の子に向かって走り出した。
「姉様ー!」
作業をしていた女の子は、そんな声に気が付くと作業を止めて辺りを見回した。エルと似て農作業をしているのに日焼けなどが無い真っ白い肌で、可愛らしい大きな緑の瞳と小さな鼻とピンクの唇が印象的な黒髪の女の子だった。そんな女の子はエルを見付けると、手を振って応えてくれる。
「エルー!」
「姉様おはようございます」
そんなエルは姉に向かって一目散に駆け寄って、抱き付く。
「おはようエル、朝御飯は残さず食べたの?」
それはエルの姉、ジゼルで十歳のとても元気な女の子である。そのジゼルは駆け寄ってきたエルを優しく抱き止めてくれる。
「はい、今日も残しませんでした!」
優しく抱き止めてくれた姉に甘えながら、姉の優しさを全身で堪能するエル。
「エルは良い子ね!」
そんな末っ子の頭を撫でて無条件に褒めて甘やかせる姉のジゼル。そんな姉にひとしきり甘えたエルは、姉にも今日の自分の成果を報告する事を忘れないのだった。
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