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魔女の館とメイドと執事

「ここが私の館」


 立派な洋館が、そこにはあった。

 怪しげで深い森の中にある、立派すぎる洋館。森の暗さも相まって、魔女の館にしか見えない。


 心の中で「異世界転移というより神隠しという方が似合いそうな状況だったのに和風の異界ではないんだな」などという感想が浮かんだ。最初に出会った少女がドレス姿の時点で今更である。


 少女が金属の格子でできた門に近づくと、それは自動で内向きに開いた。少女は足を緩めることなく進んでいく。

 追随。


 再び後ろで門が自動で動く音がした。


 そのまま館の玄関扉まで進むと、そこには二つの人影が待ち受けていた。


「おかえりなさいませリコル様」


「お客様を迎える準備として、客間を一つ整えております」


「うん、ただいま。ありがと」


 涼悟と一緒に歩いてきた少女を「リコル様」と呼んだのは、クラシカルなメイド服を着て……両目を黒い眼帯で覆った少女。リコルと呼ばれた館の主人らしい少女が小学生程度に見えるのに対し、こちらの少女は高校生程度の背格好だ。とても長いストレートの銀髪が目を引く。あまりに長い髪に、メイドとして作業するのに邪魔ではないだろうかという疑問を抱く。

 もう一人、客間を整えていると報告したのは、これまた執事服姿の壮年の男性。片目に傷跡があり、隻眼らしい。こちらも銀髪と赤い目が特徴的。どこか鋭い雰囲気がある。


 リコルを含め、全員が銀髪。眼帯の少女以外の二人は瞳の色も赤で共通している。この辺りでは銀髪赤眼は一般的なのだろうかという疑問が頭をよぎる。


「それじゃ、入りましょ」


「……わかりました」


 内装もまた、いかにもな屋敷だった。……いや、外観の魔女の館的な印象と比べれば、中はずいぶんと明るいため、少しばかり前向きに期待を裏切ってくれているとも言えるだろう。ただし、光源となっている多数の結晶体は、いずれも何の支えもなく浮遊しているため、ファンタジー感はより強まっている。


「あなた、お腹は空いている?」


「え? ……ああ、まぁ、結構空いているかも」


「そう。じゃあ、彼と私の分の食事を用意してくれる?」


「すぐにご用意いたします」


 眼帯のメイドさんが、一礼して……消えた。その場から一切の予兆なく、姿が消失した。

 その事実に対して、リコルも隻眼の執事も一切気にした様子がない。


「じゃ、食堂へ行きましょう」


 リコルは言葉とともに歩きだす。メイドの消失に驚きながらも、無言で従う。


 玄関ホールから出て、廊下を通り、食堂についた。どこもよく手入れをされ清潔感があったが、やはりどことなく魔女の館的な空気感もあった。

 隻眼の執事が開けた扉から覗く食堂には、六人ほどが食事できるようなテーブルが見える。


 この屋敷の規模を考えると広くはない。だが、見える範囲の調度品などの質も極めて高い。落ち着いて食事ができるだろう。


「一応もっと大きな食堂もあるのだけれど、そっちは大きな集まりのときにしか使わないの。食事をするのは今回私とあなたの二人だけだから、ここで構わないでしょう?」


「……大丈夫です」


 リコルは涼悟に問いかけながら席に着き、同時に自身の正面の席に着くよう促した。

 その問いに答えながら、促されるままに席に着く。


 そして、直後、いつのまにかそこに居たメイドが、リコルの前にスープの皿を置いていた。


 消えた時同様、突然現れた彼女の驚いていると、リコルが説明する。


「彼女はとても優秀な時空魔法の使い手なの。さっき消えたのもここに現れたのも空間転移によるもの。そして、この短時間で料理を作ったのは時間加速によるもの」


「時空……魔法」


 怪物を倒した深紅の杭も間違いなく凄まじいものだった。時空に干渉するというのもまた常識外だ。

 ここが間違いなく自分の知る世界とは別なのだと確信する。

 夢かとも思ったが、五感が確かなリアリティを伝えてくる。


「さて、それじゃあ食べましょう。この子は料理もとっても上手なの。できたてだからきっと美味しいわ」


 言ってリコルは料理に口をつける。

 涼悟もそれに倣った。

 そんな二人に対し、メイドは再び一礼して……消える。

 なお、執事は部屋の隅に控えていた。


「うん、美味しい。……どう? お口には合った?」


「ええ、大変美味ですね」


「そう。良かった。私はとても美味しいと思うのだけれど、もしかしたらあなたの味覚が私と全く違うということもあるかもしれないから、ほんの少しだけ心配していたの」


 涼悟の言葉に、リコルはわずかに表情をほころばせた。


 ふんわりとした、可愛らしい笑み。


 一瞬、ドキリとする。


「……そうだ、自己紹介がまだだった。私の名前はリコル。リコル・ファニア。真祖の吸血鬼にして魔女。世間だと”八番目の真祖”とか”血衣(ちごろも)の魔女”とか呼ばれている」


「……真祖の吸血鬼で、魔女」


「ええ。世界に八人しか存在しない、この世界で最初の吸血鬼となった存在。生と死の神レヴティア様の後継者。それが真祖。……そして、その中でも私は、友人である原初の魔女シャリアとの盟約により、魔女にもなった二重存在」


「……なんというか、すごそうですね」


「ふふふ。真祖の吸血鬼や魔女と聞いて、そんなピンと来ていない反応をするなんて……やっぱり、あなたこの世界の住人ではないのね」


 リコルの言葉に驚く。

 警戒する。


「そんなに身構えないで。あなたがこの世界の人間ではないからと言って、どうするつもりもないの。それに、私は吸血鬼とは言っても、血を吸う必要なんてない。だから、あなたのことを食料にしようという気もない。まぁ、血は好きではあるけれどね。ただの嗜好品。人間にとっての美味しいお酒のようなもの」


「……わかりました。どちらにせよ、あなた方が本気になれば俺が逃げ切ることは不可能ですから、警戒したところでしかたないですしね」


「よかった。それじゃあ、今度はあなたの名前を教えてくれる?」


「上坂涼悟です。おそらく、リコルさんのお察しの通り異世界の人間だと思います。……少なくとも、私の住んでいた世界の一般常識では、魔法はフィクションの中にのみ存在するもので、現実には存在しないと思われていました。吸血鬼にしろ魔女にしろ同様です」


「なるほど……」


 リコルは涼悟の言葉を聞いて、思案する。考えているときの表情はとても真剣なのだが、その可憐さ故に印象としては「可愛らしい」というのが一番に来る。


 そんなやり取りをしている内に、涼悟はふと自分のスープの皿が空になっていることに気づいた。いつの間にか飲み干してしまっていたらしい。舌に残る余韻が、たしかにスープが己の喉を通ったのだと伝えてくる。

 そして、ちょうど次の皿が配膳される。あいも変わらず音もなく現れるメイドである。


 リコルはメイドを見たあと、思案顔を解いて再び微笑む。


「ああそうだ、こっちも紹介しないと。メイドがラティス、執事がグエルよ」


「ご紹介に預かりましたラティスでございます。お客様。以後お見知りおきを」


 配膳の手を止め、ラティスは恭しく一礼。


「同じくご紹介に預かりましたグエルでございます。当館へ逗留中、御用がございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」


 グエルもまた、控えていた場でこちらに正対し、一礼。


「……えっと、逗留?」


 状況が、読めない。

 だが、読めないのはそう考える涼悟だけで、リコル、ラティス、グエルは納得済みの様子。


「私が連れてきたのだから、あなたはこの館の客人。……異世界、それも魔法もなく魔物も居ない世界の出身者であるあなたは、ここを一人で出たら間違いなく死んでしまう。客人をむざむざ見捨てるようなことはしないわ。しばらくはここで過ごしなさい」


 リコルはそう言って微笑みかける。


 思案、するまでもない。

 心情的には悩みたいところだが、現実的に悩む余地が無い。


--どうせ他に選択肢はない。こういうときは即断するに限る。


「ありがとうございます。……正直こちらから返せるものが何もなくて心苦しいですが、お世話になろうと思います」


 リコルは微笑んでうなずく。


「では、この館に逗留している限り、あなたは私が護る。血衣の魔女の庇護を受けるのだから、大船に乗ったつもりでいるといいわ」


 やわらかい声、安心感を与える声。


「ありがとうございます。よろしくお願いしますリコルさん」


「うん、よろしくリョウゴ」


 笑みを向け、頭を下げる涼悟。微笑み返すリコル。


 この日、この時から、涼悟のリコルの客人としての異世界の日々が始まった。

あいもかわらず次回未定

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