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61・方針転換

 メタトロンの機能を使えば、一瞬で雪江の家に行けるのだが、修助はそれを忘れる程の慌てぶりで、メタトロンの非常脱出口から飛び出して数分。


 落下点が良かったのか、彼が息切れを起こすと同時に雪江の家へたどり着いた。だがマンションのセキュリティはこんな時でも真面目で頑丈な上融通も利かず、修助を通す気配は無い。


 修助は雪江をインターホンで呼ぶ為、彼女の部屋の番号を入力し、通話を試みる。すると、通話をするでもなく扉が開かれ、まるで彼女も直接彼の声が聞きたくてそうしているのかもしれないと意識してしまいそうになる。


「雪江……」


 修助は小さな声で名前を呼ぶと、再び雪江の部屋へ向かって走り出す。その部屋の主は何を思ってこの世界を終わらせようとするのか、それで何を得ようとしているのか、修助はどの順番で聞けばいいのかを整理するうちに、彼女の部屋の前までたどり着いていた。


「やぁ」


 街では執行者がテロ行為を行い、そのテロを制圧する為に揺りかごが戦っているというのに、雪江の挨拶は親しい人を家に招いた時のそれだった。


「やぁじゃねえよ。執行者を駒にしてまた住宅街吹っ飛ばして、この世界を終わらせるとか訳の分からない事言い出しやがって」


「上がりなよ。僕も君と同じ、言いたい事があるんだ」


 文句の一つ言ったつもりの修助の気持ちが一気に冷え込むような冷たい声音で、雪江は修助を家へ招く。


 女子高校生が一人暮らしするには少し広い1LDKの部屋。そのリビングで、お互い向かい合うように座る。


 本来なら愛を語り合う場になるであろうこのリビングでは、今お互いに疑問に思っている事をぶつけ合う場となっていた。


「その様子じゃ僕の話は冷静に聞いてもらえなさそうだから、修助君からどうぞ。僕が答えられる範囲で、いくらでも答えるよ」


 外は相変わらず爆発音や発砲する破裂音で賑やかだったが、雪江は落ち着き払った様子で興奮する修助をなだめる。


「じゃあまずさっき言った事と同じ事を言うぞ。何でこの世界を終わらせようとする?」


「絶望だよ。僕は前世から絶望をしたためる事で認められた。それが楽しくてしょうがなかった。今夜揺りかごは負け、一君は死に和奈ちゃんは打ちひしがれ、物語が終わる。これが僕の趣味で書いている小説の幕引きだ」


 言って雪江は手を伸ばし、そこから光る原稿用紙と鉛筆を手に取る。


「な……んだよそれ?」


 初めて見る雪江の異能。そもそも雪江が異能持ちだという事実も知らなかった修助はただただ動揺し、質問しようとしていた事も記憶の中から吹き飛んでしまった。


「その反応も無理はないよ。だってこの異能を初めて見せるのは修助君なんだから。僕は一度殺された後、この異能を持った状態で何も無い真っ暗な世界で意識を取り戻した」


 自慢話をするように、雪江はその原稿用紙に鉛筆ですらすらと物語を書き込んでいく。その様子を止めるでもなく、修助は見守ることしか出来なかった。


 まだ彼が受け入れるまでには、衝撃的すぎて時間がかかっているのだ。


 それでもお構いなしに、雪江の自慢話は続く。


「本当の意味で自由になった僕は、棗 遼平先生の傑作、アビリティーガールズがバッドエンドだったらどうなっていたかを考えるようになった。当たり前の話だけど、蛇足という言葉が在るよね。僕が考えていたお話はまさに蛇足で、物語のバランスそのものを壊し読者を興ざめさせてしまう。それでも僕は、その先に、自分が求めている物があると信じてここまでやってきた。上手くいくと確信もしていた。修助君達家族が来るまでは!」


 それまで物語を書き続けていた手を止めて、突然鉛筆の先端を修助の眼球めがけて突き立てようとする。


 鉛筆の芯が自分の方へ向けられていた為、すぐに意図に気づいた修助は、雪江の腕を掴んでそれを止める。無理矢理鉛筆を眼球に入れられるかと思いきや、修助の力の方が上手だったようで、雪江の腕はあっさりと修助の力の前に下ろされた。


「痛くもない癖に止めはするんだね」


「目に物が入ること事態が嫌なんだ。それよりも俺や父さんと母さんが雪江の物語に何をしたって言うんだ」


「僕の異能の影響を受けず、それでいて好き勝手に振る舞う。僕がどんなに一君が死ぬように筋書きを書いても、君達家族がその全てをねじ曲げて一君は生き続ける。みんな死ぬことが出来ないんだ。修助君のご両親が強すぎてね! まさにイレギュラーってやつさ!」


 自分で描いた通りに計画が進まない事にいらついて、雪江は壁を思い切り殴る。自分の両親が強すぎて主人公である一や助けた少女達は皆死ぬ事なく物語が進む。いたちごっこが続いているのだ。


 そのおぞましい雪江の本性に触れた修助だったが、逆に前世で赤の他人に殺された事で彼女がここまで歪んでしまったと考えると、それまで疑問で埋め尽くされていた頭の中はだいぶ落ち着きを取り戻す。


「思い通りにならなくて苛つく気持ちはわかった。ただ世の中そんなもんだぜ? 俺だって思い通りになった事なんて数えるぐらいしかないし、それも子供の頃親のお使いで小遣い稼いでたとか、そんな小さな事だ。サラリーマンになってからは、思い通りに行く訳なんか無い。怒鳴り声だけは一流の間抜けな上司のもとで、馬車馬のごとく働いて心と体を壊し、あげく医者の帰り道に酔っぱらいの運転する車に潰されて死んだ。この体だってそうだ。何で宗佐なんだよ。そこは普通物語の主人公だろって何度か思ったさ。でも、変えられない事をあれこれ嘆くよりも、今ある物や状況を使って生きるのも、案外悪くないって最近思ったんだ。そしてそれは今の雪江に必要な生き方だと俺は思う」


「僕に必要な生き方……? 街をめちゃくちゃにして、一君を殺して、和奈ちゃんを研究漬けにするバッドエンドの為に生きてきた僕に、生き方を変えろって?」


「そうだ。今からでも間に合う。一を殺す夢を一旦止めて、別の夢を叶えよう。少なくとも、雪江は前世で最優秀賞を取ったんだろ? この世界で作家としてもう一度羽ばたけ。そこで好きなだけバッドエンドを書けば良い。壊す為に作った世界かもしれないけど、こんな精密に兄貴の作品を再現された世界を壊すのは、もう少し後でもいいんじゃないか? その手で鉛筆が持てなくなるほど年を取った後でも、十分間に合うと思うぞ」


「そうやって僕の夢を諦めさせようとするのかい!?」


「違う。諦めるんじゃなくて先延ばしにするんだ。一だってただの人間だ。年を食うし、どんな病気になるかもわからん。ある日お前の意志とは関係なく突然死ぬかもしれない。雪江が見たいのは一が死んだ後の和奈の反応だろ? ぶっちゃけ執行者の事はどうでもいいんだろ? それをお前が勝手にその異能で決めて、その通りにならないってかんしゃく起こすよりはずっと楽しみにしていられると思うけど」


 我ながら最悪な事を言っている自覚を持ち始める修助。友人の死を心待ちにする奴など誰がいるかと思うかもしれないが、今目の前の少女がまさにその状態に在るため、彼女の心に寄り添う為に代案を提示して溜飲を下げさせようとしているのだ。


 まだ精神が未熟な雪江はその言葉を聞いて自分の視野の狭さに恥ずかしさを覚える。別に自分があれこれしなくとも、皆が意志を持って行動し始めているこの”終わった後の世界”では、より自然な絶望を摂取できるかもしれない。


 果実が熟すのを待つようにその時を待ちながら、くすぶる心を慰めるようにバッドエンド小説を書き続ける。それが修助の出した提案だった。


「そう言う考え方もあるんだ……僕は修助君の事が大好きだけど、それと同時に邪魔に思ってた。それに関しては謝らせて欲しい」


「気にするな。夢を追う人間って言うのは、無意識のうちに人を傷つけるものだ」


 言って修助は包み込むような優しさで雪江を抱きしめ、その髪を撫でる。


「雪江。世界って自分が思っている以上に面白いもんなんだぜ。不謹慎な話かもしれないけど、執行者なんか使わなくったって、世界が終わるかもしれないんだから」


「隕石を落とすとか?」


「そうだな。でも雪江が求めているのはそんな安直な物じゃないだろ?」


「そうだね。冷静になって考えてみると、執行者を復活させた事も、安直でつまらないものに思えてきた。ありがとう修助君。君のおかげで、面白い話がかけそうだ。一君の事は諦める。そのかわり、ずっと僕の側に居てくれるよね」


「もちろん。俺が好きになった女の子だからな。言われなくたって、嫌だって言ったって側にいてやる」


「わかった。じゃあ君が望むように物語を書き換える。だから少し離れて」


 雪江はそう言って一旦離れると、異能である原稿用紙と鉛筆を出現させる。


「この異能についても、きちんとみんなに説明する。正直僕自身もこの異能の事をあまりわかってない所もあるけど……」


 と、自身が自在に使っている異能の説明が出来るか不安に思っていた雪江だったが。


「大丈夫。何とかなるって。執行者は実験台にしたがるけど、揺りかごはそんな事するか? アビリティーガールズを読んだお前ならわかるだろ?」


「うん」


 手を動かしながらうなづく。それと同時に修助はほっと胸をなで下ろしていた。


 兄が書いた小説の世界で第二の生命を受け、滅んだはずの敵組織と戦い、そして今は恋人を作りその恋人の暴走を止める。


 前世より充実した人生に思わず頬がにやけそうになるが、そこは何とか我慢する。あまり変な顔を雪江に見せたくなかったからだ。


 程なくして、雪江は書き換えが終わったと告げる。


「本当にごめんね。修助君が居なかったら、僕は一君が死ぬまで書くのを止めなかった」


「それを謝るんだったら一に謝れよ。一番殺そうとしていたし、その為にわざわざ滅んだ執行者を引っ張り出してきたんだしさ」


 修助は苦笑いを浮かべ、雪江の謝罪を受け入れる。


「それよりも、爆発音が無くなったな。戦いが終わったのか?」


「うん。僕の物語に戦いはいらない。執行者も今は修助君のお母さんが終わらせた。その活躍シーンは居る?」


「いいや、それは兄貴がたくさん書いてるのを読んでて食傷気味なんだ。せっかくだから、見識を広める為にも雪江の作品を読みたい。ダメか?」


 修助は甘えるような、少し気持ち悪い声で雪江に懇願する。


「それ、服を脱いで裸を見せてって言っているようなものだよ……でも……」


 自分の作品を、大好きな恋人に読まれる恥ずかしさに頬を染めて原稿用紙でその顔を隠す雪江。それでも彼女は彼と絶望が約束された未来を歩く事を夢見て、本棚に置いてある一冊を指さす。


「良いよ、修助君なら。僕の自信作の”散華”を借りていっても」


「わかった。大切に読むから」


「そういう言い方しないで、なんだか恥ずかしい……」


 二人の会話はカップルがじゃれ合っているような初々しい物だったが、これが世界の命運を分ける対話だというのだから、世の中くだらないものだ。


 だが確かに、この世界はくだらない事によって救われ、再び平和な日常が取り戻されたのだ。だからどんなにくだらなくとも、このやりとりはとても大切な思い出として二人の記憶に残っていったのだった。

こんばんは、水です。


遂に雪江は修助に自分の本性を明かしました。そしてその上で何がしたいのか、どうして執行者をよみがえらせたのかも語ります。


修助達家族が来た事は、雪江にとってイレギュラーであり、更には自身の異能を駆使してもどうにもできない厄介な存在として見ていました。しかし彼の献身的な優しさに触れていく内に、幼い彼女の心は憎悪から好意に変わっていくのです。


次回で最終回となります。新たな生き方を修助の言葉で見つける事が出来た雪江は、一が死んだ時世界がどうなるのかを楽しみにしながら、再び作家の世界へ身を投じる決意を固めます。


言葉の力は偉大であり、人を死なせるきっかけにもなれば、生きる希望ににもなるのです。絶望しか物語が書けなかった雪江は初めてその偉大さに気づいたのです。


それではまた来週、最後までよろしくお願いします。

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