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60・終わりの始まり

「あなたは……北沢 恵津子さん。どうしたのですか?」


 双葉は突然介入してきた恵津子に対し、事務的に対応する。


『丑三つ時のこの時間を使って娘と話をしていたんです、ですが……娘はこの世界を壊すと、皆を不幸にしたいと言って……』


「何ですって?」


 双葉が恵津子の突拍子もない言葉に首を傾げていると、チャットソフトは更に人が入ってきた事を通知する。その来訪者は雪江だった。


『やぁ、みんな幸せに生きているかな?』


 開口一番の言葉は、優しさに満ちていた。悪役のように高圧的になるでもなく、答えにくい質問をしてくる。


 その質問に、皆が黙っている中、雪江は母親である恵津子が再び止めに入る前に言葉を進めようと口を開いた。


『僕は人の幸せが大好きだ。特にその幸せが、他の誰かの手によって犯され、ぐちゃぐちゃにされる瞬間がたまらなく気持ちが良い。本当はもう少し時間が欲しかったけど、修助君が悪いんだよ。君が僕の事を愛しているって優しくしてくるから』


「俺が?」


「何のつもりか解らないけど、今修助は落ち込んでいるの。慰めたいなら昼にしてちょうだい。今はその時間じゃないわ」


 何の脈絡もなく、修助に一方的な責任を擦り付けようとする雪江に戸惑う修助、その言葉に戸惑っていると、真琴は修助の心の容態を簡潔に伝え、今はその時間じゃない事を伝える。


『慰め? 修助君が何か落ち込むような事があったら慰めるつもりで居るけど、目的はそれじゃない』


「じゃあ何だって言うの?」


『こういう事さ! 始めろ! 執行者ども!』


『止めて! 雪江!』


 恵津子の制止も虚しく、突如メタトロン船体が軽く揺れるほどの爆発音が響く。


「モニター! 確認して!」


 突然の事にも動じず、双葉は部下に指示を出す。その映し出された光景は、残酷という言葉では生ぬるい光景だった。


 住宅街の真ん中に小さなクレーターが出来ている。そこを中心に派手に爆発したのか、吹き飛んだ瓦礫で他の住宅にまで被害が及び、映されている映像には、瓦礫の下敷きになってしまったと思われる住民の腕が生々しく映し出されていた。


『雪江! お願い! これ以上怖い事をしないで!』


『黙って見ていれば、一体何のつもりだ!』


 その光景をそれまで黙って見ていた遼平もたまらず声を荒げる。母親の恵津子の必死の懇願も、反抗期まっただ中の子供の前には届かない。


「雪江……お前……」


『修助君、アビリティーガールズがどんな結末だったか、覚えてるよね?』


 彼女の行為に恐怖していた修助は、デートをした時の無垢な少女からはかけ離れていた。今の彼女はこの破壊行為にある種の絶頂を覚えている様子だ。


『詳細は省くけど、執行者が消え、一君と和奈ちゃんが両思いで結ばれて終わる。僕はね、そんな二人の幸せに横やりをぶち込みたいのさ!』


「雪江! 貴様一体どうしてしまったのだ!? 気でも狂ったか!?」


 あまりの光景と、その光景を生み出した理由を、和奈が脅すように聞く。その目つきは鋭く、今にも彼女の自宅へ駆け込んで殺してしまいそうな勢いだ。


 だが修助はそこで異変に気づく。いくら非人道的な行為を友達がやったからという理由で、友達思いの優しい性格な和奈が強い殺意を抱くだろうか?


 その違和感の正体を探る為に、兄に訊ねる。


「兄貴! 和奈の様子がおかしい! こんな設定だったか?」


『違う! 彼女がこうなるように仕向けられている、何とかして雪江ちゃんに接触してその原因を探るんだ!』


「解った! おい和奈落ち着け!」


「これが落ち着いていられるか! 罪のない大勢の人々が殺されたのだぞ!」


「それをやったのは執行者だろ! 雪江は関係ない!」


「お前は雪江の恋人だからかばうのだな! ならば!」


 完全に頭に血が上っているのだろう、和奈は自身の異能である身の丈以上の大きさを誇る大剣を何もない空間から取り出し、修助に振り下ろす。


「修助!」


「大丈夫! 母さん達は手出しするな!」


 何をしても死なない自覚のある修助は、その剣をそのまま受け止めた。


 服は裂け、吹き飛ばされ、メタトロンの壁に叩きつけられる。


 その一瞬で意識を失いかけたが、雪江の事を考えると、何とかその意識をつなぎ止める事が出来た。


 急いで立ち上がり、剣を持ったまま雪江の元へ向かおうとする和奈を一と一緒に止めにかかる。


「よせって! 仮に雪江を殺しても、この事態は収束しない!」


「そうだ! 俺達は執行者を止める。後は修助に任せればいい!」


 一は二手に分かれる作戦を和奈に提案し、溜飲を下げさせる。


 案の定、一のその言葉に冷静さを取り戻したのか、振り上げていた大きな剣を力なく降ろす。


「解った。修助、もしもだ。もし雪江がこの騒ぎを起こしているというのであれば」


「解ってる。ケツは俺が持つ。俺が雪江を説得する」


「説得だと? 出来るわけが無いだろう! あの映像を見て、心を痛めるどころか喜んでいたではないか!」


 和奈は悲痛な思いで雪江の豹変ぶりを叫ぶ。修助としてもまさか人殺しを働いてあんなに楽しそうにしていた恋人は初めて見た。ひょっとするとデートしていた時以上に幸せになっているかもしれない。


 それでも、男として惚れた女の尻拭いをするのが自分の役目。そう感じていた修助は、必ず説得してみせると和奈を説得させるところから始める。


「確かにアレはちょっとおかしい。だからってすぐに殺していい訳でも無いだろ。間をとって俺が丸く納める。約束する」


「その約束、破ったら承知しないぞ」


「もとからそのつもりだ」


 修助は羽交い締めにしていた腕を解き、和奈に自由を与えた。だが、彼女はすぐに雪江のもとへは向かわず、修助を信じる目で彼を見据える。


「というわけだ。悪いみんな、俺が雪江を説得している間、この被害がこれ以上拡大しないように何とかしてくれ。言っておくが、雪江が死んだらこの状況は一生変わらない。そんな気がする」


『そっか、修助君。これから僕の家に来るんだ。良いよ、話し合おう。尤も、結果は僕一人じゃ変えられないけどね』


「んなの解ってる! みんなで変えていくんだ!」


『……みんなで? 反吐が出る言葉だよ。僕と修助君の二人きりで、この終わりを見届けようって事じゃないの?』


「違う! 終わりが見たいってお前を変える為に!」


 言い終える前に、冷たい視線を向けていた雪江は自ら通信を切ってしまった。その態度にしびれを切らした修助は皆の制止を振り切って走り出し、メタトロンの艦橋の非常脱出口から飛び降りていく。


 普段は航空機が飛ぶより低い位置に、光学迷彩をまとって誰にも見えないようにしているメタトロンだが、そんな高い場所にあるにもかかわらず、修助は飛び降り、受け身も取らず前進を仰向けにして地面に激突する。しかし彼は何事もなかったかのように起きあがり、驚く通行人を無視して走り出す。


「待ってろよ雪江……他の終わりを教えてやる!」

こんばんは、水です。


遂に雪江が動き出しました。そして修助は彼女を変える為、そして彼女の秘密を知る為に走り出します。この先に待っているのは雪江の望む破滅か、それとも別の終わりか。全ては修助にかかっています。


それではまた来週、良い夢を。

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