51・異変
雪江とのデートを終え、その報告を丑三つ時に行った朝。修助は今まで月曜日の朝になるとラジオ体操の歌詞を考えた人物を恨みながら自殺願望を抱いていたが、今は全く違う。
雪江という恋人と昨日デートした。そしてその雪江に学校で会える。何とも単純で馬鹿らしいが、きっと真琴なら男はそれぐらい単純なぐらいが丁度良いとほめてくれるだろう。
それだけ修助は学校に行く事に対して浮かれていたのだ。
事前に雪江と連絡を取り合い、時間と待ち合わせ場所を決めて、支度を終えた修助は家族に行ってきますと挨拶をして家を飛び出す。
外は快晴で過ごしやすく、これから暑くなるという予報が嘘みたいに涼しい。ちょっと見上げれば揺りかごを初めとした巨大企業の入ったビルが建ち並ぶ街並み。現代社会を舞台に異能という魔法のようなファンタジー要素が入った遼平の世界観が大好きな修助は、こんなにも大好きなものが増えていいのだろうかと思ってしまうほど、幸せな気分に浸っていた。
「おはよう、修助君」
そんな彼を現実に戻したのは、先に待ち合わせ場所に居た雪江だった。彼女の住んでいる通称”異能持ちマンション”は、修助の家よりも学校から近く、何かあれば揺りかごの精鋭が飛び込んでくる至れり尽くせりな物件に住んでいるのだ。これが一度、執行者によって誘拐などの被害を被った少女達の処遇だった。
「おはよう。もう少し早く来た方が良かったな。雪江を待たせちまった」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ。だいたい三〇秒ぐらい。誤差誤差」
「その三〇秒でも、女の子を待たせてしまったという罪悪感を抱えてしまうのが男という生き物なのだ」
「ふふふっ。何それ、変なの」
朝から変なテンションで話す修助に、思わず笑ってしまう雪江。もっとそういう表情が見たい。愁いを帯びてどこか絶望しているような表情は見たくない。それは修助が雪江と知り合ってからずっと思っていた事だった。
合流した二人は、そのままゆったりとした歩調で学校を目指す。一や和奈が来る時間帯よりも早い為、今は早朝から部活動で走り込みに励んでいる生徒とすれ違う程度だ。
その生徒達の中に顔見知りは居ないので、誰も挨拶せずにお互いすれ違う。その群衆に雪江がぶつからないよう、修助はさりげなく手を握り、彼女を壁際へ寄せてかばうように歩いた。
そんなちょっとした危険はあったものの、それ以上の事はおこらず、二人は一言も喋る事無く学校へとたどり着く。
何か喋りたいが、何を喋ればいいか解らない。キスを経験して大人になった気分の二人だが、それは錯覚で、まだまだ照れくささが残る子供だった事に気づかされたのだった。
・・・
二人一緒に昇降口へ入って、下駄箱で上履きに履き替えて教室へ向かう。早く登校してしまったのもあって、外から聞こえてくる運動部のかけ声以外は聞こえてこない。
「あのさ、さっきはありがとうね」
階段を並んで昇っている最中、雪江がそう修助にお礼を言う。
学校の外周を走る運動部にぶつからないよう、気を使って彼女を壁際へ寄せた時の事を言っているのだが、ぶつかったら危ないのは解っていた修助は、どうしてお礼を言われたのか解らなかった。
「どうした急に」
「運動部が走っているの、すれ違う時。僕を壁際へ寄せて守ってくれたでしょ」
「あぁあれ。礼を言われるほどでもないと思うけど」
「そういうさりげない気遣いって、なかなか出来ないと思うよ?」
「そうかぁ?」
修助は首を傾げながら、雪江のペースに合わせて階段を昇っていく。前世ではこれぐらい出来て当然という理不尽を沢山受けてきた修助は、お礼を言われる事に対して感覚が麻痺している部分があり、なかなか素直にお礼を受け取る事が出来ない悲しい心を持ってしまっていた。
それを変えてくれる存在。それが雪江になるのだが、まだまだ時間がかかりそうである。
階段を昇り終え、教室へ向かい、まだ誰もいない教室で登校していない生徒のイスに勝手に座り、雪江と向かい合わせになる。
それからは、その席の生徒が登校するまで、雪江とラノベの話や他愛のない話で時間を潰す。先ほどまで喋れなかったのが嘘のように喋れているのは、階段で雪江がお礼を言い出したあたりで二人の会いだの緊張が解けたのが大きい。
時間と共に増えてくるクラスメイト。そして予鈴が鳴ると全ての生徒が自分の席に座り、担任教師がホームルームを開く。
ここで修助は違和感を覚えていた。いつも隣で一生懸命勉強している女子生徒の姿が見えないのだ。
教え方が下手くそなせいで授業に着いていけてない女子生徒を、修助は何度も助けてきた。その名前も知らない女子生徒が急に休むのは、やはり他人であっても心配である。
どうしたんだろうと不安に思う中、ホームルームが終わった直後、修助の携帯にメッセージを受信した事を知らせる振動を起こす。皆がガヤガヤとグチを漏らしながら授業を進める中で、送り主である双葉からのメッセージに一人、生唾を飲み込み冷や汗をかいていた。
――執行者から脅迫状が届いたわ。棗 修助の隣の席に座ってる、名前も知らない女を返してほしければ、鞄に一千万詰めて深夜二時、セントラルパークの駐車場に来い。ただし、棗 修助一人で来させろ。護衛だなんだって余計な人間を一人でも連れてきたら、女はすぐに殺すからな。だそうよ。
こんばんは、水です。
今回は次回大変な事が起こる事を示唆した前日譚のようなものです。
いつも勉強を教えている隣の女子が誘拐され、他人といえど心配な修助は約束の時間までどうすればいいのか悩みます。
それではまた来週、よい夢を。




