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47・約束

「ふぁぁっ……」


「雪江、ずいぶん眠そうだな。あまり眠れなかったのか? そのあくびも、もう一五回目だぞ」


 朝、揺りかごが管理するマンションで隣に住んでいる和奈と登校する事になった雪江は、慣れない丑三つ時の生活習慣に悪戦苦闘しているようで、小さなあくびが止まらない。


「ごめんね。寝不足なだけ。寝付きが悪いとか、そういうのじゃないから。揺りかごから聞いているでしょ? 色々」


「あぁ。うしみつどきというやつか? 私が眠っている時間に起きていなければならないとは、大変だな」


 聞き慣れない日本語を無理矢理使った弊害か、和奈の発音は少しおかしかったが、丑三つ時という言葉自体、死語に近い言葉であり、こうなるのは仕方のない事だ。


「まだ始まったばかりだから、体が慣れてないんだよ。ふぁぁ……」


 一六回目のあくび。このままでは学校に到着する前か修助と顔を合わせる前に二〇回を越えてしまいそうだ。


 彼女のあくびが止まらないのは何も丑三つ時に限った話ではない。和奈には平気で嘘をついているが、実のところ悪い夢が彼女の安眠を妨げているのだ。


 前世で正義感に燃えていた作家志望の無職男性に、事実無根の盗作騒動の話題に踊らされた状態で包丁で滅多刺しにされ、沢山の否定の言葉をぶつけられた。当時中学生だった彼女にその恐怖は耐えられる訳なく、今でも苦しみ続けている。


 それは修助という、新しい心のより所が出来ても変わらない。どんなに努力をしても変わらないものは変わらないのである。それが世の中というものだ。


 あくびが一八回目にさしかかったところで、一と修助の二人と合流する。通学路が同じな為、よくこうして登校していたのだが、原作終盤で一と和奈が付き合い初めてからは毎日のように、待ち合わせをしているかのようなタイミングで合流して、一緒に登校するのだ。


「和奈。おはよう」


「おはようだ! 一! それに修助も!」


「ああ、おはよう。雪江もおはよう」


「お……おはよう」


 まだ照れくささが残っているのか、挨拶が少しぎこちない。あくびを見られた恥ずかしさでぎこちなくなっているのだが、修助はそんな事知ったことではなく、まだ初々しさが残っているんだと勝手に解釈して雪江の隣を歩く。


 そのすぐ隣では、和奈が一に甘えるように腕を組み、楽しそうに話している。元々誰かと話すのが得意じゃない雪江は、一と和奈のように楽しく喋れない自分に不満を持つのではないかと、修助に対して漠然とした不安を抱いていた。


 しかし、修助はそんな不安を何となく察してか、雪江が向いている方向と同じ方向を向く。楽しそうに会話する一と和奈だ。


「俺たちは俺たちだ。俺だってそんな喋るの得意じゃないし。それに……」


「それに?」


 もじもじと照れる修助を見て、同じように照れて心臓の鼓動を早めている雪江は、次の言葉を待つ。


「こうやって黙って歩くのも良いだろ? 俺は雪江と居れれば何でも良い。だから不安になる事はない」


「そっか。そんな風に思ってくれてたんだ。ありがとう、気を使わせちゃったね」


「気を使わせるとかそういうのじゃないんだけど……お互いまだ付き合いたてでさぐり合いってところだな」


「そうだね。僕も、男の子ってどんな生き物なのかわからない事だらけだし」


 そうして二人で黙って歩く。一と和奈の雑談をラジオ代わりに、初夏の並木道を背景に、自然とつないだ手を揺らしながら、一と和奈のペースに併せて歩く。


 奇妙な光景だった。片やおしゃべりに興じるカップル。片やだんまりでぼんやりと歩くカップル。しかも相手は殆どの女子生徒から嫌われている修助だ。


 他の生徒の視線がいたたまれず、修助は沈黙を破る。


「そういや今週末デートに行くって約束したよな」


「うん」


「今から決めちゃうか? 行動範囲が限られているから、学校に着く前に決められると思う」


「うん」


 デートの一言でさらに鼓動を早めた雪江は、緊張のあまりうなずく事しか出来ず、全てを修助に任せかねないほどだった。


 見かねた修助は、スマートフォンを手に取り、揺りかごが指定する範囲の、揺りかごが管理する公共施設を調べる。広い公園や小規模の動物園、気が進まないが釣り堀やパターゴルフ場まである。行動範囲に制限を受けていても、遊ぶ事に困らないようだ。


「じゃあさ、この動物園に行かないか? モルモットとか小さい動物とふれあえて、餌やり体験も出来るみたいだ」


「動物園かぁ……最後に行ったのいつだろ? 僕が三歳か四歳の頃かな?」


「それは前世での話か?」


「そうだよ。僕は殺されてからいきなりこのなりで転生したんだ。幼少期の記憶って言われたら、前世の事しか言えないよ」


 何を当たり前な事をと言わんばかりに、雪江は言う。言われてみればそうだったと、気づけなかった事を恥じた修助は、改めて約束する。


「それじゃ、今週末の土曜日。雪江のマンションまで迎えに行くよ」


「うん。よろしくね」


「こっちも。今からが楽しみだ」


 修助は人生で初めて、付き合っている女の子とデートをする約束を交わした。転生する前は女っ気の無い人生だったので勝手が解らないが、解らないなりに努力はするつもりだ。


「……約束、しちゃった……」


 校舎が近づき、部活や委員会で賑わう生徒達の中で、雪江は誰にも聞こえないように小さな声でつぶやいた。


 それは心の中にとどめておけば済む程度の、大した事の無い言葉。だが、こんな品のない自分を受け入れてくれる修助が、デートの約束を交わして、それを楽しみにしている。


 その事実が嬉しくて、ついこぼしてしまったつぶやきだった。

こんばんは、水です。


遂に修助は想いを通わせた雪江とデートの約束を交わします。お互いに楽しみにしていて、このままでは授業に身が入りませんね。


それではまた来週、よい夢を。

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