46・結ばれた二人の丑三つ時Ⅱ
さかのぼる事三〇分前。雪江は自室で揺りかごが用意してくれた端末を用いて、前世で自分が使っていたアカウントの名前を思い出そうとしていた。
当たり前ではあるが、チャットソフトにログイン出来なければ、いくら丑三つ時で母親とつながれるとはいえ、話しようがない。しばらくして思いだし、ログインに成功すると、一通のメッセージが届いていた。
差出人はetsukoというアカウント名。偽名が当たり前のネット社会において本名そのままを英語にするだけの人物に心当たりがあるのは自分の母親しか居ない。
メッセージ経由でフレンド登録を済ませると、早速通話を開始する。この段階で残り二五分、あれこれしている内に貴重な五分を使ってしまったのだ。
「もしもし?」
カメラの方を向いて、マイクに向かって話しかける。二つウィンドウが見える内の片方は雪江の顔が映っており、もう片方は機械の操作に手間取っている様子がうかがえる母親の恵津子の姿が映っていた。
『よかった。ちゃんと雪江の声が聞こえる』
「お母さん。遼平先生から使い方教わったんでしょ?」
『努力はしたけど、一度に全ては覚えられないわ。まぁ、こうして雪江の姿と声が確認できるだけ、ありがたく思うことにする』
若干機械音痴気味な母親が心配だったが、遼平の配慮のおかげだろう。こうして普通に会話が出来るまで繋がれた。これが恵津子一人だったら、一生つながらないまま、一度きりの奇跡で終わってしまっていた。
奇跡は一分でも長く、夢は一秒でも大事に。一度死を経験した雪江が大切にしている言葉の一つだ。
その言葉にのっとって、想いを通じ合わせた修助の事を話す。
「今日はお母さんに伝えたい事があるの」
『どんな事?』
「実は、修助君とお付き合いする事になったの。僕を色々な事から助けてくれて、気づいたら好きになっていた。上手く言葉にできない気持ちが、胸を満たしてくれるんだ」
少し恥じらいながら、雪江は胸に手を置く。その手から感じ取れる鼓動は、修助を意識すると自然と早く強く打つようになっていく。
『まぁ、すごいじゃない! 明日はお赤飯をお供えしておくわね』
「別に結婚までしたワケじゃないから、そんな気を使わなくても……」
お赤飯の話が出るあたり、自分の親は古い人間だと雪江は思った。今時恋が成就したらお赤飯を炊く家庭は、きっと少数派だろう。
『使わせてちょうだい。日中はね、雪江の声が聞けなくて、とても寂しいの。不思議よね。昼間の方が明るくて過ごしやすいのに、孤独をいやしてくれるのは夜だけだなんて』
「それは大切な人がいるからだよ。お母さんは僕を産んで、大切に育ててくれた。反抗期でお母さんを傷つけてしまったかもしれない。全部後の祭りになっちゃうけど、お母さんを傷つけちゃった事を、謝りたいんだ」
『雪江を育てていく間に、そうなる事はある程度把握していたわ。別に気に病む事じゃない。私も通った道で、そして今は実家に勘当されている身。謝りたいという気持ちだけでも、私は報われた気持ちになれるの』
「ありがとう……」
『ところで、修助君とはどこまで進んだの?』
重くなりそうな空気が突然変わったのは、母親である恵津子が無理矢理修助の事を話題に出したからだ。
どこまで進んだ、とは? と一瞬思考が停止してしまう雪江だったが、母親の聞きたいことが理解できると、再び心臓が暴れ出して顔が赤く染まる。
「そ、そんな事聞いてっ! どうするの!?」
『娘が男の子とつきあっているのよ? 気にならない訳ないじゃない』
なんともひどい理由で、精神が若返ってしまった。と雪江は思っていると、そうこうしているうちにどんどんと恵津子は畳みかけてくる。
『今度デートに行った時は、どこに行って、どんな事したか、ちゃんと教えてよ』
「で、デートはまだ! 来週って約束してるから、終わったらちゃんと報告する!」
『嬉しいわぁ。きっと素敵なデートになるわよね?』
言って恵津子は少し表情を曇らせる。お見合いで結婚した自分の母親は、お見合い会場では猫をかぶっていたが、実際に結婚してみるとまぁひどいクズであり、恵津子とデートどころか、最低限の生活費以外の金は皆パチンコや公営ギャンブルに消えていったのだ。その上自分の思い通りにならないとかんしゃくを起こして家庭内暴力を振るっていた為、離婚調停を経て法の力で離婚する始末だ。その一部始終を見ていた恵津子の実家は、これまた古風の考え方の一家であり、妻としての役目も全うできない能なしと、彼女を勘当してしまったのだ。だから実家に帰るという選択も出来ず、何とか借りれた公営アパートで娘である雪江と二人暮らしをしていたのである。
だから恵津子は願う。自分が今好きでつきあっている男の子が、誠実で優しい男性であること。それとついでにパチンコなどのギャンブルに興味もなく、家庭内暴力も振るわない、優しい性格である事を。
少し願いすぎな気もするが、それだけの仕打ちを受けてきた上、雪江に至っては他人である隣人に惨たらしく殺されたのだ。むしろこれだけでは少なすぎるのではないかと思ってしまうのが、欲深い人間の心理かもしれない。
少しからかいすぎたと、照れてうつむく娘を見て反省のため息をつきながら、ほんの少しだけ残された時間を使い、恵津子は他愛のない世間話に話題を変えて、雪江との会話を楽しんだ。
話したい事は沢山ある、だがその為の時間はない。明日の丑三つ時は、もっと質の良い会話を心がけようと恵津子は思い、それからは遼平が所蔵している会話術に関する本を、夜が更けるまで読みあさった。
それを眺めていた遼平は、そんな事で会話の質が上がるなら苦労はしないと、行為自体を否定しつつも、恵津子が望んでやっている以上、止めるような事はしなかった。
こんばんは、水です。
雪江も修助と同様、前世に残してしまった母親と丑三つ時に会話できる環境を用意してもらい、そこで親子水入らずの時間を過ごします。突然の別れをどこか受け入れ切れていない恵津子は、今が幸せでしょうがないのです。
それではまた来週、よい夢を。




