42・雪江の告白Ⅲ
「それじゃあ……お邪魔します」
初めて異性の家へ入る緊張で、思わず声が小さくなりながらも、玄関を跨いだ後、脱いだ靴をきちんと揃える。
その後に続くように修助も靴を脱ぎ、揃えると、雪江を母達が居るリビングへと案内する。
「母さん、エレナ母さん。ただいま」
「あの、お邪魔します」
ドアを開けた後、台所で昼食を作っているであろう母親二人に挨拶したつもりの修助と雪江だったが、既に母親二人はテーブルに食事を配膳しているところだった。
「お帰りなさい修助。ちょうど今出来上がったところよ」
「雪江さんと一緒に手を洗ってきて。一緒に食べましょう」
元気よく昼食が出来上がったばかりである事を報告する真琴に対し、真琴の指導で少し疲れてしまったのか、エレナは少しやつれた顔をしながらも、帰ってきた二人に手を洗うよう促す。
言われた通り、洗面所で手を念入りに洗った二人は、再びリビングへ戻ると、やたらとにやけた顔でイスを引いた真琴に手招きされる。
「さぁさぁ雪江ちゃん。こっちに座って。今日は修助が良いところを見せてくれたから、お母さん気合い入れて作っちゃった!」
にやけた顔が茶目っ気のある笑顔に変わると、修助をべた褒めするような事を言っては、テーブルに並べられた自信作を自慢する。
どのメニューも修助が前世から好きなものばかりだった。ミートソーススパゲッティにジャガイモとベーコンが入ったチーズグラタン。デザートは昨日の特売品であるイチゴが冷蔵庫で冷やしてある事が伝えられ、その姿はテーブルに無いのが確認できた。
「うわぁ……。すごく美味しそう。というか、匂いだけでお腹が……」
と、言ったそばから雪江のお腹が可愛らしく鳴る。視界に真琴とエレナの手料理が入った瞬間、早くそれを入れてくれと胃が訴えているようで、それを聞かれた雪江は流石に恥ずかしさを感じ、頬を染めてお腹を押さえる。
「ご、ごめんなさい。がっつくようになってしまって……」
「いいのよ別に。寧ろそう来なくっちゃ作りがいが無いわ!」
粗相を働いてしまったと恥じる雪江の肩を、真琴は優しく叩き、そのまま席に座らせると、自分も普段は圭一郎が座っている位置に座る。
修助も後を追うように最後に空いた席に座ると、四人そろって”いただきます”と手を合わせた。
そこから修助と雪江は時間も、会話する事も忘れ、ひたすら食べる事に没頭する。パスタにからみつく濃厚なトマト味が癖になるミートソースに、厚くスライスされたほくほくジャガイモがチーズによく馴染むグラタン。味付けは少し濃いめのように感じたが、外の気温が高く、少し汗をかいていた修助と雪江にとってはちょうど良い塩分補給になったようで、その味付けは寧ろ二人が必要としていたものだった。
食べ始める事一〇分。最初に平らげたのは修助だった。
「ごちそうさま。すごいボリュームで美味しかった。デザートは後でみんなと食べるよ」
言って彼は食器を纏めて台所へ持って行くと、それを軽く水洗いしてから食器洗いを始める。
「お粗末様。それは良かった。雪江ちゃんもどう? 美味しい?」
「はい! とっても。今まで食べてきたどのご飯よりも一番美味しいです!」
口一杯にスパゲティを頬張っていた雪江は、良く噛んだそれを飲み込むと、今まで食べてきたどのご飯より美味しいと返した。
真琴はその言葉が欲しくて、自分の食事の手を止めてまで満面の笑みを浮かべ、おかわりしても良いのよ、と雪江に沢山食べるよう勧めてくる。
その様子を台所から眺めていた修助は、彼女の質素すぎる食生活を思いだし、無理のない範囲で沢山食べて欲しいという気持ちを抱えていた。
(やっぱ行動をもう少し早めた方が良いかな? 母さんから料理を教わって、一緒に台所に立っちゃったりなんてしちゃって)
と、修助は若干気持ち悪い妄想をしながら、泡を流した食器を水切り棚へと立てかけておく。その間にも、雪江はエレナと同じゆっくりとしたペースで食べ続けていた。単純に量が多いのか、それともじっくり味わいたいのか。どちらにせよ、真琴と修助にとって、雪江が食べる姿はいつまでも眺めていられる光景だった。
「ごちそうさまでした」
無事にパスタとグラタンを平らげた雪江は、心の底から感謝を示すように手を合わせる。
「はい、お粗末様。デザートのイチゴ、冷蔵庫から取ってくるから、ちょっと待っててね」
真琴は既に食べ終えており、自分の分の食器を修助と同じように洗っていた。エレナは食が細いのか、パスタもグラタンも他の三人より少なく盛りつけられていたにも関わらず、まだフォークを動かしていた。
三番目に食べ終えた雪江は食器を片づけようと思った時には既に真琴によって全て片づけられてしまっていた。曰く、来客者に家事はやらせたくはないらしい。
この後くるイチゴの事を考えると、貰ってばかりで何もお返しが出来ていないと罪悪感を感じるが、それを見透かしたかのように真琴は雪江の考えを制する。
「ゆっくりしていて良いのよ。普段学校で修助とつるんでいるのかとか、ちょっと聞きたいし、食事のお礼はそれで十分」
「そ、そうですか……」
押しが強い。そう感じた雪江はたまらずテーブル席で縮こまってしまう。
そうしている間に、雑にゴロゴロと皿へ盛りつけられたイチゴがテーブルに置かれる。
「はい。デザートを召し上がれ」
真琴はそれはもうウキウキ気分で再び席へ座ると、その一粒を手に取りかじり付く。へたの部分も残さず綺麗に食べると、葉の部分を別に置かれたボウルへ放る。
雪江と修助もそれに習うようにイチゴを黙々と食べる。スーパーのセール品の為新鮮さは無いが、それでも特有の甘酸っぱさが癖になる。
「そういえば、二人はどういういきさつで知り合ったの?」
未だパスタをフォークでくるくる回しているエレナは、他のおかずも欲するように世間話を持ち出してくる。
「いきさつというか……あまり良い知り合い方じゃなかったよな」
「うん。クラスメイトに歩道橋から突き落とされた所を棗君に助けて貰ったんだよ。入院中もずっと付きっきりで面倒を見て貰って」
「あら~突き落とされた下りは胸くそ悪いけど、入院中ずっと一緒はうらやましいわね~。もう付き合ってない?」
真琴の発言に修助はギャグ寄りのラブコメらしいズッコケ方は絶対にしないぞと誓い、呆れるようなため息を吐いて続ける。
「あのなぁ、そんな急に近づく事は有るかもしれないけど」
「何というか、真琴ちゃんの期待に応えられなくて、申し訳ないというか」
友達以上恋人未満。知り合い始めてからのしがらみの無い心地良い関係性を雪江と築きあげてきた修助からすると、真琴の質問は恐怖心を煽ってくるようで、それを悟られないように振る舞う。
(ここで告って玉砕なんてのは死んでも嫌だからな。ちょっと恥ずかしいが……)
と修助が一呼吸おいてから二人の関係を打ち明ける。
すると不思議なもので、同じ事を考えていた雪江も、修助と一緒の言葉が同時に出てくる。こうも息が合っていると、逆に隠れて付き合っているんじゃないかと疑いたくなるのが真琴の悪い癖だ。
「またまたぁ~そこまで行ったらもう付き合ってるようなものじゃない。そうやって気持ちをごまかし続けていると、いつか後悔するわよ」
からかうように言われたその一言は、二人にとって図星を突かれているようで心臓が跳ねる。
皮肉な事に、真琴にコテンパンに言われて初めて、二人は自分の気持ちに気づいてしまった。
修助は雪江を、雪江は修助を。そしてそれを言葉に出来ないのは、互いの気持ちが見えず、振られたらどうしようという恐怖心の方が勝っているからだ。
無理もない。愛の告白をするというのは、相手の人生を狂わせてしまう事があるからだ。例えお互いが意識し合っていても、そのお互いが気持ちをさぐり合うような性格なら、一番落ち着く場所に留まろうとするのが性分である。
だが、真琴に言われ、はっとさせられたのは雪江の方だった。もしここで居心地の良い関係を続けようとするならば、いずれ無理が出て破綻する。人の死と別れを刹那的に描写出来る文才を持つ彼女だったが、色恋沙汰は無縁で、自分の作品に落とし込む事も出来なかった。
(そうだ、ちょっと打算っぽくて、汚いやり方だけど……真琴ちゃんの言うとおり、後悔はしたくない)
雪江の手は緊張による汗で濡れていた。そんな彼女は今修助にどうしても伝えたい言葉がある。その言葉は真琴によって気づかされた言葉。
(新しい一歩を踏み出そう。僕は優しい修助君が、異性として大好きだ。それを伝える為の勇気を得るには、恋愛小説をこれから書く為と言い聞かせればいい。もうウジウジ悩んだりしない。この後時間が有れば、タイミングを見て伝える。僕の気持ち、修助君への感謝だけじゃなく、ましてや見返りでもない。明白な恋心)
先に決心の付いた雪江は、心の景気付けとしてイチゴを一粒食べた後、少し真琴と世間話をし、ついにそのきっかけを作る一言を伝える。
「棗君、後で君の部屋へ行っても良いかな? 君が読んでいる本を見せて欲しいんだ」
「別にかまわないけど……」
「決まり。じゃああと一粒食べたら」
そう言って雪江は皿からイチゴを一粒取ってそれを口にする。甘酸っぱさが舌から頬へ染み渡る味わいがたまらない。
十分に咀嚼した後に飲み込むと、雪江は何か決意を秘めたような表情で立ち上がると、改めて修助の部屋へ向かって良いか尋ねる。
特別断る理由は無いが、意識している異性と部屋で二人きりは大丈夫だろうかと、ろくに回らない頭を回転させて自分を落ち着かせようとしつつ、彼女を自室へ案内する為にリビングを後にした。
その様子を、イチゴを食べる真琴と、パスタを完食し、グラタンにフォークを突いているエレナが見送る。
「上手く行くかしら、あの二人」
ふとエレナはフォークを止めて、今し方出て行った二人に不安そうな感情を抱く。
だが真琴はエレナとは正反対の感情を抱いていた。
「大丈夫よ。修助は圭君譲りの包容力があるもの。経験がないから戸惑いはするけど、きっと上手く行くわ」
前世で親子として生きてきたから解る、息子への信頼。その一言を聞いたエレナは、義理とは言えもっと信じてあげなければと、自分の未熟さを恥じた。
こんばんは、水です。
遂に覚悟を決めた雪江、一世一代の愛の告白に踏み切ります。アウェーである修助の部屋であるにも関わらず告白に踏み切ろうとするのは、やはり女の子の特権と言うやつでしょうか。
大胆な告白は女の子の特権ですね。
それではまた来週、よい夢を。




