41・雪江の告白Ⅱ
「もしもし。北沢さん?」
携帯が突然着信を知らせ、それが雪江のものと画面で解ると、修助は着信に応じ、声をかける。
『うん。何となく棗君の声が聞きたくて。迷惑だったかな?』
「いいや、暇してたし、迷惑なんて思ってないよ」
本当は意識が飛ぶほど嬉しかったが、その気持ちを抑えて彼女を宥める。
そんな修助の気持ちを更に刺激するような誘いの声が、携帯のスピーカーを通じて彼の鼓膜へと入り込んでいく。
『暇なんだ……あのさ、僕の新居の前に集まって、二人で散歩しない? 一人だと心細いんだけど、これと言って仲の良い子が居る訳じゃないし』
「ああ、かまわないよ。何だったら家に来て昼飯食ってくんでも良いし」
修助は平常心という言葉を常に頭の中に残しながら、雪江を自宅の
昼食に誘う。圭一郎だけ仕事で外出しており、家には真琴とエレナしか居ない状況で、彼女を食事に誘うのは少し気が早かったかと思ったが、相手はプライドでは腹は膨れないと豪語する少女。その話をすると直ぐに飛びついてきた。
『棗君の家に行って良いの?』
「もちろん。ごちそうしてやる」
正確には彼の母親二人が昼食を作るのだが、それは些細な問題である。
『わかった。でも、僕……』
君の家がどこなのか解らない。それを言われるのは百も承知とばかりに修助は堂々と返す。
「迎えに行く。だからマンションの入り口で待っててくれ」
『うん。ありがとう。それじゃ』
「ああ、また」
その短いやり取りで、通話は終了する。
意識している女の子をお家に誘ってしまった。振り返ってみると結構緊張する事をしてしまった気がしたが、言ってしまったものは取り消せない。
だから彼は意識しないよう、部屋着からラフな格好に着替え、台所で昼食の準備をしているエレナと真琴に声をかける。
「母さん。エレナ母さん。北沢さんから家に来たいって電話来たけど、一緒に昼飯食っても良いかな?」
「勿論よ! 雪江ちゃんでしょ? 直ぐに作っちゃうから、早く迎えに行ってあげなさい」
本音では茶化して遊びたいのだろうが、息子が女の子を連れて家に来る事の嬉しさの方が勝ったのだろう。真琴は変にいじったりせず、修助に早く雪江を連れてくるよう催促した。
エレナはそんな真琴に困った反応を見せていたが、作業に集中する為に修助を見送るだけに留める。ぎこちなく危なっかしい所作の割に、その両手に切り傷が無いのは、手を包丁で切る度にエレナは魔術を用いて治療しているからだ。伊達に作中で一をギリギリまで追い込んでいない。
いくら怪我をしても直ぐに治るから心配はいらないな、と修助は思い、いつも履いているスニーカーに足を通すと、そのまま玄関を開けて雪江の新居であるマンションへと向かった。
・・・
「確かここで良かったはず……お、いたいた」
少しだけ早足で向かった先に、雪江はぽつんと一人で立って律儀に修助が来るのを待っていた。日差しが強い真夏日だというのに、冷房が効いているであろうエントランスへ入らず、ずっとその入り口に立っていたのだ。
「お待たせ。そんな所に居たら熱中症で倒れちまうぞ」
「そうだね。中に入って涼んでた方が良かったかも」
「エントランスで涼んでから行くか?」
「ううん、このまま棗君の家に行く」
熱中症を心配して修助はマンションのエントランスで休んでから、彼の自宅へ向かおうかと提案するが、よほど楽しみにしていたのか、その提案を却下し、直接向かう事になった。
「なんだか浮ついているな。良い事でもあったか?」
人の事など到底言えないほど浮ついている修助は、並んで楽しそうに歩く雪江にそんな話題を振ってみる。
「あったよ。良い事。それはね、棗君が僕を家に誘ってくれた事」
身長差もあって、どうしても上目遣いで修助を見上げてしまう雪江は、その所作と一言が修助にとって致命傷であるとも知らずに口にする。
「そ、そりゃ光栄だ。そこまで言われたら、誘った甲斐があるってもんだ。昼飯は母さんの手作りだけど……」
いまいち格好が付かないと心の中でうなだれているが、雪江はそんな彼を自然とフォローする。
「棗君の手料理は、また別の機会に食べたいな。元々僕が来るなんて、棗君のお母さんは思ってなかったでしょ?」
「まぁな。実際出かける前には昼飯の下拵えしてた。もう作ってる頃じゃないかな?」
ゆっくり歩きながら、他愛もない会話をする。冷静に考えると、今の二人はウェルクに狙われている身である為、こんな悠長に歩いている場合ではないはずだが、修助はそこまで深刻に考えていなかった。
(この前誘拐から助けて貰った後で聞いた話だと、戦力の九割をつぶしたとか聞いたな。残りの一割でまた誘拐を働こうって魂胆は流石にバカでしょ。こんな真っ昼間から、揺りかごの監視がキツい俺らを狙うワケねぇ)
そう思いながらも、修助は周囲を見回す。彼らが歩いている地面の地下には、まるで地下鉄のように複雑に入り組んだ揺りかごの施設や通路が張り巡らされているのだ。どういう原理で地下鉄を運営している鉄道会社と折り合いをつけて建設しているのかは、原作が完結しても一切触れられなかったが、そんな重箱の隅をつつくようなところを気にしていては、娯楽は楽しめない。
何より商店街に店を構えている従業員のほとんどが揺りかごの構成員であったり、修助と雪江の誘拐を防げなかった事に加え、圭一郎の暴走行為をみすみす見逃した警察達が信頼回復の為にあちこちでパトロールを行っているのだ、少しでも不審な動きがあれば直ぐに職務質問からの検挙コースが待っている。
実際、暇を持て余してぶらぶらしていた、雪江を歩道橋から突き落として遊んだ歩実の友人達が職務質問を受け、転売目的で所持していた覚醒剤が押収され逮捕されているのだから、一定の成果を上げているようだ。
修助は心の中で年貢の納め時だな、ざまあみろと思いながら、その友人達をちらっと見た後、再び視線を雪江に戻す。その雪江は少し恥ずかしそうにしながら、胸の前で両手を組んでいた。わずかに指先が震えていて、緊張しているのが伺える。
「ね、ねぇ棗君。手を繋いで良いかな?」
頭の中で話題らしい話題を触れなくなったのか、雪江は突然そんな事を言い出す。本当に突然だった為、修助は頭が真っ白になってしまい、反射的に良いよとうなずいてしまう。
(それは友達がやる事じゃなくて、恋人同士でやる事じゃないかな?)
修助はわずかに残った冷静さでそう思うが、どうも雪江のお願いは何でも聞いてあげたくなってしまう。それは丑三つ時に遼平から聞かされた凄惨な前世による同情ではなく、純粋な好意が彼の心がそうしているからに他ならない。
「ありがとう、じゃあ……」
と、それまで組んでいた指を解いて、手を繋ぐのを待っている修助の手にそっと触れるように、雪江はその手を握る。
お互いに産まれて初めて握る異性の手。修助はその細さと小ささに、優しく扱わなければ壊れてしまうと慎重になり、雪江は逆にその大きさと暖かさに心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
お互いに友達以上の感情を持ち合わせているが故、この居心地の良い居場所を壊したくないから言い出せない。そんなもどかしい感情を抱えたまま、ついに修助は自宅に到着する。
「手、離して良いか? 鍵開けなきゃだから」
「あ、う、うん。ごめん……」
あまりの居心地の良さに、到着してもその手を離さなかった雪江。手を離したくはなかったが、家に鍵がかかっている以上、流石に手を繋いだまま鍵を開けるのは難しかった。
というのも、以前歩実の手下にロケットランチャーで破壊された事がきっかけで再建された新居は、従来の金属製の鍵の他に、両手の手のひらをセンサーにかざして血管の情報を読みとらせる必要があるからだ。高層ビルが建ち並ぶ現代社会のような世界観に最先端の技術の結晶。それらは安全と引き替えに人の絆を切り離してしまう恐れを感じさせた。
やがて操作を終えてロックが解除されると、彼はドアを開け、再び雪江の手を握って優しく引っ張ると、玄関へと招いた。
「いらっしゃい。母さんがうるさいかもしれないけど、ゆっくりしていってくれ」
こんばんは、水です。
暑い中歩いて雪江を迎えに行った修助。彼は約束通り自宅へ連れて行き、招きます。
雪江とのもどかしい距離感はもう少し続きます。彼女はそれが自分の理想でないと頭ではわかっていても、心が止める事を許してくれないのです。どうか彼ら彼女らの行く末を見守ってください。
それではまた来週、よい夢を。




