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40・雪江の告白

 時刻は午前一〇時。徹夜でメタトロンのメンテナンスを行っていた作業員が退勤する中、雪江は双葉の背中を追って歩いていた。


 これから話す奇妙な事を、自分に異能が無い事がバレないよう伝える。簡単な事だが、どこでボロがでるか解らないのが他人との会話であり、油断出来ない状況なのは間違いない。


 双葉の案内でメタトロンに乗り込む為のエレベーターに乗り込むと、艦橋までそのままアクセスする。既にコクピットにはクルーが着席しており、各々の仕事に勤しんでいた。


 その内の一人が、双葉の存在に気づく。


「艦長。おはようございます」


「おはよう」


 双葉は挨拶してきたクルーに短く返すと、その後に続くよう、借りてきた猫のように雪江も会釈をする。自分が書き起こした蛇足とは言え、こうして真っ赤な他人と会話するのは、内向的な性格である雪江にとってとても緊張する事だ。


「おはようございます」


 なんとか挨拶出来たと一息ついていたのもつかの間。目があったクルーはその顔に見覚えがあるかのように振る舞い、双葉に質問を投げかけた。


「おはようございます。艦長、その少女は前にウェルクから救出した方ですよね?」


「そうよ。そのウェルクから誘拐された時の事を話すって言うから、連れてきたの」


 その言葉に、作業中だったクルーの視線が一斉に雪江へ向く。その視線が痛かったが、誘拐された時さりげなく骨折箇所を乱暴に扱われた痛みに比べれば、と雪江は踏ん張り、今話して良いかを尋ねる。


「あの、棗君とか来てないけど、話しちゃって大丈夫かな?」


「問題ないわ。ボイスレコーダーで念の為記録して、修助とすりあわせするから、できるだけ正確に伝えて頂戴」


「うん。わかった」


 雪江は双葉の承諾を得ると、住んでいたアパートに突然やってきたウェルクとその取り巻きについて話す。


「あれは、この艦のテレポート機能で送って貰った時の事、棗君ともう少し話したかった僕はわがままを言って、彼に居て貰ったんだ。実際一人だと不便する事もあったし、何より話していて楽しかった。その時、僕の部屋にミサイルを挨拶代わりに撃ち込んで、ウェルクはやってきた」


 話していく内に、視線を向けられる緊張が和らいできたのか、少し震えていた声も、だんだんハキハキとしたものになっていく。


「僕と、棗君だけ、本橋先生から頂いた異能が通じない事に興味を抱いて、その仕組みを解析する目的で僕と棗君を誘拐したんだ」


「何ですって?」


 茜の異能が、黒幕であるウェルクの手元にもある。それは、その気になればこちらの機密にいつでもアクセス出来る危険な状態を表していた。


「続けて」


 双葉はその事実に動揺しながらも、あくまで冷静を装い続きを促す。例外である雪江と修助を誘拐した目的。それは異能が通じない事。たったその一点でウェルクが動くほどの価値が在るのか、館内には疑問だけが残った。


「施設に移送されて、棗君と僕は別々にされた。何とか抵抗して、実験までの時間を遅らせようともがいていたら、棗君のお母さんや一君達が助けてくれた。でも棗君のお父さんの運転、かなり乱暴で危なかったよ」


「あの運転は彼なりに考えたやり方なのよ。普段は車が動いているかわかんないぐらい静かに運転するから、気づいたらうたた寝してるなんてしょっちゅうだわ」


 双葉はそう言って圭一郎の凶悪な運転に対して、普段の運転の様子を伝える。


 それが信じられないから今話したのだが、こればかりは普段の圭一郎の運転する車に乗らなければ解らない。といった形で話は終わった。


 行方が解らなかったウェルクの出現。そしてわざわざ出向いての誘拐。不可解な点が多いが、今はウェルクが保持してしまっている茜の異能、運命操作ディスティニー・コントロールを遠隔妨害する方法を茜から知る必要がある。でなければ、揺りかごの全てを乗っ取られてしまうからだ。


 だがその茜は現在脱稿直後で爆睡中。特に異常が起きている訳でもない為、慌てる必要も無いが、何とも言えない焦燥感が館内を包み込む。


 それだけ、茜の異能である運命操作ディステニー・コントロールはやっかいな異能なのだ。


 そこで双葉は現状の対策として、当面の間、不用意に外部から発行される新聞紙などの書類に触らない事。茜の異能の発動条件は”使用者が何か書いた紙に他人が触れる事”であり、もしウェルクが直筆である事が前提であるとは言え、何かが書かれた紙に触れたら最期。触れた人物の個人情報が暴かれるだけでなく、ウェルクが把握し、命令を書き込めばそれを実行に移す事が確約されるのである。


 ここのクルーは最高機密にいつでもアクセス出来る権限を持っている以上、不用意に紙を触らせるのは得策では無いと双葉は考えたのだ。


 そして、具体的な対策を話し合うのは、例によって丑三つ時の通信と決め、その日はまた後でと一度解散する流れになった。


・・・


「丑三つ時まで暇だな……今って棗君に会えるかな?」


 揺りかごの施設を後にした雪江は、ぽつりと独り言をこぼす。特に意識した訳でもなく、ただ何となく会いたい人物の顔が浮かんでの独り言だった。


 まだ人生経験の浅い彼女は、修助に対してどんな気持ちを抱いているのか想像も付かず、水に流されたとはいえ新人賞の大賞を受賞するほどの文豪であっても、自分の気持ちに気づくのは難しいのだ。


 周りを俯瞰して物語を描いているようで、自分の世界に没頭するあまりその周りが見えない。自分はそのつもりでも、周りの評価は案外辛辣だったりする。


 それを前世で嫌と言うほど味わった雪江は、激しい自己嫌悪に陥った。修助はただの友人であり、心を通わせて愛し合いたいとは、間違っても思ってはいけないと心にブレーキをかける。


 仮に自分が恋慕の感情を持ったとして、修助にその気がなければ、今までというほど時間は経っていないが、積み上げてきた関係が崩れてしまう。それが途方もなく怖い。


 それでも、修助に会いたい。彼に会って話がしたい。どうでも良い事からウェルクの事。そしてこの世界は自分の手によって蛇足を書き足したと知ったらどんな反応を見せるか。歪んだ彼女の歪んだ好奇心が、行動力となって突き動かす。


 どうせ丑三つ時は、母である恵津子とずっと話すつもりだ。なら、昼間は意識している人に時間を使いたい。


 覚悟が決まった雪江は、震える手でスマートフォンを操作し、修助の連絡先へ発信した。

こんばんは、水です。


お世話になってくれた修助に対して、少しずつ恋心を芽生えさせていきますが、前世での経験が原因で恋心を伝えられず、まだ友人としての距離感を感じていたい雪江のお話になります。


次回は修助と会う事になり、彼女は彼と一緒にドキドキしながら他愛もない話をします。勿論、自身に異能を持っている事を隠したままで……。


それではまた来週。よい夢を。

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